第114話【誰かが差し出す終着点】
僕がその部屋、だから、『厭世の奈落』に第一歩を踏み入れた時に、改めて気がついたみたいに、葉山が「あ!」って短い叫びというか悲鳴と言うか、そんな呟きみたいな言葉を漏らしていた。
もう入っちゃったもん。
言いたい事があれば後できくよ。
と言うわけで、ともかく中には入れたわけで、でもちょっと思い出すんだけど、この『厭世の奈落』って場所、扉なんてあったっけ? って曖昧に思い出すんだけど、以前来た時には、その後の戦闘とかが激しすぎて、ちょっと思い出せないけど、僕の手に、ここの扉を開いたって記憶が無い気がするんだよ。
まあ、いいや、今はそんな事。
ともかく、今はこの場所でしないといけない事がある筈なんだよ。
それは一体って、思って、僕の思考は一旦停止する。
いつもの、ダンジョン、洞窟、そんなイメージの無い、ここ『厭世の奈落』、どちらかと言うと、生き物の臓物に近い。
よく見ると動いているし、今、こうして立っている所以外は、流動している。まるで、胃とか腸がさ、食物を消化しながら、奥へ奥へと送り込もうとしている、そんな緩慢にしてたった一つの目的で、この広い空間をゆっくり確実に動かしているそんなイメージ。
僕はその中に入って、思考が止まるんだよ。
どうして、なぜにって言われてると、簡単な事だよ。
僕の先、この『厭世の奈落』の真ん中に立つ人影があるんだ。
その人物は、まるで僕達、いや、僕を待っていた様に、静かにたたずみ、そして僕の方をジッと見つめているのがわかる。
結構距離があるんだけどね、そうだね、意識がさ、間違いなくこちらをむいているんだ。
僕の横に来た、葉山が呟くんだよ。
「うそ……」
蒼さんは、言葉も出ないでいるみたい。
「どう言う事だ? もうその姿の彼女は現実にいるんだろ?」
って薫子さんは僕に問うてくるんだけど、彼女に対して僕には答えられる正解なんて持ってない。
でも、いつもみたいなに、僕だけが見ているって訳じゃない。
みんな見ている。
だから、ここにいる彼女は現実の物なのだろう。
それが本物か否か、その問題の前に、存在としては間違いなく、本物なんだって、そう思った。
そして、僕はここで自覚するんだ。
今のいままでまとわり付いていた、いつもの春夏さんがいなくなってることを。
この場所では色々な事が起こるなあ、妹の時もしかり、シンメトリーさんの時もしかし、同時に戦っていたあの時の葉山もしかり。
「真壁!!!」
葉山が叫ぶ。
その時、僕は気がつくんだ。
僕は彼女に近づいていたんだよ。と言うか最初に入って、彼女を見つけてから歩を止めていた。
いや、だって、春夏さんだもん。
本物とか偽物とか、そういう問題じゃないんだ。
行かないと、ってそれだけ。それだけしかないんだ。
ゆっくりと僕が近づくそんな姿を見つめて微笑む春夏さん。
僕は、彼女と、彼女とのいつもの距離まで近づいていた。
いつも一緒だった時の距離、それは友達距離でなくて、まして恋人な距離でもなくて、中間よりも遠くなく、近寄りがたいそんな距離だ。
そこで、僕は、言葉を出そうとする、その前に、
「秋くん」
って春夏さんが言うんだよ。普通に言うんだ。
その声に僕は瞬時に反応する。
「あ、偽物だ」
って。
そのまま後ろに飛び退く、と同時入れ替わる様に葉山と蒼さんが入る。
更に逃げる僕前に、まるで守かの様に仁王立ちする様に立つ薫子さん。そして左右には角田さんと桃井くんが付く。
完全に何があっても僕を守り抜く体制の様だ。