第100話【此花さんたちの目的】
瞬く光、外に広がる世界。
押し込められ、自分に向かってふりそそく星を砕く、力のある快活な光。
そして僕の背中から包み込むような、僕のよく知る柔らかな優しさに、安心を感じずにはいられない、伝わって来る無い筈の体温。
ここにいる。
確かに感じる、ここにはいない彼女は言うんだ。
「大丈夫だよ、秋くん」
後ろから抱きしめられる様に、その唇が僕に近づいて来る音がする。春夏さんと僕の着てるジャージが摩擦する音、言葉よりも前に溢れて来る、その吐息がもう春夏さん。
耳元でそっと呟く声の残響は僕の耳に安堵と安心を乗せて意識に届く。
僕はその声を確実に今、聞いている。そして思う。
そうだよ、別に今、ここで初めて聞いた訳じゃないんだ。
ずっとこの声はしていた。
いつでもどんな時でも、彼女は僕に語りかけていた。
だから特に驚くこともないんだ。
認識できなかったんじゃなくて、一瞬のその言葉で僕は安心して、そして忘れるんだ。
彼女がいる事、彼女がいつも見ている事、そして彼女が常にこうして話かけている事。
そうだよね春夏さん。
瞬きにも近い認識の間に、その声の残響もないままに、僕の頭、記憶から泡の様に消えて行こうとしている。
でも、今回はそうも行かなくて、長い時間を、それでも短いけどさ、僕が認識するだけの時間を残してしまう。
と言うか、この時点で僕の中にいる春夏さんは僕の中にある『全知全能』を扱い、『超新星』って魔法を呼び出したんだ。
まあ、僕、全てのスキルを持ってるらしいけど、それでも何も使えないからね。
あることはわかるんだよ。でも使用不可なんだ。
なんて言うかな、巨大なタンカーに積んでる原油と、実際いそのタンカーを動かす重油は違う訳じゃない。ってか、積荷を運ぶトラックみたいな感じなんだよ。
以前は、僕も結構なスキルを持ってるじゃん、なんて思ってたけど、実際は持っているのは持ってるけど、扱えないって代物だった訳で、その事実を認識した時は、残念、と言うかホッとした僕は、普通のダンジョンウォーカーなんだよ。
ともかく、僕のスキルは、あの王様スキルですら結局は彼女の、春夏さんの介入が必要で、その王様スキルの暴走した時にもわかるんだけど、特に僕に危害が加わる時に、春夏さんの感情が押さえられない時に僕のスキルは暴走する様に発現するんだ。
だから僕自身が導言を伴わない魔法スキルを使うし、無自覚に人を意のままに操るスキルである王様スキルなんてモノが吹き出てしまう。
ん? あれ?
ちょっと待って?
でも、最近そんな事なかったよね、って思ってたらさ、そうだよ、最近なら何がどうしてもアキシオンさんがいたから以前よりも簡単に安全に回避する事ができてたんだ。
って事はさ、彼女達、此花さん達がしたかったことって?
って僕が結論にたどり着く前に、
「出た?」
って、僕の近くで床に転がる椿さんが言うんだ。
普通に仰向けに倒れてる。
もう、口以外どこも動かせないって感じて疲弊しているのがわかる。
首すら動かせてないから、顔もこっちも見ないでいる。
というか、うわ、椿さん、こんなに近くにいたんだ、気がつかなかったよ。ってか、お互いに放った魔法スキル、『流星狂飆』と『超新星』の撃ち合いで、確かに効果は打ち消されたけど、それでもその余波は大きくて、特に外に広がる衝撃波は、遠くに離れてる葉山や角田さんまで届いている様だった。
だからここまで接近している椿さんには相当なダメージがいってるってのも理解できるから、思わず駆け寄ってしまうってか、本当に数歩の距離。
そんな椿さん、
「あなたの言う所の春夏、このダンジョンの意識は、だいぶ拡散してたから、それでも未練かあるのね、その主幹みたいな残滓は大部分、あなたの中にあったみたいね」
って、目玉だけをぎょろっとこっち向けて来るから、びっくりする。ってか不気味だよ、端正な顔つきで大きな目だけがこっち見てるから油断したら悲鳴をあげそうになってしまった。
と言うか、僕は驚く。
「まさか、それが目的だったの?」
って聞くと、
「あきらめ始めてたあなたの第一婦人は、未だ思念があるのよ、というかこの残滓は未練そのものなのよ、だからもう一度考えて行動できる事を自覚させてあげたの、自分が何で、誰であるかって事をね」
って言う椿さんの言葉に、
「よかった、これで、あの時の東雲春夏が帰って来るって可能性は出てきたわね」
って言うのはフラフラと歩いてきてた牡丹さんだった。
「器とか、入れ物って考える前に、肝心の中身が溢れ散らばってる様なら意味がないもの」
と椿さんが付け加えた。