第86話【ダンジョンの中にダンジョン?】
だから、もし、その場所がどこかに繋がるって言うのなら、納得できる。
あの場所は、そこに立っていた僕の視界すら、歪めていたから。
そんな僕らに数人の人たちから声がかかる。
「あ、さっきの人!」
って、少し小さめの背の女性が、滝壺さんに、手を降って近づいて来る。しっかりとした、冒険者みたいな出立の人たち、そして、その女性についてくる男性と女性二人づつ。
みんな装備は違うものの、似た様な姿だ。しっかり剣もさげてるし。
彼らの代表であろうその女性は、
「あったよ時計台、でもあれ、本物?」
って聞き方をしてくる。
「本物ですよ、掲示板とか読まなかったんですか?」
って、ちょっとご立腹な滝壺さんに、
「日本ガッカリ名所の一つって言われてるからね」
って言う雨崎さんが言うと、
「ガッカリって言わないで、都市の中心に、ビル群に囲まれて健気に頑張ってるじゃないですか、今にも埋まりそうだけど、主張は弱いかもだけど、周りの樹木すらに埋まってしまってるかもだけど、頑張ってるんです」
って、滝壺さんが言ってた。うん、そうだね、北海道民ならそうなるよね。
ガッカリって言うな! って僕も心の中ではそう主張して行こうと思う。
話を聞いてみると、彼女達もまた転生勇者と転移勇者さん達だった。
一応の確認は取れてるみたいで、みんな何かしらの事情で、学生時代に不幸にも『異世界案件』で命を落とした事故や事件に巻き込まれた形みたい。
それでも、ここが北海道の札幌市っていう実感がほしくて、みんなで名所である時計台を見に行ったんだって。
みんなしっかり生前の記憶もあって、だから生きていた頃の氏名や年齢、場所、死因などを聞くと、すぐに白馬さんから、だから三爪さんからの確認が取れた。
あ、そうだ。
って思って、僕は転生エルフさんを見ると、なんか不自然に目逸らすなあ、って思うから、
「いや、普通に名前を聞こうと思ってるんだけど」
って言うと、
「ああ、そうだね、私の名前は、アイナノア、聖なる太陽を意味する気高い名前だ」
と言うんだけど、
「いや、それはあっちに行ってからの名前でしょ? そうじゃなくて、生前の、こちらの世界で生きていた頃の名前を教えてくださいよ、一応の確認をとりますので」
って言うと、
「ああ、そうか、こっちの名前か」
って顔を引きつらせて言うんだよね。
そして、彼女の言葉とその態度に、葉山が、
「でも、あっちの世界って、名前って、固有名称ってなかったんじゃなかったっけ?」
って素朴な質問をすると、
ちょっと顔を赤くしながら、
「ほ、本名ですね、はい言いますよ、いいですか?」
って転生エルフさんが言い出すんだよ。
うん、まあ、そうだね、早く言ってくれると、未だ白馬さんとつながったままのスマホを葉山が切れるから助かるんだけどね。
って思ってると、
「馬鳥 牛子です、死んだ時は17歳です」
って言い出す。
なんだろう、涙目になってた。
え? それ本名? 牛なの? 馬なの? 鳥なの? ここまで行くと豚も入ればいいのにね、羊とかも。
聞けば、九州の小さな牧場の、それでも九州和牛の有名所で、知る人は知る、みたいなそんな食肉ブランドらしい。
で、転生エルフさんに言わせると、その親ってのが、転生エルフさん、だから牛子さんが将来、牧場を継いでくれる様にと、と言うか外で働くには恥ずかしい名前にしてやれば選択肢がなくなるって考えと、牛のブランドを思って、そんな名付けがされたって話らしい。
白馬さんに尋ねると、2、3回、名前を聞き返されたけど、無事確認は取れた。
そうかあ、じゃあ、牛子さんもこっちの人って認識でいいんだね。ちょっと実家まで距離はあるかもだけど、騒ぎが治るまでは待ってもらおうかな、って休憩所に案内しようとするんだけど、なんか、どんよりとしている牛子さんだった。
いや、本当に、彼女にとって、この名前って生まれた時から、特に物心ついてからなら尚、大きな傷なんだろうなあ、って思うよ、