第70話【彼女を繫ぐ最後の言葉、届く想い、新たな故郷】
嫁、小姑で揉めないといいけど……、なんて余計なことを考えている場合じゃなかった。
「ほら、呼びかけてよ、君たちで、彼女達を思い止まらせて欲しいんだ」
と言うと、
再び二人は顔を見合わせて、
「いや、な、その事なんだけど、そのダンジョン姉さんって、俺たちの施設に慰問に来てくれたのって、確かにカズちゃんなんだけどな、確かになんて言っていて悪いけど、その確証がないんだ」
って土岐が話す。
え? どう言う事?
「いや、だって、間違いないんだろ? そう言ったよね?」
って聞き返すと、
「多分、記憶をうまく交わされてる、いじられるって程でもないけど、そこに辿り着けない様に調整はされてる」
って八瀬さんはそう言ってから、
「君ならわかるだろ?」
って付け足してた。
うん、そうだね、そうかもね。
僕も、いつもそばにいながらそれを誰かって断定する事はできない様にされてたからね。
それはわかる。
さすがに、身近に歳を取らない人がいれば、いくら北海道ダンジョンでも違和感は感じるし、人によっては不信感と言うかそれを伴う恐怖を与えかねないって、そう思う。
ましてそれが小さい頃の記憶なら余計だよね。
特にカズちゃんだもの、この辺の事に気を配れる人だからなあ、そうか。そうなんだね。
「ごめんね、役に立ちそうもないね」
と言いながら八瀬さんは、巨大化した彼女達、今は一体に合祀されてしまったかつてのダンジョンお姉さんのカズちゃんを見て、柔らかく微笑んでいた。
記憶には残ってない。でも、心には何か感じるものがあるんだろうなあ、って八瀬さんと土岐の同じ表情を見て察する事はできる。
こんな顔見てると、やっぱりここで諦める訳にいかないなあって思うからさ、僕は3人だった、彼女達を見て叫ぶんだ。
「もうやめにしてよ!」
って、普通に自然にそんな声が出てた。
今までの事が僕の中に思い溢れて来る。
腕を失ってしまって、継いでくれた後のカズちゃんの笑顔。その後はちょっとした擦り傷も、体調の変化も気遣ってくれて、特に葉山の時の取り乱しっぷりなんて、本当に、どんな人間もダンジョンウォーカーであろうとなかろうと、みんなの体調を心配してくれてたカズちゃんにはもう感謝なんて生やさしい言葉じゃおいつかないよ。
ラミアさんの時のシリカさんだって、結局はあの時、一番的確にラミアさんを深階層に返そうとしてくれてたのは彼女で、いつも自分の意識がなくなるまで、僕らのわがままに付き合ってくれてた。
空間を把握、移動する能力にしてもいっぱいいっぱいまで使ってくれるんだ。
そしてシンメトリーさんに関しては僕は知らない事が多いけど、あの、シンメトリーさん行方不明事件の時に見せた相馬さんや鴨月くん、ギルドのみんなの心配していた姿って、決してその能力とか、有能さって訳ではなくて、しっかりしていて、どこかシリカさんにカブる危うさと、何よりその人柄に心配はMAXになっていたんだと思う。
それは本人に会ってすごいわかった。本当に憎めないと言うかいい性格してて、でも伝わって来るその片鱗は、接する言葉の一つ一つが、僕らの方を心配してるのがわかるんだよ。
僕は、いや、僕達は、この恩人である、彼女達を失う訳にはいかないんだ。
でも、そう決めたのは彼女達で、冷静に見ると、僕は彼女達の邪魔をしているに他ならない。
でも、それでもいい。
彼女達を止める手段があるなら、僕は徹底的に嫌な奴になってもいい。
だから、僕は、力づくで、もう、それしか方法がないって、そう思ったんだ。
心配してる春夏さんの為とかじゃないよ。
これはもう僕の為なんだ。
心が決まる。
そして彼女達を見上げる。
すると、そこには、大きな笑顔があった。
こっちなんて見てはないけど、その微笑み、その笑顔は、唯一僕に向けられた感情であることがわかる。
言葉、心、もう伝わってるんだ。
僕と彼女達の間を隔てるものなんて、すでにツギさんに取り除かれてるって事に気がつくんだ。
かつて、僕は葉山を助ける為に春夏さんを攻撃しようとしていた事があった。
その時の感情が、また僕の心に落ちて沈む。
いや、ダメだ、止めないと。
好きにさせてあげなよ。
二つの気持ちが、同じ優しさの上に混在する。
でも、なんて言えばいいのか本当にわからないんだ。
彼女達を、決心した彼女達を思いとどまらせる言葉が何も出てこない。
だって、僕は、カズちゃんシリカさんシンメトリーさんとしてしか彼女達を知らない。
今、こうして落下している異世界に対しての気持ちなんて、推し量る事ができない。
そしたらさ、葉山が言うんだ。
「なんでもいいの、なんでも声をかけて、私だって幾度も意識が飲み込まれていたこともあったけど、真壁の言葉で人でいられたんだから、喋って真壁!」
って言うんだ。
ああ、もうどうしよう……
なんて考えるだけ無駄な気がして来た、なんでも良い、なんでも。
ともかく喋らないと、もう、これが僕が彼女達、カズちゃん、シリカさん、シンメトリーさんに届ける最後の言葉になっても、そうして僕の脳裏が絞り出した言葉は、
「シリカさん! 異世界に『六花亭』は無いよ!」
ああ、何言ってるんだ僕は、ってその短絡的な思考と、言葉と記憶の選択の浅はかさに自己嫌悪するホンの一瞬前に、僕の頭の遥か上空から、
「私、無理です、六花亭無いと死にます!」
悲鳴にも近いシリカさんの声。
気がつくと、巨大な彼女達の姿は、綺麗に消え、僕の目の前には、目に涙をいっぱいに貯めたシリカさんが、物言いたげに僕を見つめていた。
え? うまくいったの?
もう合祀された巨大な三柱神はどこにもいなかった。
そして、空には中途半端に出現して未だ落ちきれない異世界があった。
あまりの一瞬の出来事の前に、パニクる僕に、
「六花亭は私の新しい故郷です」
って言うシリカさんに、「いや、六花亭には住めないからね」って言うにはちょっと野暮って気がして、
「そうなんだ」
って言うに止める僕だったよ。