第38話【百舌 藍、出会いを選ぶ女】
あの蒼様の一途な想いが届くといいなあ、と、本人は忠義だのなんだの言っているが、側から見ると『もう絶対に恋愛感情じゃん!』と言う蒼様行動と言動の一部始終の可愛いのなんの……。
「あの!」
と突然声をかけられる藍であった。
自分の倒した魔物の前に、腰は卸さないものの、上品なヤンキー座りしている藍に、若干、緊張した声でその人物は声をかける。
もちろん、その人物の接近は知っている。
ギルドの回収班の人達が来てくれたのである。
藍は立ち上がり、
「すいません、また倒してしまったです」
と、ちょっと遠慮がちに言うと、
「百舌藍さんですよね?」
とその人物、彼は尋ねた。
「ええ、そうですけど?」
といきなり自分の名前を言われた事で、藍は警戒の形をとる。もちろんこれは諭されない、自分の中で、ギアを何段かあげたのだ。
一体、なにを想い、何を考えどう行動するのか?
自分を知っている相手に対する、自分が知らない相手に関しての、裏の世界で生きて来た百家の慣しでもあった。
もちろん、そんな感情など表にでることもない。
「本当に、お強いですね、それにこんな綺麗な人があっさり魔物を倒してしまうなんて、あ、すいません、あなたの事はギルドをお手伝いに行った時から知ってました」
と爽やかに微笑む、普通に見てイケメンな彼。
「俺、クロスクロスで、小隊長をしてる、脇本っていいます」
自己紹介して、手を差し伸べて来たので、普通にその手を握って、藍も笑顔で返して微笑む。
その藍の笑顔に、気をよくしたのか、
「本当に、ずっと憧れてました、秋の木葉ですよね? 凄いなあ、あなたに比べれば俺の実力なんてほんと恥ずかしいです」
と、よく見ると長身でイケメンぽくて、声も多少上ずっているものの、穏やかでいい声だ。
性格も良さそう。
そして、その握手するてから、藍にはその実力も計れてしまうので、うん、まあ、クロスクロスにしては強い方かも、でもまあ、クロスクロスだし、と言うザックリとした判断を下す。
そして、あくまで業務的に、藍は、倒した魔物を彼に委ねて、そのまま遊撃を再開する。
かなりの好印象で藍を見つめつつ、惜しみつつも、手を振って去って行く脇本に対して、これもまた業務的に手を振りつつ、その目はもっと遠くを見つめていて、呟くのは、
「ああ、どっかにいい男いないかなあ」
であった。
多紫の町の女は、あまり自分よりも強い男を求める事はない。
なぜなら、彼女達もまた、誰よりも自分たちが常識から逸脱している戦闘能力を持つ事を自覚しているから、あまり多くを求めたりはしない。
しかし、しかしである。
特に、蒼に近しい立場にある藍は、なまじお館様を近くで見れる分、常識と言うかその価値基準がだいぶ狂っている事に藍自身が気がついていない。
だから、
「どっかに良いお館様、落ちてないかなあ……」
と、ありもしない現実を夢見てしまう。
でも、もうちょっと、今は高望みしても良いよね、とも思っている藍でもあった。
少なくとも、彼氏いないコなんていっぱいいるし、今度また、深階層深部の温泉通称『熱し沸き爛溢れる腑』を居城にする、青色バンパイヤロードのキリカと、その辺について温泉入りながらグダグダ話そう、と思う藍であった。
最近、紺にも彼氏が出来たし、なかなか、こんなグチの云い合いをできる相手がいなかったので、立場はともかく心情的には友好を深めている二人である。
そしてこの後、そんな女の友情は脆くて壊れやすく、進んで破壊するものである事を知る事になるのは、それほど遠い未来の事でも無い藍であった。
「あ、聖剣みたいにお館様も量産できれば良いかも!」
と、またもそんなの絶対に無理で無茶な願望を口に出して、一人笑っている藍であった。
百舌 藍。自身でも知らぬ間にその理想が高い霊峰になっている少女。同じ百家の娘であり、同門でもある百目紺からは、出会いの無い女というよりは、出会いに気がつかない女
もしくは出会いを取捨する女とも言われて久しい。
藍だけしかいない狸小路商店街。
ここは未だ平和であった。