第36話【狸小路商店街に哭烏、戦慄く】
まるで、震慄、泣く様にその刃は閃光のごとく振り抜けられた。
ここ、狸小路商店街のアーケードの中に響くは、まるで不気味な野鳥の声。
18代目微水の作品であり、現代刀の中でも最高峰とまで言われた、名刀『哭烏』の一閃である。
その一撃に、
「あ、しまった、哭いちゃった」
とまるでごまかす様に、その刀を何度か降って、鞘に戻す。
この刀をもらう際に、その銘とは裏腹に、『決して哭かず、振り抜け』と言われていた。
そして、空に舞う体を、回転を持ってその衝撃を緩和させて路面に着地する。
そのまま、
「ふう……」
と倒した相手を見て、ホッとため息をつく百舌 藍であった。
「結構、強かったなあ」
藍は特にどことは持ち場は決められていない。と言うか秋の木葉は全体的に散って、情勢の観察と、積極的な敵にはこれに積極的に対応している。
特に、百家の者である藍は、元々集団戦闘よりは、こうした遊撃の方が性に合っているとも言える。
元々は、影の中の隠密とも言われている一族であり、日のあたるところに出て来たのはここ最近の話なのであるから、もうこれは、藍の性格とかでは無く系譜の問題なのかもしれない。
もちろん、秋の木葉の中でもトップクラスの実力の持ち主で、条件如何ではあの多月の次世代、蒼を継ぐ実力を持つ程度には鍛えられていた。
あくまで、藍は、紺や蒼と一緒に共にいて、比べる二人が二人なだけに、綻びとか、切れ目とか、オチ担当とか割と酷いことを言われてはいるが、間違いなく多紫の町の中でも、飛び抜けた実力者なのは間違いない。
何より、影の存在である多紫に連なる家系を、そのさらに影から支えるのが『百家』と呼ばれる、藍達、百舌や、紺の百目などの存在である。
まるでそんな藍を見ようと、今倒した魔物は大の字になって倒れているが、その首を起こそうとしている。
「あ、動くと傷開きますよ、もう動けないと思いますけど」
と自分が倒した相手にそう伝える。
狸小路の床の歩廊の上に倒れて、自分を倒した藍の方をじっと見ているのは、まるで腕と脇腹にコウモリの皮膜の羽をつけた、人型の魔物。
その姿は、ダンジョンにいるガーゴイルに近い。
相手は、異世界からの魔物で、自分を『中川』と名乗っていた。
ちなみに秋の木葉と真壁秋ファンクラブの情報によると、彼ら異世界の人達は、『全国苗字ランキング』がそのまま、その人物苗字の実力ランキングと捉えている様で、全くそんなこともないのに、その辺の勘違いと言うか、思い違いに気がつかれる事無く、今に至っている。
一説には、元々、異世界には固有名称なるものが存在せず、会話と意識を持って通いあうことから、自分達の世界の様な固有名称が必要とされなかったのではないかと言う、結論に至っている。
そして、異世界の人、自分達で付けたと思われる、その苗字をかなり自慢気に言うのだ、と言うか名乗りを上げる。
え? って思うくらいスキだらけで、側から見ると苗字を名乗れる事に喜びを感じている事がはみ出すくらいに胸を張って言い放つのである。
聞いてる藍としては、「はあ、そうですか」と言う感じである。
一応は致命傷は与えてはいない。でも動けなくなる程度のダメージは与えているが喋る事くらいはできる様で、動かないまま顔だけ起こして、藍を見て、その中川は尋ねる。
「貴様、名は、苗字はなんと言う」
と言われるので、
「百舌です」
と答えるとと、
「そ、それは、全国ランキング何位の苗字なのだ? 聞いた事がない』
とガッツリ質問されるので、
「百舌は、私の田舎にしかないですよ、多分、全国探してもいないんじゃないんですかね、だから姓の多さとしては最低辺かと思います」
と丁寧に答えると、中川を名乗る魔物は、
「それでありながら、その実力か……、ふ、新世界とは修羅の世界であったか、なるほど、悔いは無い、ガク」
と、ガクまで言葉に出して、中川は意識を失った。
「あ、しまった、これから、休憩所に連れて行く事と、もう抵抗しないでって約束させるのと、休憩所からの外出は自由だけど、腕章をしてもらうのを説明してない!」
と藍は、中川を揺すって起こそうとする。
「起きて、中川さん、まだ気を失ってはダメです、休憩場の人達に私、怒られます、手間増やしてしまって、すごい怒られるんです、だから起きて中川さん」
と激しく揺さぶるものの、中川と名乗る魔物は気持ちよさそうに、我が生涯に一遍の悔いなし的に気を失っていて、全く起きる気配を見せない。
「ああ、もう、難しいなあ、次はまた戦ってる最中に説明するかなあ」
と呟くも、それは、この中川の前の敵に試してみた際に、対戦している相手から自分が負けた場合のその後の対応を説明されるなど、「舐めるな!」とか言われて、挑発と受け取られてしまい、結果、相手に全力以上の実力を出されて、なかなか諦めてくれない上に、最後まで抵抗されて、今の中川よりも酷い目に合わせてしまって、保護に来たギルドの人からは、『何もここまでやらなくても……』と言われてしまった藍である。