第34話【女親の優しさ、男親の優しさ】
基本的に男の方の子供に対する優しさと、女性が子供に対しての優しさの定義みたいなものが根本的に違うのではあるが、今はそんな問題ではない。
今の高島という悪魔の少女は、びっくりすると泣く、優しくされると泣く、触れても泣く、普通に声をかけても泣く、ほっといても泣く、つまりどの様な外部刺激に対しても、その感情表現として泣くことしかできない、まさに泣く為の存在の様なものだ。
こうなるともう、あとは嵐が通り過ぎるのを待つしかない。
と泣きじゃくる高島は、大きく口を開き、これでもかと溢れ続ける涙を、もう拭こうともしないで、唯と西木田の顔を交互に見て泣き続ける。
「もう、せっかく泣き止んだのに、怖いお兄ちゃんですね」
唯は腰を下ろして、少女の目線に合わせて、涙へのケアを開始する。
「なんだよ、俺が悪いのかよ?」
と、若干だが、不満そうに呟く西木田を、唯にしては珍しく睨み付ける。
その目に、西木田だからこそ理解できる、唯が本気で怒っていると言うのがわかるので、
「悪かったよ」
と素直に謝る西木田であった。
実際、唯は滅多に怒ることはないのであるが、たまに怒ると怖いのではなく、長い。
西木田の知る範囲では最長で3週間はプンスカされた事がある。
生活において何も変わらないのではあるが、口を聞いてくれなくなる。
生活を共にしている唯と西木田ではあるが、ご飯は作ってくれるし、朝はきちんと起こしてくれる(西木田は寝起きが悪い)、シャンプーも詰め替えてくれるし、着替えの用意とかもしてくれるけど、口だけはきいてくれない。
怒ってるから仕方ないなあ、と思って放っておくかと思うと、忘れた頃にジッとこっちを見ている唯の視線に驚く事がある。
ある程度の時間が経過する事で、元には戻るのではあるが、何より始末におえないのが、この無視攻撃は、唯自身がダメージを負うのである。
仲直りした後に、唯自身が、『子供っぽかった』『翔吾に嫌われた』『こんな自分が嫌い』とサメザメと泣かれるのだ。
そして、ここからの回復には1〜2日かかってしまう。完全復帰になるとそれ以上かかる。
つまり唯が一度怒り出すと、ほぼ1週間が潰れる。
もちろん、怒ることにはきちんと意味もあるし、概ね西木田が悪い事が多い。
それに対応するために、西木田は唯が怒っている時は、ともかく謝る事にしている。
こんな対処の仕方には意外にもあの、真壁秋が関わっている。
以前、ギルドに来ていた真壁秋であるが、その時に、女子に対する対処の仕方で盛り上がっていた事があった。
いつものメンバーで、特に水島なんかは、「紺を怒らせたら、そりゃあもう、その後は命懸けだよ」と言った内容で、話していた時に真壁秋が姿を見せた。
その時に、いつも唯に困らせられている、と言う内容をつい話してしまうと、真壁秋は言う。
真壁秋は何かしら怒っている女子がいる場合は、そっとしておく、原因があったら素直に謝る、彼女達の言う所の意味や意図や理由とかを深堀しない。
と言うのである。
それに対して、水島が、
「なんだよ、お前、情けねえなあ、最強なのにな」
って言うと、彼は言う。
「女子の怒りに対して、僕の戦闘能力なんてなんの役にも立たないよ」
と言った真壁秋に、以前からすごいやつだなあ、と思っていた西木田であったが、この時もすごいやつだな、と思うことになった。
つまり、俺は間違っていたんだ。
唯が怒ってると言うのは、すでにそこは危機などではなく、もうデットゾーンに突入していると言う事なんだ。まして、女神も裸足で逃げ出す優しさの唯が怒っているのはすでに最悪として結果にたどり着いてしまっている、だからこその対処療法であり、そこに行かせないための行動が、俺には必要だったのだ。
だから、最近、唯が怒りの状態に突入が認められた時は素直に謝る。
原因は後で考えればいいのだ。もちろん、危機さえすぎてしまえば忘れてしまう西木田であり、だからこそ同じ過ちを何度も繰り返すのである。
それでも、ともかく謝る。
で、その唯の怒りと言う名の死地へ向かうのを止めるのである。
しかし、唯もまた西木田の対処に少々の免疫がついて来ている。
だから、
「何を謝っているの?」
とその西木田の謝罪が何を根本にしているのかを問いただす。
そう、唯の怒りとは、西木田が思っているよりずっと論理的なのだ。
だから、ただ謝るとか、なんとなく謝るとか、謝ってしまえ、なんて謝罪は受け入れてはくれない。
そして、その場限りの嘘偽りなど簡単に看破されてしまう。
とは言うものの、そこの対処はそれほど難しいものでもない。