第32話【不死の王、全ての敵を灰塵と化す】
不死者の王、そして吸血鬼の王であるバンパイアロードたるキリカには、自分の能力よりも低い敵対者を全て灰(命を奪う行為の次の段階)にしてしまう能力を持ってる。もちろんこれはキリカの能力の一部であり、真の力を発揮する時はこれ以上の攻撃手も持ち合わせている。
そして、そんな不死王キリカを上回る力を持つものなど、そもそも、この北海道、そして異世界にあっても少数であり、最初から軍勢を持って挑んでくる様な魔物達など敵ではないのだ。
ただ、魔王秋殿下から、『いい感じに時間を稼いで』と言われていたので、それなりに戦力は拮抗するフリを見せていたのである。
「全部終わったら蘇らせてやる、それまでは大気に混ざって彷徨え」
と呟くキリカ。
灰はやがてさらに砕けて、一瞬視界を曇らせていた粒子は、全て消え去り、藻岩山展望台には、晴わたる空と静けさが残った。
そして、割と遠くまで吹き飛ばされた真々地のところに駆け寄ると、即死してはないものの、すでに虫の息であった。
その真々地を立ったまま見つめるキリカは、かつて親友(と書いてライバル)のリリスとの会話を思い出してしまう。
それは、一度キリカが悪魔の花嫁であるリリスに尋ねたことがあった。
それは、
「なんでお前、あんな弱い奴とか選んだ?」
言い方は違うかもしれないが、そんな感じで尋ねた時に、リリスは、
「あいつ、私を庇うのよ、守るの、必死に、一生懸命」
と言ったリリスに、
「馬鹿じゃん、どう考えても、お前の方が硬いじゃん、その間に柔らかなのが入っても意味ないじゃん」
呆れてしまうキリカにリリスは、
「そうなんだ、馬鹿なんだ土岐は」
そう言うリリスの顔は、もう完全い蕩けていて、正直、それを見ていたキリカにしてみれば「うわ……」と呟いてしまうくらいバカップルの惚気を聞かされている感じな言葉しか出なくて、それでも、それを嬉しそおうに話すリリスを見て、そんなリリスを知らないキリカは、かなり引きつつ、そして、そんな感情の中に「いいなあ」って思う感情もあることに気がついていた。
「本当に、目の前にな、あいつの背中とかが、こう、守る様に来たら、『ハワワ〜!!』ってなるから、絶対になるから」
と力説するリリスだったが、今回、突き飛ばされて、逃され、その前には自分の攻撃範囲からも綺麗に逃されて、それがあったから死ぬ様な目に遭っている真々地に対して馬鹿だなあ、くらいしか思えないキリカであった。
「ならないじゃん、ハワワ〜、なんてさ、リリスの嘘つき」
と呟き、瀕死の真々地を一度ダンジョンに連れて帰ろうとするキリカは、そこで、倒れている真々地の唇が何かをえてるのがわかったので、何か言いたいのだろうと耳を近づけてみると、今にも死にそうな真々地の唇は意識なんて飛んでる筈なのにこう言っていた。
「怪我とかしてねーか? 無事か?」
掠れゆくその言葉をしっかりと聞けたとき、キリカは、何かに撃ち貫かれたかの様な衝撃を受ける。
顔をみると、真々地の唇はもう動いていない、完全に気を失ってしまった様だ。
言葉は、思いつく言葉は叱咤にも近く、『馬鹿だ!』とか『なんで不死者の私を庇う』『身の程知らずか?』『か弱い人間が魔物庇うなよ』とか、そんな言葉が次々に浮かぶ、浮かぶのではあるが。
ズッキューン!
っと、自身の胸を貫く衝撃に、驚く。ただただ驚く。
そしてそれはキリカのスイッチを切り替える様に何かを変えてしまう。
同時に、まるでキリカ自身の意識を介在しない行動が始まる。
それは本能に従う様に、体の奥底から突き上がって来る衝動だった。
そして近づけていたキリカの顔は、そのまま真々地の首筋に顔を向けてさらに近づき、その牙を突き立てた。
キリカは牙が真々地の首に刺さってゆく感触を確かに感じながらキリカは自分の行動を理解できない。
どうして、こんなマネしてるんだろう?
絶対に血より牛乳の方が美味しいのは知っているはずなのに、この男の血が欲しくてたまらなくなってる。
気がつくと、逃げる力のないはずの真々地の体を激しく抱きしめている自分に驚くが、決してその力を緩めようとしない。
ひとしきり、貪る様に真々地の血を吸って満足したキリカの顔は恍惚としていた。
刺さった杭が抜け、傷を修復して行く真々地を見て、満足そうに微笑むキリカ。
「ほんと、こんな奴、大っ嫌い」
と潤む目で未だ意識を覚醒する兆しを見せない真々地を見て、キリカの本能はキリカの声でこう告げた。
もう、誰にも渡さない。
見つめるこの真々地という男。
この血。
この体。
この心。
全部私のものだ。
血の盟約は交わされた。
仲良くなる?
心を通わす?
愛し合う?
そんな事、今は無くともいくらでも出来る。そのうちできる。後からできる。
なぜなら、もう二人は永遠なのだから。
王たる吸血鬼の盟約により二人は永遠という生涯を共にしてゆくのだから。
そしてキリカは、未だ意識のない、真々地豪の体を苦痛を感じない様に大事に小脇に抱えて、
「持って帰っていいんだよね?」
と、誰もいなくなった藻岩山展望台で呟き、まずはリリスに自慢しようと、そう思う自分を子供っぽいと思いつつも、吸血鬼の本能から解き放たれて尚、笑顔が止まらないキリカであった。