第26話【従うだけの喜び】
そうでもしないと、仲間のためとは言え、裏切った自分は、そして黒き集刃と言う組織は存在してはいけないだろうと、ダンジョンばかりではなく、この世界で、真壁秋と言う人物を敵に回しては存在そのものすら怪しくなって行くと、そこまで思うものの、その後、真壁秋は、地球蛇すら配下に治めてしまい、元黒の猟団である秋の木葉、そしてダンジョン最強者であった、葉山静流などを見ていると、ちょっとこの仲間に入ると言うのも難しいと言うか、根本的に無理筋な気がして来る鮫島は、友好な関係を続けつつ、なるべく近寄らないよにしようと心に決める。
そして、ここが頂点であり、真壁秋と言う、このダンジョンウォーカーの極みを見たと思っていた鮫島であるが、その後、自衛隊、そして、国連軍との戦いを再び目の当たりにすることになる。
個人対『現存している軍隊組織』との戦いを、まさに戦争を直接見る事になる。
その時、鮫島はさらに思った。いや確信した。
それは、今更、真壁秋に対して、まさかここまで戦闘力を持っていたなんて、とか、そんな驚嘆はなかった。
その件については思ったのは、「ああ、やっぱりなあ」と言う納得である。
そして、確信する。
ああ言う人は、やっぱり眺めているに限るなあ、と。
間違っても近寄ってはダメだ。
キラウエア火山もナイアガラの滝も、マリアナ海溝も、とてつもなくすざまじい、まさに驚嘆に値する光景だ。でも近寄ったら死ぬ。近づいたら危ないから、できるだけ遠くで、できれば写真の様な媒体で見ている方が正しい接し方なのだと言う結論が鮫島の心に落ちて来た。
遠くから、もう声も届かない以上の距離で見ている分には最高の人だと鮫島は思う。
そして、何より、そう言った自分の気持ちもきっと理解されていると、そんな確信もあった。
だからこうして、札幌から離れているのも、きっと秋のアニキの心遣いなんだと、そう思っている。
何より生まれ育ったこの地を守る任を与えてくれた心意気にも感謝している。
そんな感慨無量な鮫島に、
「ボス! 2番通り付近にコボルトが出現しました!」
と、同じ黒き集刃の仲間からの報告が入る。
「敵対なら倒せ、戦闘の意思がなければ、北海道立野幌総合運動公園へ案内しろ」
と命令を出して、人数を当たらせる。
これらの対処については、そう、秋に命じられている。
魔物の中には戦いたくない者だっている。
そして、鮫島だからこそ、その気持ちはわかるのである。
また、異世界からの魔物の全ては、皆、自分を偽ることなく、その行動を示して来る。
人を騙す様な者達はいないのである。
この辺は、下手な人間よりも質として高い気がする。
だからなのか、こうして魔物に接しているとフト思うことがある。
一体、秋のアニキは何をしようとしているのか?
どうして魔物を殲滅しないのか?
そして鮫島は首を激しく横に振るのだ。
まるで、そんな考えを吐き出す様に頭を振る。首がねじ切れるばかりにその浮かんだ考えを否定する。
その辺については鮫島の考えることではない。
そして、そう言った考えを持つこと自体、あの、秋のアニキに対して無礼な気すらして来るのである。
ただ与えられた命令をこなす。
淡々と、その業務を片付けて行く。
それこそが、今、自分に課せられた秋のアニキへの忠誠であり、決して敵に回ったりしないでほしいと言う、切なる思いでもあった。
それでも、鮫島は呟く。
鮫島は真壁秋を信じているのだから、余計な事を考えてはいけないのだ。
信じるのは、いいことで、尊く、楽しく、そして簡単な事だ。
ここを失ってはいけないと、本能がそう鮫島に語りかけ、結果楽しい事だけ考えている自分がいる。
「なんか、こう言うのも割といいかもな」
と、その巨体で、初めて出会う児童が5人中、運が悪ければ6人は泣くその面構えを笑みに染めて、広く長い国道の先、札幌の続くその行先を見つめていた。
そんな車も走らない国道12号線に、雀達が戯れている。
思わず、この江別市のマスコットキャラクター『えべチュン(顔がレンガの雀、超可愛い!)』を思い出していた。
そして札幌方向からは、また一際大きな、音に遅れて大気が揺れた。
震源は割と近そうだ、とも思うが、秋のアニキの事だ、その辺については気を回してくれているに違いない、と思う鮫島は、レンガ餅を頬張りながら、ゆるりと、そして確実に、今度は誰も裏切ることなく、江別市の平和を守るのであった。