第21話【悔やむ間もなく早く遠くへ】
此花姉妹かあ……
まあ、あの二人は三柱神であるゼクト様事、大魔法番長も舌を巻いてたくらいだからなあ。
比べる事自体間違ってる気がするよ。
それに、通常のダンジョンウォーカーの中でも特に魔法特化してる人っているけど、それとだって比べる事は難しいと思うんだよね。
きっと、根本が違うと思うんだ。
魔法に対する考え方というか、取組方というか、星座の詳しい女子中学生と、ガチで天文学を研究、発見してしまえる本場の研究者くらい違うと思うよ。
「結局俺は、何一つまともにできなかった、気がついたら、あの有象無象なクロスクロスにいたよ、人より弱い奴の群れに紛れて、ひとときの安息を感じていたんだ」
と言った。
「いや、それはクロスクロスの人たちにも悪いでしょ?」
って言ったら、
「そうだな、お前のいう通り、俺は自分より弱い人間を見て、ようやくそこで悦に浸れたんだよ、馬鹿みたいだろ? みっともないだろ?」
ああ、そうか、なるほど、なるほど。
僕はここで納得したよ。
これって、所謂『殻』って奴だね。
九首さん、自分を卑下しながら、いかにも軽蔑しながら、こうやって自分の周りに壁を、殻を貼りこめてしまっていたんだね。
九首さんはこうも言ってる。
「まあ、お前もその化け物の最たるものだもんな、手加減した上であの新装備の大槻蒼に難なく勝てるんだから、俺の気持ちなんてわからないよ」
だから僕は言った。
「まあ、僕は強いけど、僕より強い人はいるから、気持ちはわかる様なわからないよな微妙な気持ちだよ」
って言ったら、九首さんは驚いてて、
「嘘だろ? お前より強い奴なんているのかよ?」
「いるいる」
もちろん、その人は全く手なんて抜いてくれないし、まして自分の殻に閉じ籠るなんて暇なんて与えてくれない。殻なんて作ってる間もなかったよ。
こういう殻ってさ、自分の中では強く硬く完璧に包んでいる様に見えて、実は外界からは驚く程脆いんだよね。
ほら、自分自身で張り込める殻って、外からは貼れなくて、内側から貼り付けて重ね合わせて硬度を出すじゃない。
だからさ、もう完成してしまうと、自分じゃどうにもできない。
よくさ、自分で作った自分の殻くらいは自分でどうにかしなさい、っていう人いるけど。
その人って多分、今九首さんが感じている様な本当の絶望を知らない。
自分の経験則だけで、自分の体験だけで人を語る人の話なんて、すぐ隣の人にすら役に立たないよ。
総合的に判断する訳じゃない相手にしなくていいよ。
それがもし本当なら、なんで人は社会を形成して、隣人がいる環境にいるんだって話だよ。
難しい事は、みんなで考えた方がいいいよ。
だから、僕は、
「僕が九首さんにできることなんて一つくらいだよ」
って言ったら、やっぱり苦しかったのかな、って思える表情の変化を見せてくれてさ、
「そうか、じゃあ頼むかな」
っていうから、
「うん、じゃあ、完璧に負けさせてあげるよ、もうこれ以上ないってくらいに」
僕はさ、こうしてもらえたから、自分が行く方向ってのが見えたのかもしれない。
母さんには絶対に勝てない。
僕に絶対に母さんは負けない。
気がつくと、負けて悔しいとか、次こそは、とか、そんな気持ちも消失してゆく世界があるんだよ。
大丈夫、その腕前なら、そこの入り口くらいには立てるから。
僕は、よく、覇気とか迫力とか殺気とか気概なんて物が感じられないって言われるけど、そんなの全部邪魔なだけだよ。
たった1ミリ、コンマ0,1秒でも遠く、早く。
見栄も、誇りも、使命も、宿命も、責任や責務なんてものは全部後ろに置いていいんだ。
気がつくと連撃のリズム。
引き込まれた九首さんの顔が笑う。
僕は、その落とし来る後ろに置き去りにした世界で、響く事のない歌を口遊んでいた。
すごいね、さすがだね、九首さん、ちゃんと付いてこれたじゃない。
捨てたもんじゃないよ。
普通の人にはここ、入り口すら到達できないから。
切り上げる僕のアキシオン。
どこまでも空に舞う、九首さんの銀色の剣。
膝から崩れる九首さんは首を垂れてこういうんだ。
「俺の負けだ」
だから、僕も答える。
「僕の勝ち」
なんだ、結構、九首さん遊べるじゃない。
またやろうよ。
って言いたかったけど、これが九首さんの家族が安心できる状況になるといいけど、とか思う僕は、再び、空を見る。
空にはどこまでも、未だ空に向かった上昇し続けるまるで渡る鳥の様に飛んで行く、九首さんの剣『軽鴨』が、札幌の大空に吸い込まれる様に小さく、そして青く溶けて行った。