第18話【巨大悪魔(親父)の一番長い日】
田中さんは、悠然と佇み、土岐を見下ろしている。
まるで空気が凍りつくみたいに張り詰めた緊張感の中、土岐は、そのまま、手をついて頭を下げる。今回は、以前のリリスさんに対して行っていた、全面降伏な土下座って訳では無い。その下げた頭の姿勢から、僕はどこかそんな姿の土岐から、『攻める』姿勢を感じたんだ。
こんな時に思うことでも無いけどさ、土岐の土下座とかさ、こう言った姿勢が綺麗だよね、土岐って。本当に感心してしまう。
そして土岐はいった。
顔を上げて、真っ直ぐに、その田中さんの顔を、悠然と二人を見つめるその視線に、視線を返して、土岐は言うんだ。
「娘さんを俺に下さい!」
その瞬間に、黄色い歓声が上がった。
近いのは葉山で、遠かったのは、いつの間にか出て来ていたギルドの女子連中と、あ、八瀬さんもいる。
「言った! 真壁! 言った!」
って葉山のやつ、凄い興奮して僕の背中をバンバン叩くんだ。痛いから、興奮しすぎだから、って葉山を見ていたら、今度はズトンって、凄い音して、地面が揺れた。
びっくりして土岐達の方を見ると、田中さんが、腰を下ろした音だったみたい。どう言うわけか、田中さんも土岐に付き合って正座してるから、顔はちょっと悪魔だから怖いけど、きっといい人なんだろうなあ、って思ったよ。
悪魔独特の威圧感も、その人ならざる様相も、ただの頑固なお父さんに見えて来るから不思議だ。
でもリリスさんってお父さん似だったんだね。二人ともよく似た綺麗系な顔立ちをしてるもの。
すると、今度は僕の横を八瀬さんが通り過ぎて、と言うか駆けて来て、土岐の後ろに立って、
「僕からもお願いするよ、彼らの結婚を許して欲しい」
訴えかける様に言うんだよ。
リリスさんも、八瀬さんの参戦は意外だったみたいで、
「お義姉さん……」
とか言って、
「今まで黙っててごめんね、でも、ずっと応援してたからね、急にって訳じゃ無いんだ、弟をよろしく頼むよ」
って言う八瀬さん、なんかリリスさんと見つめ合ってた。
田中さんは、じっとそんなリリスさんを土岐を見つめて、じっと目を閉じて、空を仰ぐ様に、真上にその視線をあげる。
つられて見る空は、異世界が出現している以外は、晴わたる北海道らしい晴天の天気だ。気圧が乱れている事を除けばいい天気だった。
そして、田中さんは、寄り添う二人、土岐とリリスさんをじっと見つめる。その目は、まるで、その二人を応援する八瀬さんも、そして、単なる野次馬だろうとは思うけど、待機していたギルド女子、僕らを含めて、どこか厳しく、そして優しい眼差しが包むんだ。
そして、田中さんは言うんだ。ゆっくりと、言葉を手渡す様に、でもその声はちょっと震えていて、悲しみの湿度を含んでいた。
「わかった、娘はくれてやる」
低くて上品な声。優しいとは違う、でも決して諦めてしまっているって言う色では無い。
だから一つの決心なのかもしれない。
それでも歓喜に沸く、みんなと、喜びに顔を綻ばすリリスさんに、あっさり許しをえたと、驚いている顔の土岐だった。
田中さんは、震える声を、大きく息を吸い込むことで、有耶無耶にして、土岐の顔を真っ直ぐに見て言う。
「その代わり、一度でいい、奪って行く君を、君を殴らせろ」
と言った。
一応、北海道を含むこっちの世界を守る者として……。
いや、土岐死んじゃうだろ、この田中さんに殴られたら。
って思いつつも、まあ、リリスさんを嫁にできるんだから、一回くらいは死んでもいいかな、
土岐。って、思う僕は、この時点で意外な事実に気がついてしまう。
この巨大悪魔の人が田中さんって事はだよ、つまりは、リリスさんのお父さん訳だから、結論を言うと、リリスさんのフルネームは、『田中リリス』って事になるんじゃ無いのかな?
なんか、親を外国籍に持つ、ハーフタレントみたいに感じるのは僕だけだろうか?
思わず、近くにいる誰かにその事実を伝えようとするんだけど、なんか、凄い歓喜に沸いてて、みんな土岐とリリスさんを祝福してて、ちょっとこれからこの田中さんに殴られる土岐の顔色が悪い事を除けば、お祭りムードで、祝いテンションなんだけど、今はそう言う事を言う雰囲気じゃないことだけは察する僕だったよ。