第12話【茉薙が守りたいもの、内緒のもの】
そう言ってからまた僕の方をキリッとした目で見つめて、と言うか睨み付けて、
「じゃあ、本当に雪華の事は好きじゃないんだな?」
って聞いて来るから、
「ああ、好きじゃないよ」
もちろん雪華さんの事を嫌ってる訳じゃないよ。
元々そんなつもりもないし、お嬢様だし、可愛らしさに隙間なく張り付くあの緊張感とか、今ではすっかり真希さんを超える器とか言われて、同じギルドの薫子さんからも「かなう気がしない」って言われてるし、葉山すら恐れてる雰囲気あるし、メディック凄いし、問題起こしたダンジョンウォーカーからは、『拷問姫』とか言われてるし、好きとか嫌いとかじゃないくて、ちょっと僕の手にはおえないよね。
きっと僕と雪華さんが、ありはしないけど、仮に、付き合うって事になったら、飼われるの間違いじゃあないかって思うよ、だから茉薙は本当によくやってると思う。
現状を統合して整頓すると、あくまでもその気がないって事を茉薙に伝えたくてそんな言い方になる。
「お前、本当に馬鹿だな、雪華ってすごいんだぞ、俺は好きだぞ、雪華、大好き」
って言う。
真顔で言う。
もう本当に園児か、小学生低学年かよ、って、苦笑いしか出ない。
でも、まあ、僕も春夏姉相手に、こんな感じだったんだろうな、って思うから、この既視感はちょっと懐かしくもあるよね。
「そっか、じゃあ雪華さんのお嫁さんは茉薙だね」
って言ったら、発言者である自分自身、なんか逆じゃね? って思うけど妙にしっくり来るからいいか、って思って。その茉薙自身もここでようやく、自分の言ったことのことの重大さに気がついて、顔真っ赤にしてる。可愛いな、茉薙。
ちなみに、雪華さんと同じ立場で婿を求めた場合、候補として海賀の息子さんとかも同じグローバル企業の面々も名前が上がってるらしいけど、そっちの世界では、『魔王の側近』とか『魔王の片腕』とか言われて、あの時、海賀壊滅の事件も合間って、ほぼ全員、財閥系も政治家系の人達雪華さんの婿どころか話題からさえ逃げ回ってるって話を母親である雪灯さんから聞いたよ。
親友である相馬さんからの話を聞いたんだけど、そのうち、『女帝』って呼ばれるのも時間の問題だと思うって言ってた。
だからさ、そんな茉薙に思わず聞いてしまったんだよ。
「茉薙はさ、雪華さんと一緒にいて大丈夫なの? 怖くないの?」
すると、この僕に顔によく似た男の子は言うんだよ。
「雪華が、してほしい事をすると喜ぶから、俺、それが嬉しんだよ」
って言うんだよ、ちょっと遠い目して、その表情がとても大人びて言うんだ。
すっかり大人になったなあ、って思った。雪華さんが彼を預かって正解だったなあ、って、きっと葉山だったら、いまだに甘やかせていたから、これはこれでよかったのかな、って思えたんだ。
関心する僕に、茉薙は続けて言うんだ。
「それにさ、俺が雪華に逆えるわけないだろ? 特に怒った雪華に言い返すなんて絶対に無理だから、言っていい言葉は『ごめんなさい』と雪華の『ちゃんと話を聞いているの』の確認としての質問に対しての返事の『はい』だけだからな」
凄いいい顔して、まるで自慢する見たいに茉薙は言うんだ。
言いながら思い出した様に、茉薙は一回大きく身震いして、
「基本、女子が怒ってる時って、何も言い返せないんだけどな、もう黙って嵐の過ぎ去るのを待つだけだよな」
って、おそらくは過去を振り返って、自分のして来た事に対する肯定、同意を求められているのがわかる。
「だよね」
もちろんだよ。それ以外方法なんてない。茉薙は正しい。
頷くと、茉薙の顔がさらに明るくなって、そりゃあもういい笑顔になってる。
そして茉薙は、さらに僕に近づいて来て、袖を引っ張って、姿勢を低くする事を強制される。で、
「あと、これは内緒な」
って言って、強引に下げられる僕の顔、耳に近づいて、茉薙の口は溢す様に、擦れるみたいな小さな声で、
「雪華に胸の話は絶対にするな」
って一言だけ言って離れた。
「絶対だからな!」
そう言って、茉薙は僕との目的を果たした様に、満足気に4丁目ゲートの方に駆けて行く。
で、ゲートに入る前に、もう一回、
「絶対だからなー!」
僕はそんな茉薙の小さくなって行く姿を見て、呟く様に、
「僕、本当にあの子と血が繋がってないよね?」
って言ってみるけど、僕の近くにいる葉山は複雑そうな笑顔をして、茉薙に向かってヒラヒラと手を振るばかりで、何も言ってはくれなかった。
そっか、茉薙も知らない所で頑張ってたんだなあ、って思うと、ああそうだ、今、異世界が落っこちているところだったっけ、って思い出して、気持ちを切り替える僕だったけど、切り替わらないから、おかしいなあ、って思ったら、茉薙の雪華さんに対する気持ちって、異世界が落ちて来るこの現状とさして変わりがない事に気がついて、それに同調してしまってた僕は今、この現状、異世界が空割って現れた現実に、慌てて緊張しなきゃって思ったよ。