第128話【夢から醒める時】
こう思ってた、とか、こうして欲しかったって言う、無駄なロスが無いから、僕は嬉しいんだけど、ほら、僕にはさ、女子のして欲しい事なんて察するみたいなスキルとか無いからさ、本当に助かる。
だから、こうして誘導とか思惑とかをきちんと僕にもわかる様に伝えられたって事に誇りを持とうよ。すごいよ、僕なんて本当に女の子の気持ちなんてわからないから、本当に凄い。
「あ、ありがとう」
気のせいか、春夏さんの顔がちょっと引きつっていた。
そう言う顔はやめようね、せっかく夢の中とはいえ会えたんだから。
そして、春夏さんは言うんだよ、
「秋くんの周りには、いい子がいっぱいいいるから私は安心しているんだよ」
って、さも安心した、春夏さんにしては珍しいドヤ顔だ。そしてもう一回、
「みんないい子」
もちろん、誰の事を言っているかはわかる。でも、僕にとってはどうだろう? って思ってしまうから、
「そうなの?」
って間抜けな聞き返しをしてしまう。
「そうだよ、秋くんの為ならなんでもしてくれるよ」
そ言うってから、いつも通りの綺麗な笑顔をこちらに向けて、
「その中でも、葉山さんと蒼ちゃんは大切にしてあげて」
って言われる。
いや、意味わかんないし、ちゃんと優しくって言うか、家族みたいに接してると思うけどなあ。母さんだって自分の娘の様に扱ってるってか完全に自分の娘だと思っているよ。
なんて考えてると、
「そう言う意味じゃあないのよ」
って言われる。ちょっとムッとして言われる。
その顔が笑って、
「あ、でも秋くんお嫁さん100人作れるから、2人くらいは簡単ね」
って言う。
「今その話はやめてよ」
ああ、今はそんな事忘れて、春夏さんだけ考えていたのにさ、どうしてそんな事を思い出させるのさ?
「ごめんなさい」
って春夏さんは謝るんだけど、
「僕は春夏さんがいてくれたらそれでいいよ」
きっと僕にとって、100人の綺麗な女子よりも、100人の僕を甘やかせてくれる女子よりも、春夏さん1人が、それを大きく勝るって知ってる。
僕は、春夏さんだけいてくれたらそれでいい。
例えば、春夏さんが側にいてくれたら、葉山のどんな小言にだって耐えられると思うんだよ。
「それは、秋くんがハンカチとか持ち歩かないでいるからよ」
ってまるで見ていたかの様に春夏さんに言われる。
だよね、でも春夏さんのいた時なら、いつもちり紙とかハンカチとかスッと出してくれるからさ、僕専用とかも持っていてくれてるのは同じなんだけど、葉山の奴、一々うるさいんだよ。大体さ、ご飯の前に手を洗いなさいって言うのは葉山だよ、で洗ったら洗ったで、ハンカチ持ってない事責められて、なんなんだよ、結局は、ハンカチ出して拭いてくれるんだけど、じゃあ最初からそうしてよ、ってなるじゃん。
そしたら、春夏さん声を出して笑うんだよ。
そして、言う、と言うか尋ねて来る。
「じゃあ、秋くんは、葉山さん嫌いなんだ」
「いや、そんな事は言ってないよ」
思わず焦って言う僕に、
「じゃあ好きなんだね」
って言うから、ちょっと考えてしまう、いや、実際の所はどうなんだろう?
「蒼ちゃんだって、この騒ぎが終われば、きっと自分の家に帰って行くわね」
ってどこかツンってした表情で言う春夏さん。
「え? そうなの?」
「あと、喜耒さんもかも」
「あ、薫子さんはいいや」
思わず、瞬時に出てしまった言葉に、
「いや、でも、薫子さんは、僕って言うより母さんでしょ?」
って言ったら、春夏さんも、苦笑いしてる。
そして、春夏さんは言うんだ。
「うそだよ、秋くん」
って、何がだろう?
「きっと、あの二人は、きっと喜来さんだって、秋くんから離れることなんてないわ、秋くんが嫌がっても、きっといつか秋くんが、例えば他に違う人を選んでも、きっとあの三人はいろんな理由をつけて、秋くんの側にいるわ、生涯、どうしても関わって行くと思うの」
今の時点では僕にはそんな事、想像もつかないけど、春夏さんがそう言うならそうなんだろうって思った。
でもさ、それでもさ、やっぱり一緒にいたいのは春夏さんだよ。
僕は、あの時から、ずっと彼女と一緒にいたいんだよ。
すると、春夏さんは、
「ごめんね」
って言うんだよ。
嫌だよ。
そんなに簡単に謝らないでよ、って僕は言おうとするんだけど、いつの間にか僕を包む春夏さんの腕、胸に押し付けられる春夏さんの優しい胸に、もう何も言えなくなってしまう。
僕はこれから春夏さんが何をしようとしているのか、気がついているんだ。
だから、この「ごめんね」はとても悲しい。
そして、いつもより強く、硬く抱きしめる春夏さんの力の強さに、僕は、終わりが近づいて来ている事を強く自覚してしまうんだ。
「ありがとう、私に人生と運命をくれた男の子」
って春夏さんは僕にそう優しく語りかける。
いつの間にか、僕と春夏さんは互いを抱きしめ合っていた。
互いに立ち、この白い空間で、僕は春夏さんを強く強く、どこにも行かせるものかって、くらいの勢いで抱きしめる。
そして、春夏さんは、僕を、僕の全てを感じたいままに、お別れを意識するかの様な感情が僕に流れ込んでくる。
でも、そこに悲しみは無くて、哀れもない。
もう全部決まっていた事だから、春夏さんに迷いなんてあるはずはないんだ。
不意に離れて、また近づく。
その一瞬、僕の唇に春夏さんの唇が触れる。
そして、また抱擁。
春夏さんは言う。
「秋くん、時間よ」
って。
そして、まるで祈り、囁き、念じる様に春夏さんの唇が僕の耳元で揺れると息を漏らした。
そっと伝わってくる。
「秋くん、空が、北海道の空が割れる……」
嫌だ!
それは、また彼女を失う事への抵抗。
でも、そう思った瞬間に春夏さんは消えてた。
もう、どこにもいなかった。
悲しみとか、寂しさとかそれを思う間もない。
そして、僕は思うんだ。まるで、本能のごとく思う。
北海道ダンジョンに向かおうって。
その時、その瞬間に、僕の意識は眠りから覚醒に向かっていったんだ。