第125話【理解不能な存在を認識】
「あー、あ、私一人で盛り上がってただけかあ」
そう、嘆く様に言う氷野は、
「氷野さんの家って隣でしょ? 彼、そんなにあなたの言った事を深刻に考えてはいなかったんだね、それより、早くダンジョンに入りたくて、成績を上げることで頭がいっぱいって感じで、そそくさと帰ってしまったのよ、一応は止めたわよ」
そう言って、ここで初めて私を見た彼女。
だから、私は彼女、葉山静流をこの時初めて認識してしまう。
私は思った。
ああ、そうか、彼女もまた東雲の………………。
そう思い、感じて、私は、私の体とその親である明日葉の仲間であり、つまりは秋くんとも同じだと、微笑もうとした瞬間、私の目に映るもの、葉山静流と名乗るモノを見て、私は息を飲んだ。
私は、彼女、葉山静流をじっと見つめた。
と言うより目が離せなかった。
そして私の異世界の常識、今は母に教えられた現代社会の常識、その二つを踏まえた私の知識と意識が拒絶して、この体の中にあるわずかに残った春夏の残滓と拾い集めた欲望が彩る心から、泉の様に湧き上がるのはあの時の感情をもっと端的に語るなら恐怖そのものだった。
私は、死体と見つめあっている錯覚に囚われる。
いや、人形が喋っている。
春夏の体を操り人の姿を真似る私も大概だが、これは、ありえない程の非道を組み合わせて、人を象る化物に見えた。
これは、魔物だ。
でも私達側ではない。
この世界の魔物だと、思うった。
まるで木偶の様な肉の柱に、他の肉を貼り付けて人の形を保つ様な、異形なモノ。
私たちの世界でもありえないほど、血の匂いは散出していた。
思わず、距離をとってしまう。
何より、驚くのはその精神だ。
初めて見る、この葉山静流と言う少女の持つべき欲望の端を見て私は旋律する。
痛み。
哀れみ。
憎しみ。
優しさ。
嘆き。
振れ。
苦しみ。
喜び。
呪い。
恨み。
そしてそれを支えているのは狂気ではなく、至って普通の精神。
当たり前の、どこにでもいる、普通の子供の心が、血と肉の絶望の渦中にいて、希望も見出せずにいるのに、どこまでも普通に、当たり前の様に微笑んでいる。
今も彼女の体には引き裂く様な痛みに苛まされていると言うのう、彼女にとってそれが日常になってしまっている。
私はその彼女を見て、こんな状態で彼女は生きてきたのかと思うと、同情などより恐怖を感じてしまう。
慢性的な体の痛みは、普通の人間なら立っていられないほどの状態なのにも関わらず、彼女は平然として、こうして話かけている時にすら体は軋みんでいると言うのに、彼女は私
の横で漫然と過ごしている。
命の形がありえないくて、集う様に、いや、まるで縫い付けられている複数が一つとなって機能する事すらないはずで、恐ろしくて、だから悲しい。
時折聞こえて来るのは悲鳴の様な、呻く様な声。
それらが彼女の体の中で絶え間なく反響して閉じ込められる様に押し込められている。
何より、彼女の中に、ありえないもう一つの欲望。
その形が見えない。
まるで、眠る様に、深く沈んでいる。
一体、これはなんだ?
私は、今までないほどに驚き、そして口を閉ざしてしまう。
その葉山静流はと言うと、
「じゃあ、私は帰るから」
と氷野真湖に言うと、私に向かって、
「じゃあね、東雲さん、『告白』に物言いがあるのなら、もっと早く事前に動いてね、後、力付くじゃダメだから」
と手にした木刀を見て言われる。
普通に微笑むその姿は、普通の女子と何も変わらない、でも、その年齢の割りに幼さの残るその表情はどこか大人、いや悟りきった顔をしていた、何より私たちの世界にいる永遠の命を持つものよりも、そして、魔法を大全化してしまった司祭のそれより大人びて見えた。
今の時点では、彼女が、彼女に対して私が思う違和感は悟られてはいない様だった。
この子は、違う意味で絶対に秋くんに近づけてはダメだ。
あの存在は呪いの様だ。
その存在は恨みの様だ。
あの子を秋くんに近づけてはいけない。
私にとって初めて邂逅した不理解。