第124話【彼女の失恋、その恋の終わり】
一体何がどうしてこうなったのか全くわからなかったけど、気がついたら、私は秋くんに告白する筈の女子、氷野さんの前に立った。
私の心はもうボロボロと言っていいほど、乱れに乱れていて、どこからかやって来る恐ろしい程の消失感に泣きそうになるほどに、私は狼狽して、おかしくなるくらい浮ついた気持ちはどこにも落とすことができないでいた。
一瞬、教室を飛び出した時には、この子を殺すところまでその心が私を押し出す。そのまま斬りかかりそうになる。
しかし、私の殺意も、この焦燥も、全ては霧散する。
私が見たのは馬鹿みたいな静寂に落胆。
何も起こらなかった。
何も無かった。
ここに秋くんはいなかった。
私が恐れている様な事態にはなっていなかったから張り詰めていた私の嫉妬に掻き回されたドス黒くなってしまった感情は、一瞬にして行き場を失い、まるでお腹の底の方にストンと落ちてしまった。
校舎裏には、もう既に何もかも終わってしまった様な静まりがあって、問題の氷野真湖は、数人の女子に囲まれて、ガックリと肩を落としている。
この現状が何を表し、何があったのかはわからない。
しかし、この体。女子の体を持つ私はわかった。これだけは理解できる。
彼女の告白は終わったのだ。
そして、今の様子、この光景をみる限り彼女の希望は叶えられうことはなかったと言うことだった。
酷いと思われるかもしれないけど、私は、そんな彼女達を見てホッとしていた。我ながら醜いと思うが、本当に嬉しかった。
最悪な状態だけは避けられたから、彼女のこの告白の失敗を私は喜びにも似た、いや確実に喜んでいる。
ただ偽りのない心、隠そうとしない私の本音、私は、秋くんを奪われるのだけは嫌だった。それだけははっきりしていた。
なぜなら、私は秋くんと一緒なのだから、一緒に半分にした掛け替えのない、他には代用の効く筈のない人だから。
秋くんはちゃんと断ってくれた。
と言うか、彼女の要求には答えなかった。
私はそれが嬉しい。
その秋くんはどこにもいない。
少なくとも、私のいるこの場所にはいなかった。
そして彼女の前にいるのは、私よ横に見たい知らぬ女子。
今気がついた。私の知らない子がいる。
何やら責められている。
でも、おかしい。
責められている子、ちょっと変だ。
違和感。
久しく感じた事のない、いや、よく知っている様な、でも何か気持ちの悪い嫌悪感に近
い違和感のある女子が、私の隣で、氷野さんを囲む女子達に責められる様に言われている。
氷野真湖を取り巻く女子の言葉をまとめると、
「どうして真壁くんを止めなかったのよ!」
氷野真湖の横にいる女子は、自分の友人に対しする同情と哀れみそして、私と並んでいたメガネ姿の女子に極めて大きな怒気を放って、そう言って責め立てる。
彼女は正面に憤る女子達を無視する様に、
「あ、東雲さんこんにちわ」
と急に挨拶をして来るから驚いてしまう。私は声も出せずに、こんな状況でも何事も内容に普通に話しかけて来る、ほぼ初対面の女子に驚く。
そして、彼女達には、まるで怒鳴る様に、
「止めたわよ、でも、真壁くん、『え? そうだっけ? でも家が隣だから家で聞くよ』って帰ってしまったのよ、こっちが止める間も無くよ」
と笑っている。
彼女の言い方には前にいる女子達に攻められる様な理由がな気はさらさら無いと言う明らかな意思を感じさせる。
審議の中心にいながら、その責任を追わない、まるで議長の様な、そんな振る舞いだった。
ああ、そうか、彼女は秋くんのクラスの委員長さんである事を思い出す。
だからなのだろうか、ここにいても、どこか半歩身をずらして、遠くから眺めている様な視線なのだと、その時は思った。
そして、そんな彼女に、氷野さんは言う。
「うん、ごめんね、ありがとう葉山さん」
すると、その委員長は、
「ガッカリしないで、氷野さん、あのくらいの歳の男子なんて小学生と変わらないから、恋愛とかはまだ早いって言うか、無理かも」
と、元気付ける様に、委員長である葉山と言う少女は言った。
そしてどこか納得した様に、彼女は、あっけないほどのこの騒動の終了を告げる。