第110【それは普通の、彼女が知らない当たり前の味】
家では、たまに蒼さんが、うちの家の料理とは全く違う感じの料理を出す事があるけど、それ意外、例えば、薫子さんが、葉山が、偶に雪華さんも家で料理を作ってくれるけど、母さんの作る味っていうか、それに沿った味になるんだ。
そう考えると、滝壺さんの料理って、全然違う。
なんでだろ?
でも答えはすぐにわかった。
摘んだジャガイモ、人参一つとっても、うちの切り方と違うんだよ。
煮物も甘いけど、ちょっとピリッと来る。家とはだいぶ違うなあ。
これって、きっと滝壺さんの家の味なんだって思った。
それを思うと、葉山とか薫子さんって、そういうのないなあ、って、特に生活をする上で自分って形を主張することがないなあ、って思ったんだ。
そして、どうしてそうなっているのかはわかるんだよ。
蒼さんは特殊だとして、一緒に手伝ってくれる雪華さんも葉山も薫子さんも、普通の家庭って訳じゃなかったから、お母さんから受け継ぐっていう味がないってことに僕は気がついたんだ。
僕の横にいた葉山が一口、食べてから箸が止まってさ、きっと葉山も同じことを考えていたんだと思うんだ。
特に母さん取られちゃうモードに入ってる薫子さんは、それどこじゃないけど、葉山ってそういう所あるからさ、色々と考えてしまうんだろな。
そしたらさ、滝壺さんが心配そうに、
「お口にあいませんでしたか?」
って葉山に聞いたら、
「ううん、美味しいわよ、いいわね、上手」
ってとってつけたみたいな賛美。それでも滝壺さんは喜んでたけど、今葉山の気持ちを思うとちょっと考えてしまう。
つまりさ、滝壺さんには、ずっと自然に受け継いできた家庭の味があって、葉山や薫子さん、雪華さんと一部だけど蒼さんにとって、そういうものがないんだよ。
家にいる女子達は、みんな普通っていうどこにでもある家庭を知らない子供だったんだ。
だからと言って僕の家も普通はではないところはあるけど、こうして親が、僕の場合は母さんがご飯を作ってくれるから、
みんないろんな事情があって、そんなものを知らない子供達だったんだ。
滝壺さんの料理は、美味しいとか、まずいとか、それ以前にどこか暖かくて、僕の家の母さんの料理だってそれに負けない温かみがあるけど、どこか肌触りとか、独特の味というか親みがあるんだよ。
僕は、そこで気がついたんだ。
そっか、滝壺さんって普通の子なんだなって。
普通に家で家族に大切にされて、家のお手伝いとかして、今はきっと自分の母親と一緒に夕食を作ったりする、普通の家の娘なんだ。
僕のところにいる女の子達は、雪華さんですら家の料理なんて自分が率先してやらないと誰もやらない環境だった訳で、薫子さんや葉山に至っては家庭を知らないって言ってたから、余計にそんな事に気がつくんだろう。
それでも、茉薙なんか見てるともうすっかり雪華さんが家族になってるなあって思えるくらい仲がいいよなあ。
で、横の葉山はというと、箸を持つ手にも元気が無いように見える。
だから、
「いいじゃん、葉山はここが家でさ、もう僕ら家族見たいなもんだろ」
ってお味噌汁を飲みながら言ったらさ、葉山、ちょっと嬉しそうに、
「うん」
って言って、普通にご飯を食べ出した。
そして、
「私も、春夏が帰って来るのを待ってるから」
って言うんだよ。
「そうなの?」
って聞いたら、
「だって、このままじゃ、卑怯だもん」
って笑顔のまま言ったんだ。
僕にはこの時、葉山にとってここが家であるっていい事だよな、って思うけど、葉山の、葉山の覚悟なんて気がついてなくて、もっとしっかり、葉山の事を知っておくべきだった、そう思うのはそれほど遠い未来でも無いことを思い知らされるんだ。
誰とも繋がってない自分。
それがどう言うことなのか、僕に理解できる筈もなかったんだよ。