第103話【いつか帰ってくる、あの人の為に】
これは、家で春夏姉と明日葉さんがずっと話していたことなんだそうだ。
もちろん、その事情は本人である真冬さんは知らない。
春夏姉は言うんだ。
「適当にダンジョンの無機質を操るだけの存在に意識を持たせて、それで、戻ったら、消でば良いのに、形を持たせてダンジョンに出したってことを考えると、あいつにまだ、人だった頃の、あの優しい春夏の意識を失ってないって感じさせるんだよ」
……確かにそうだ。
そこにある意識を一緒にするか、消してしまう事をしないのは、まさに春夏さんの考え方で、それは、ダンジョンを一つの生き物として捉えた場合、一つの細胞の消失に、春夏さんは悲しみと言う感情と、自分自身の行いへの理不尽さを思って、真冬さんを切り離して、僕らの前に放置してる事を考えると、僕が、彼女をどうするかわかって、と言うか信じて託した様に思えるから不思議だ。
「でな、真冬の事は、あたしの母さんに、夢だったらしいが、ちゃんとお願いにきたんだとよ、何度も何度も謝ってたそうだ」
ああ、それで明日葉さんが彼女を迎えに我が家まで来たんだね。
だから、そんな感情があるって事なんだ。
つまり、形の上でも春夏さんは未だダンジョンの中に残ってるってことなんだ。
それでも、それはもしかしたら僕にとっての都合の良い解釈で、そうありたいって思いかもしれないけど、でも、そこに縋る事は、少ないかもだけど、決して無意味でも無謀でもない筈なんだ。
「嬉しそうだな」
って春夏姉に言われる。
僕、笑ってたよ。
信じてる。
でも、ここまで僕にはなんの根拠もなかったんだ。
そんな僕は春夏姉の言葉に、完全に背中を押された格好になって、ちょっと納得が行かないと言うか、意外と言うか、びっくりしてる。
でも、
「ありがとう春夏姉、ちょっと元気でたよ」
って言ったらさ、
「本当に、輝郎といい、お前といい、うちの家系の男はできが悪いよな、そのくせ全部自分で抱え込むから始末に負えない」
って言うから、ここは父さん関係なくない? って思うけど、
「まあ、輝郎の場合はあのスキルだからな、仕方ないんだけどな、でも今日花しょっ中は逢いに行ってるみたいだから、仲良しで良いよな、お前のところも」
そんな事を言い出す春夏姉に、僕は、
「え? 父さんって、仕事で、家から離れてるんだよ」
と言うと、
「なんだよ、今日花の奴、まだ話してないのかよ?」
って言い出す、僕の知らない事をさも知ってるかの様に春夏姉は言うんだよ。
そして、春夏姉は、
「話はここまでだ、秋、決着をつけるぞ」
とか言い出して距離を取る。
えー、良いよ、別に……、と思いつつも、こうして対峙してたんだから、折角だしって思いもある。こうして真剣に春夏姉と遊ぶのな一体何年ぶりだろう?
今思えば、僕が真剣を持つのも、それを振るうのも、応援してくれたのは春夏姉だった気がするんだ、他の大人は、みんな口を揃えて『まだ早い』って言ってたけど、春夏姉だけは、『いずれ真剣を持たせるつもりなら、こいつの場合、早いにこした事ないぞ』って言ってくれたみたいなんだ。
だから、受けて立つ、って感じで、僕も距離を取る。
「一本勝負な、どうせお前の体は春夏が守っているんだろ? だから思い切りいくぞ」
とか不穏な事を言い出す春夏姉の構えは、剣道で言う所の中段の構え、いや、若干右に寄ってるかな? ちょっと微妙な構え。
対する僕はいつも通りだよ、右手に剣を持ってブラブラしてる。
「いくぞ」
って、まるで床を這う様な言葉を呟いて出して来るのは、突き。
ただし、剣は、アキシオンのフランベルジュが真っ直ぐ伸びる様について来る形に対して、春夏姉の体の方が捻れて限界を超えたところで一回転する。
その力がアキシオンに伝わってゆくから、回転する突きになって、ヤバイ、これって弾けて軌道を変えられるイメージがない。
そして、折角とっておきの技を出していてもらって、こちらが出せるものが何もないって、これに対抗できる技が僕の中にはなくて、春夏姉には悪いなあ、ってすまない気持ちにと言うか、そんな風に思いつつ……。
あ、あった、一つあった。