第94話【東雲と多月】
特にその気もない僕なんだけど。
なんか本当に失恋したみたいで、ちょっと心がションボリする僕なんだけど、僕、別にこの子の事好きでもないし、なんとも思ってないんだけどな、正面切って言われると、なんか凄い損した気分になるから不思議だ。
「女子全部に受け入れられるって思ってるお前も、輝郎おじさんそっくりだよ」
とか言い出す春夏姉の笑顔が本当に楽しそう。
そんな事ないから、僕なんて、ちょっと前まで全校の女子から相手にされないってそう言う状況が当たり前の日々だったから。
ちょっと涙目になりそうになる僕。そして、その悲しさを思い出して震える。
でも、そんな日々にきたえられて僕は、ここで前向きになるんだよ。
「開き直るなよ、悲しくないか?」
うるさいな、春夏姉。だから言ってもないことに反応しないでよ、いちいち反論しないでよ。
まあ、いいか、こんな扱いでも、って僕は思ってると、そうは思ってない人がちが現れる。つまり僕をガチで、全方位から守ろうとする人達。あ、薫子さんは違うね。
閃光の様な斬撃。
綺麗な軌道に、その衝撃を与えた彼女はもうすでにここにはいなくて、更に後ろにあって、こっちに向かって加速して来る。
これ、凄いな、秋烏の一閃。
正確には両手を使っていたから二撃なんだけど、その振り下ろす両手は順番に入っているはずなのに一撃にしか見えないよ。
流石の春夏姉もグラついて下がる。僕のほっぺもようやく解放される。そして、
「多紫町の奴か! 確か、名前を蒼だったな!」
挨拶がわりの一撃を受け止めて、その衝撃も未だこの室内に共鳴の様に広がる。
流石だよねアキシオンフランベルジュ型、あの一撃をくらっていて尚、刃こぼれなんてどこにもない。普通の武器ならきっと真っ二つだったと思う。
これって、初代微水さんの技巧と、それを扱う蒼さんの技術に他ならないんだよなあ、見事に衝撃を緩和して、デルタ刀全体で受けつつも力を完全に殺してる。
「わがお館様に害を為すと言うなら、喩え春夏殿でも許すわけにはいかん」
と僕と今、吹き飛ばした春夏姉との間に入って蒼さんは斜に構えて、前に出た右半身の方の手の秋烏を春夏姉に向ける。
春夏姉もさすがだね、半身残してすぐに攻撃できる体制に入ってる。
「また会えたな、お前、あれだろ? 化物揃いの多紫の町の中で、『集大成』とか言われてるんだよな、知ってるぜ、再会したかったよ」
ただならぬ気配を醸し出す蒼さんと春夏姉の二人。
「あ、忍者マスターさん、こんにちは」
その緊迫する最中、普通に挨拶している滝壺さんだよ、そして、その壁側にいる人達も蒼さんに向かって頭を下げてた。
どうやら直接の知り合いらしい。
「何やってるのよ、帰って来ないから来て見れば」
ってちょっと怒ってる葉山が、僕のほっぺを見て、春夏姉に引っ張られたところがアザになってるのか汚れだと思って拭き取るも、
「ちょっと、乱暴にしないでよ、顔に傷が残ったらどうすんのよ!」
って春夏姉に対して怒ってる。
「大丈夫だよ、ダンジョンだし治るし、いつも傷も残らないじゃん」
やられた僕が言うのもなんだかなあ、って思うけど思わず春夏姉を庇う様に言うと、
「残るのよ、特に痴話喧嘩の怪我は回復しないって言われてるわよ」
と間髪入れずに反論する、葉山のその言葉にビビる僕。
「え? そうなの? 初めて聞いたよ」
思わず自分の頬に手を添えて、狼狽する僕に対して、
「嘘に決まってるだろう! そんな事実聞いた事ない、全部こいつの出まかせだ!」
と切り捨てるのは、いつの間にか僕の背後に来ている薫子さんだった。
うわ、気がつかなかったよ、薫子さんの気配。なんかこの人、あの白い大剣をもらってからの変化というか成長が著しいなあ。