第93話【フラれる僕、いやフラれてないけど】
いや、ちょっとやめて、痛いから、顔伸びちゃうから。
僕のほっぺをギューって、両手で摘んで引っ張って、春夏姉は、なんだろう、情けなくて泣きそうな顔して、
「お前、自分の親父忘れんなよ!!!」
って怒られた。
あ、ああ。
そっか、父さんね、うん、父さんだ。
そんな事言われてもなあ……。
いや、だって、僕、生まれてこの方、父さんんに数えるくらいしか会ってないし。
そりゃあ、僕の生まれる前から春夏姉は父さんを知ってるかもしれないけど、僕は知らないんだし、第一、名詞的に春夏姉なら輝郎での認識だけど、僕に取っては呼び方としてはお父さんなのだから苗字も付けずに名の方で呼ばれたって、どこの輝郎さんですか? ってなるじゃん。
「屁理屈言うな!」
って更に強くつねくられてるよ、しかも僕言葉に出してないのに心を読んで文句言われてるよ。もう嫌だこの界隈の人達。文句も愚痴も思う事すらできない。
「ちょっと! やめてくださいよ、魔王さんの可愛い顔が伸びて間抜けな顔になってしまうじゃないですか」
「うっせーな、こいつは元々そんな顔だよ!」
「違います! お間抜けで可愛いのがいいところです魔王さんは!」
って、雨崎さん、僕ごと春夏姉を貫き来たよ、春夏姉がそのまま避けて、僕にその切っ先が一瞬触れるんだよね、ギリで回避って感じで、雨崎さんも、
「あ! 魔王さん、ごめんなさい!」
って、本人も驚いているみたいで、素直に謝る雨崎さんに、
「お前なあ、愛しいって言う男、殺す気か!」
って春夏姉が怒鳴ってた。
ホント、春夏姉の回避行動がなかったら串刺しだったよ。
やめてよ、もうそのアキシオンは君の専有なんだから、僕も斬れちゃうから、本気で突いてこないでよ。
全く、いつものどこか軽快な雨崎さんじゃないよね。びっくりしたよ。
「こいつ、ちょっと危なっかしいなあ、気を付けろよ秋」
って春夏姉がそんな風にアドバイスしてくれる。
いや、そんな忠告の前に僕のほっぺ離してよ。
すると、今度はそんなショートなレンジの恋人距離に入って来るのは滝壺さんで、再、僕の剣をまじまじと見て、そして自分の剣をガン見して、そして話かけて来る。
「あの、魔王さん、私、あなたとは結婚できませんが、この剣を手放したくはないです」
って真摯に訴えかけて来る。
すごい真剣で訴えかけて来る様な視線。
そして、
「これ、私ギルドの受付で聖剣としていただきました、ですから正当な譲渡だと思うのですか、それとも、どこかに手違いがあったのでしょうか?」
真面目だなあ、滝壺さん。
そっか、滝壺さんて、以前、海賀で貸与された剣や装備について、酷い目に合ってるからなあ、その辺でのトラウマに触れてしまう感じだよね。だからだろうか、滝壺さんちょっと元気無い、折角石狩川で釣りした時に元気を取り戻したってのに、これじゃあ本末転倒だね。
だから、
「いや、いいよ、そのまま使ってていいから、僕の方は気にしないで、こんなの周りが勝手に言ってるだけだから」
ってなんか変な気の使い方になってしまって。僕の方もちょっと表現し難い笑顔になる。すると、ホッとしたみたいな滝壺さんは、少なくとも本音で僕が言ってることだけは伝わったみたいで、
「ありがとうございます、流石に結婚とかは無理なので……、きっと魔王様にはもっといい人が現れると思いますので、是非私の方は思い止まっていただけるとありがたいです」
って言われた。すごいいい笑顔で言われた。
「なんだ秋、ふられたのか?」
って、春夏姉、とってもいい笑顔。
更に追い討ちをかける様に、
「残念だったな、秋、ガッカリするなよ」
って言われる。
やめてよ、ちょっと心がキュッとしたよ。