第87話【魔王、北海道へ帰還】
僕はシリカさんのゲートによって、今、北海道ダンジョンに帰って来た。
ここダンジョン地下一階のスライムの森ね。
開いた北海道側のゲートで待つシリカさん。
彼女を見ていた、ああ、そうか彼女もまた『佐藤』さんだった事を思い出して、ジッとその小さくて可愛らしい姿を見つめてしまうと、
「はい」
とロイズの生チョコレートを一つ手渡される。
「ひどくないですか? 大量に疲れているときには、甘く切ないモノです!」
ってドヤ顔で言うから、今日はシリカさん思念というか思考をダンジョン内に拡張させているみたい、言葉が辿々しい。
まあ、それでも受け取って口に入れた瞬間に、柔らかくて優しい舌触りと溶けて行く感じに、何よりミルクチョコレートの上品な甘さが、ちょっと僕の心を優しく癒してくれた。
それでもゆっくりしているわけにもいかなくて、なんと言っても、確実に異世界がこの地上、つまり北海道を目掛けて落ちてくる日がある程度わかったから、こちらとしても、ただ黙って待っていた訳ではないけど、それでも、その日程に合わせた細々として対策を実行して行くことになった。
雪華さんは、あっち、つまり首都圏に残り、大柴の本社と一緒に予め決めていた対策にあたるって言ってた。だから茉薙も一緒に残して来た。
ひとまず、木村さんから聞いた情報を一旦整理しようと思って、僕はそのままギルドの本部に入る。
「あ、真壁、帰って来たんだ」
と僕に声をかけてくるのは葉山だった。
薫子さんがギルドにつめてるから、来ているのかな、って思ったらどうやら僕を心配して来てくれてた見たい。
そして何より、この地に降り立った瞬間に、いつもの様に、ここにいないはずの誰かが寄り添って、僕の横で僕を包む見たいない意識の残骸が霧散して行くのがわかる。「ただいま、春夏さん」言いはしないけど、そう心の中で声をかけると、葉山の表情が、ちょっと陰る。
ともかく、真希さんに木村さんから聞いた事というか、尋問して聞き出した事を伝えないとって思って僕はギルドの建物に入って行く。
心配そうに、でも聞きにくそうにしているから、僕の方から葉山に、
「全部終わったよ、もう海賀の脅威は無くなったから安心して良いよ」
と伝えると、
「うん、真壁ならなんとかしてくれるって思ってたから、そこは心配してない」
とちょっと視線を逸らす様にしてから僕に言う。
大丈夫、読まれてない。
心の一番深いところに沈めてある。
この思考は読めさせない。
でも、それがきっと違和感になったのだろう、葉山はたちまち僕に尋ねるんだ。
「私にも言えない事もあるんだね」
それは、あのとき、海賀の魔物化した人達の言葉、いや木村さんの直接の言葉に、海賀の肯定。
それは人工的に造った『東雲』の話、そしてそれを抵抗の力にしようとしていた計画。
これが何を意味しているのかわかるからこそ、僕はその話を聞くのを止めた。
どうせろくでも無い話だからさ、それにここで木村さんを含む海賀の動向を潰しておけば、もう葉山に変な火の粉のかかる心配もないと思うから、結論から言うと、僕はその話は一切聞かないで終了させたんだ。
聞いてしまったら、葉山クラスのダンジョンウォーカーなら、僕の心の形とか勝手に見て判断してしまうから、なら逸そ知らない方がいいなって思ったんだ。
この辺は葉山にも伝わっていると思う。
だから僕に対して多少の違和感というか不信感は拭えないものの、それでも葉山って僕を信用してくれてるから、それ以上は追求しては来なかった。
ただ、今回の事で思ったのが奴ら、つまり異世界側も必死なんだって事。
だから、できる事ならなんでもやってくるって言う、割と厄介な相手ってのがわかった。
まるでこぼれ始めている異世界側の攻撃って、作戦の成否ではなくて、もう、何をするのにも躊躇いがない感じがする。
だって、あの僕の答案用紙だって、有用だとは思っていた様だけど、その根拠もディアボロスくんの証言だったし。
雪華さんも、
「こんなテストの点数なんて、秋先輩が勉強して成績を上げれば消えてしまいます」
って言ってた。うん、まあそれがそう簡単に行かないから困ってるんだけどね。