第81話【セレブレティーなバケモノ】
真っ暗な室内に入ると、気の抜けたくらい穏やかな声が、まず雪華さんの方へと送られて来た。
「やあ、雪華くん、久しぶりだね」
優しい声、そして再会を喜ぶ様な声。
その声に、
「おじさま、ご無沙汰しています、こうして直接会うのは何年ぶりでしょう?」
こぼれる様な笑顔でそう答える。その雪華さんの表情は僕が見たことのない種類の笑顔だった。
「そうだね、あれはまで君が小学生の頃ではないだろうかね」
わずかに考える間の後に、彼はそんな言葉を並べた。
「父さん、雪華さんの中学校の入学式当時にお会いしているよ、二人でおめでとうを言ったじゃないか」
しかし、息子はそう否定する。
「おお、そうか、そうだったね、ずいぶん大人びて、綺麗になっているから、もう長いこと会っていなかったのかと思ってしまったよ、まだそんな時間しか経っていなかったんだね、」
自身の言葉に詫びながら、雪華さんの今を見て褒める。
「いやですわ、おじ様、綺麗だなんて……」
和やかな笑い声が響いている。
僕らが立つ入り口からは眩しいさを感じる唯一の光源になってるって言えるくらい、室内は暗い、そして、変んに生暖かい。何よりおかしな匂いがする。
部屋の中はおそらく広い、でも何の光もないから空間としての認識はできないけど、そうだね、ダンジョンの一室くらいはあるんじゃないかな。
きっと僕らを迎える為に改装してくれたのかもね。さっきの受付のお姉さん達といい、この自分達にとっての有利になる様な舞台造りと、本当にわざわざとうも、って言いたよ。
広いとも長いともわからない部屋の中心から、さっきよりも濃くなった下卑た匂いが漂って来る。
肉の匂いとも違う、まるで草と、そのどこかに潜んでいるであろう虫の様な匂い。
徐々に目が慣れ始めると、僕と雪華さん、茉薙は、大きな体の得体のしれない生き物3体に取り囲まれている事に気がついた。
大きさも3いや、4mくらいの気配。
いや、入った瞬間から、確実にあの遭遇感が僕の中にやって来ていた。
しかも、人対人の感覚じゃない。
確実にモンスターと対峙している感覚。
だからって訳でもないけど、文字通りその声は、僕の上からやって来ている。
どうも中がよく見えていないのは、暗さに目が慣れてないばかりでもないらしい。
きっと、この3体のうちの1体の何らかの効果による物だってわかる。
なぜなら、
「ジャミングを解除します」
ってアキシオンさんが言って、そしてその後、きちんと見える様になった。
まるで、大きくなった浅階層のジョージ3対に取り囲まれている気分。
かつて、あれを木下くんは、人の視覚的に嫌悪感と恐怖を感じさせるための姿だって言ってた。
運営側として北海道ダンジョンのモンスターデザインをしてくれた木下くん曰く、各階のジョージご本人でもある彼のあの姿って、態々と人に嫌悪する形にしたそうなんだ。
しかも年数を追う度に、ダンジョンウォーカーと対戦した数、試行錯誤を重ねて見た目を改良、パワーアップしていったって話していた。
特に視覚的に。
つまり、ダンジョン誕生から絶えまない進化によって、生の昆虫に骨がついてる様な、あの姿になっていったんだね、って話で、そんな姿になってしまってる海賀の、爺、父、孫の3人は知らず知らずにそんな形になってしまっているってことは、きっとその心の中に、人に嫌悪されて、畏れられる事こそ、トップに立つ彼らの理想そのものなのかもしれない。
そして、すでに攻撃は始まってるんだけど、なんだかなあ、深階層クラスでエルダーには届かずってところかな。
「どうしました! 手も足も出ませんか?!」
ってとても優しい口調で、散々挑発されるけど、鞭の様に撃ち込まれる伸びる両腕の攻撃を軽く凌ぎながら、現状を維持する。
どうも、前の記者会見の時よりパワーアップしてる感じがする。前のお爺さんの手って、硬くはなったけど、伸びたりしなかったものね。
とは言うものの、今は葉山もいないし、葉山のアキシオンで致命傷的な傷を負わせてもないし、実際それほどでもない。
言う事でもないから黙ってるけど、ダンジョンの中のモンスターやらスキル持ちのダンジョンウォーカーに比べると大した事ない、でも顔は一応、必死な表情を作ってる。