閑話13【そして少女達は勇者を目指す⑭】
愛生は「あ!」と短く叫ぶ。
お礼を言おうとしたのであるが、蒼はその前に消えてしまう。急に現れて急に始まったこの技術指導であるが、今まで、これらのレクチャーなど受けた事のない愛生にとっては新鮮であり、未だ自分の中でどう受け止めて良いのか、と言う思いはあるものの、それでも確かに指摘されている事はもっともだと言う自覚はあるので、その辺はきっちりとお礼を言いたかった愛生であった。
ちなみに、現在、蒼を中心とする秋の木葉は、聖剣と魔法スキルを持った『勇者』に対してこうして技術指導を行なっている。
特にメガオークに引っかかっている様な状態の者の前には積極的に出て来る様である。
この秋の木葉の行為は、特に、魔王である真壁秋に言われて行なっている事でも『勇者計画』の一環と言う訳でもない。
しいて言うなら、秋の木葉と言うより、あの武の里であり、かつてはかくれ里出あった多紫町出身者たちに有志によるボランティア的活動であり、いつの間にか始まっていた指導だった。
始まりは、勇者となったダンジョンウォーカーの、あまりに酷い聖剣の扱い(技能的な意味)に、それを見ていた、秋の木葉の一人が、
「微水様、可哀相……」
と言う呟きの元、始まった様である。
聖剣にはあの伝説の刀匠、初代微水の技術も入っているのだから、その偉大さを知る者にとっては無理もない反応でもある。
少なくとも、多紫町では一人前にならなければ、微水の刀は渡されないので、剣だけが良く技能が追いついていないその様を見て、怒りではなく悲しくなったと、秋の木葉の誰もがそう言っていた。
つまりは、見てはいられないと言う状態に対して、今、この様な形になっているのである。
もちろん、その様な事情など毛ほども知らない愛生達であった。
そして、
「ああ、また同じ所を指導されちゃったよ」
とアテナが言う。
「私もだよ、ハイマスターさんの淡々としている繰り返し同じ所の指導に心折れたよ」
それを聞いている愛生も気が付いた時には座り込んでいた。
思った以上に、いや思いがけぬほど心身は疲労していた。
それでも、皆笑顔でいるのは、この疲れは決して無駄ではないという事。何かを得た上での力だと言う事の自覚があるから、どこか不思議な満足感があった。
愛生は思った、ダンジョンてこんなにも濃密で有益な所だったんだと。
そして、あの時にすっかり消えてしまっていたと思っていた心の火が、熱を伴って愛生の中でその存在を誇示するがごとく揺らぐ。
気がつくと、アテナと美保が自分の方を見ていた。
すごい見ていた。
「どうしたの?」
思わず尋ねる愛生に、アテナと美保は顔を見合わせて、
「いやあ、だって愛生さ、ならまガオってたからさ」
とアテナが言う。
「え? あ、そう?」
と言うものの、そうかな? 今はだいぶ良いよ、と言おうとすると、
「愛生が英雄陣にいた頃から心配してたんだよ、なんか、顔色とかもよくなかったからさ、今は暇しているって聞いて、でもダンジョン来なかったから、まだガオってるんだなあ、って思ってさ、でも誘って良かった」
その言葉に驚く愛生は、びっくりして、一度心が大きく揺らいてしまって自分の気持ちがよくわからなくなって、でも、どうしてか涙が出そうになってしまう。
そんな愛生の表情を見てなのか、気にもしていないのか、アテナは、
「頑張って、良い勇者になろうね」
と言う。
その言葉に愛生は、勇者にいいも悪いもないと思うのだけれども、きっと概ね勇者とは人助けをしたり、国を救ったりと言う行いをする人だと思うから、アテナのそんな言い方が『頭の固い石頭』みたいで笑えて心がふわりと軽くなる。
きっとアテナの言う通り、勇者とは、いい人なのは当たり前だ。でなければ勇者でもない。
なぜなら、美保もアテナも、こんな自分を気にかけてくれたから。
だから、きっと、愛生にとっては、この二人は、すでにその条件を満たしているとも思った。
二人のお陰でダンジョンが楽しくなって来て、無理なく強くなれる。
かつての英雄少女は、ここから本格的に勇者を目指して歩き出したのである。