閑話13【そして少女達は勇者を目指す⑫】
愛生が、蒼を意識した瞬間に、ハイマスターと呼ばれる蒼からなお暴風の様な気力が吹き荒れる。
その手に装備された手甲の剣、ただ佇む立つ姿、そしてこちらに向けられた視線と同時に回りの空間まで支配されている様な錯覚。総じて、愛生は蒼の強さを感覚で捉えていた。
結論から言うなら『強い』と言うことである。
不思議なのは、それだけの意識を向けられていながら、愛生も美保もアテナも、体がすくむと言う事もなく、普通にしていられた事。
同時に、それは自分達に、ハイマスターな忍者に対して抵抗できる手立てがあると言うことではなく、その辺の気持ちに蓋をされていないと言う、得体の知れない実感があった。
そんな愛生は蒼からの視線に気がつく。
蒼はどうも、愛生の手にしているアキシオンに意識を向けている様だった。
だから、愛生は思う、流石に、この『聖剣アキシオン』には警戒しているんだ。
なら行ける。遭遇感の伴わないこの局面に置いて、少ない判断材料で、愛生はそう判断するのではあるが、次の瞬間に、ボソリと呟く蒼の言葉が、ゾッとするほどの近くで響いてきたことで、「きゃあ!」と思わず悲鳴をあげてしまった。
蒼はすでに、愛生の傍にいた。
その目は、驚きに限界まで見開く愛生の瞳を見つめていて、まるで喜ぶ様に、
「お揃いだ」
と呟き、自分の手にはめられた剣の刃の根元についている、『秋』の1文字を見せてきた。
意味がわからない。動きも追えない、捉えられない。
本能が遠ざかることを命じる愛生は半歩体を下げようとする行為自体に、この場から逃走を意識していた事に気がつく頃には、蒼はすでに元の場所、つまり、一定の距離をとっていた。
一体、いつ近づかれて、いつ離れたのか全くわからない。
まるで幻と対峙している様な錯覚にとらわれる愛生である。
そして、離れた蒼は、
「なるほど、出入りに関しては素人もいいところだな、スキルジャンキーと呼ぶほどでもないが、スキル依存型の戦いしかしていない様だ」
ボソリと蒼は呟く。
そして、
「スキルを使ってみろ」
と愛生に向かって言う。
これは挑発ではない。
完全に、光速剣技を扱う愛生を下に見ている言葉だ。
もちろん、剣技においては、全く取りつく島も見当たらない相手だという意識はある愛生は遠慮も無く、『光子舞踊』を使用しようとした。
このまま振り抜けて倒す、そう意識して、超加速を開始しようとした時に、その懐には既に蒼はいた。
愛生よりも少し背の低い蒼は、スッポリと愛生の腕の中にいた。
この時、この距離より近い距離はない、そう思う愛生は、まるで抱きしめ合っている様な距離だと思い、言葉では知るものの、初めて『恋人距離』の意味を自覚する。
そこから上を覗き込む蒼の視線。その尋常ならざる速度は愛生が驚くことすら許してはくれない。
「光速に入る前は光速ではない、意識は拾える、そこに付け込まれる、自覚せよ」
その言葉の意味を、蒼の発した語彙を、未だ音として捉えている時点で、既に蒼は愛生の懐を去って、元の位置につけている。
そして、
「光加速まで待ってやる、次だ」
それを隙だと認識して、加速を開始、振り抜くアキシオンを実感した時には、既に愛生は組み敷かれ、床の上にその身を寝かせていた。
何が起こったのかわからない。
アキシオンは二つの手甲剣に絡み取られて、どうやら投げられてしまった様だった。
しかも、投げられてるのではあるが、愛生の体に何のダメージもない。体の態勢をいつの間にか入れ替えられたと言う感じに近いのかもしれない。つまり手加減された上に怪我をしない様に気を使われている。
「え? どうして……?」
今度は上から覗かれる蒼の瞳に、もうそんな言葉しか出なかった。
「いかに光の速度とはいえ、軌道が知れるなら、型を作って待てばよい、お前と私を結ぶ点は2点、その線は一種類、接点は一つだ」
と言って蒼は離れてくれた。どころか寝転がる愛生の手を引いて起こしてくれてもいる。