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閑話13【そして少女達は勇者を目指す④】


 この愛らしい元ギルド長も、そう言ってから、


 「あ、今は勇者になって、アッキー倒すって目的もあるべな」


 と言って笑っている。


 そして、そこまで思って、改めてびっくりする事実がある。


 「どうして、私の名前を?」


 思わず巻きに聞いてしまう愛生である。


 その問いの答えではないが、真希は愛生に尋ねる。


 「まだゾンビは怖いかい?」


 その言葉に、ビクリと体を震えさせる愛生であった。


 襲いかかる腐った肉の群れ、斬っても斬っても変わらない質量、大気と同じ温度の肉の重さに押しつぶされる拘束感覚。


 生理的におぞましさを感じてしまう。思い出してしまう。


 斬っても斬っても、ゾンビは倒れないから前には進めない、後ろにも下がれない。


 潰される様な恐怖は今も体の芯に残っている。


 そして倒れた後に運ばれたのはここギルドであった。


 「愛生ちゃんは、あの時、あれだけの数のモンスターに対してなんの備えも無く正面から当たってしまったべ、どうしてだべか?」


 「そんなの、相手を倒さないと進めないからです」


 すると、真希はヘラって笑って、


 「違うべさ?」


 簡単な問題を、元のところから取り違えて間違って正解してしまう。根本のお互いの不理解、いや、ほんと、こいつ何にも知らないな、と言う、そんな笑み。


 真希の言葉とその表情は、まさに愛生を煽ってるに他ならない。


 もとよりダンジョンでギルドを束ねて来た真希であるので、ここは彼女なりの教育的指導というものではあるが、もし、彼女が真希の知る誰かなら、「なんでさ?」とバカみたいに素直に聞いて来るだろう。


 でも愛生はそれができないいることにも言及しているのである。


 一瞬とは言え、ギルドに並ぶダンジョン最古参D &Dすら強襲して、滅ぼしかけた英雄陣の、しかもそこでのトップクラスの実力を誇る愛生が、自身でも知らない内に芽生えた自覚も無いやや過剰な自信を真希に穏やかに挑発されていた事に気がつかないでいる。


 少なくとも、愛生は、ここダンジョンに入っている現状、友人達に頼られた、くらいのプライドは復活している様でもあった。


 だから、この湧き上がる様な怒りにも似た安いプライドに驚いている愛生でもある。


 そして、自身が、このニコニコ笑っているギルドの、見た目だけは可愛らしい少女に、怒りの表情を向けている自分に驚き、戸惑い、そして謝る。


 「ご、ごめんなさい!」


 「んー、いいよいいよ」


 と真希は穏やかに流す。

 もちろん真希としては愛生から、その怒りにも満たない、プライドの尖った部分を向けられて、嫌な気分になどなってはいない。どころか、元気でいいね、可愛いね、一生懸命葛藤してるね。


 等、保護者意識が全開していた、気持ちが緩むと、自分よりも若干背の高い、愛生の頭をいいこいいこしてしまいそうになるのを必死で抑えている真希でもある。


 見た目の容姿とは違い、それなりの人格者であり指導者でもあるのだ。


 「愛生ちゃん、息吐いて」


 と言われてびっくりする愛生。で、思わず深呼吸のする事で、随分息を止めていた事実に気がついた。そして、手にも力が入っていた。


 「愛生ちゃんはさ、このダンジョンの一丁目一番地を知らないから、道に迷っってしまったんだべ、ここの基本を知らなで、深部に挑もうなんて痛い目見るべさ、ってか見たべさ?」


 と真希は言う。


 愛生はその事実を言われて納得するものの、それがどうしてか知りたかった。


 どう言う事だろう?


 愛生は、その続きを訪ね様とする前に、


 「ここがダンジョンウォーカーの出発点なんだべ」


 そういって、真希は愛生の手を取る。


 そして、


 「ほれ、背中預けて」


 といって、後ろから抱きつく様に、愛生を包み込んだ。


 「え? なに? これなに?」


 驚く愛生に、


 「ほれ、前見て集中しな」


 と真希は優しく叱咤する。


 そして、


 「あそこ見な、あの石の角辺りに集中するんだべ」


 と言われて、その優しく自分を包み、自分の腰と右手に手を添えられて、柔らかな鈴の鳴る様な声に耳を奪われてしまう。


 何も抵抗もせずに、真希に身を任せる様に体を密着させる愛生に、


 「ん、良い子だね、ほれ、出て来るよ」


 そんな真希の言葉の所為なのか、それとも、これが真希の言う所の『感覚』なのだろうか? 足元から気持ちが迫って来る感じがした。

 

 愛生の中で何かが変わった。


 何度も通って、深階層まで行っている筈の愛生は、まるで初めて、このダンジョンに入った気がした。


 感覚どころか、身体中、心の中すら何かが噛み合い始めた事を実感する。


 そうだ、あの時、急にスキルに目覚めた時もこんな感じだった。


 何度も見ているこの地下一階の光景ですら、愛生の知るダンジョンとは違って見える。


 視覚や聴覚とは違う感覚が備え付けられた様な不思議な感覚。


 新たに付け加えられ接せられる触覚の様なもの。


 これらを自覚する事で、彼女は一歩を踏み出した。


 英雄な少女はここに至り、スライムを見て認知する。


 ここで初めてダンジョンウォーカーになれたことを。


 愕然とする意識の中、ダンジョンと同じ空気と同じ温度になる真希の囁きはこう言った。


 「これが『遭遇感』だよ、愛生ちゃん、この感覚を忘れずな」


 そんな説明の後、真希もまた喜ぶ様に、


 「ようこそ北海道ダンジョンへ、ダンジョンウォーカーの愛生ちゃん」


 全身が泡立つこの感覚は、新たなスライムの登場か、それともダンジョンに受け入れられた喜びか、今の愛生にとって、体を包むこの感情も理解し難く、ただ感動に震える様にしていた。


 だから思う。


 ここが北海道ダンジョンだと言うことを、深く思う。


 何より、自分が今作り出している、輝く綻ぶうような笑顔の表情すら知らない愛生であった。

 

 

 

 

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