閑話13【そして少女達は勇者を目指す②】
つまりは、彼女達は夢のお告げと、数枚のA4のコピーと見られる指示書の存在によって勇者に選ばれたそうだ。
ここまで話を聞いても意味がわからない滝壺ではあるが、ともかく常識とか、一般理念とかは捨てて、そう言う状態にあるのだと、話を聞いていた。
そして、中階層で『聖剣』を手に入れて……。
そこで愛生は激しく反応する。
「聖剣? タダでそんな物をもらったの?」
と驚く、と言うか警戒する。
それは、最近の自分自身を振り返っての驚きである、警戒でもあった。
愛生はそれで一度、酷い目にあってる。
「うん、自分専用の聖剣をもらえるの、私は、聖剣『ラウス』で、アテナは聖剣『サロロ』なんだ」
と言う。
学校には持ってきているけど、一応、聖剣とはいえ、刃物なので、職員室の置き場に預けていたので、愛生に声をかける前に準備良く持ってきていたのを彼女に見せる。
ちなみに、学校に聖剣置き場を設置しようと言う動きもある様だった。
愛生は二人の差し出す聖剣を見て、息を飲む。
美保の物だと言うラウスは、少し小ぶりな大剣タイプで、アテナの方は細身の長剣タイプだった。
その剣としての存在感、何よりも優美さが、愛生の目を離さない。
海賀で、初めてあの刀を、『嬉々烏』を見たときよりも、その存在感に驚く、そんな自分にも驚く愛生であった。しかも、全く違う剣ではあるが、かつて自分が使っていた、はるか昔に造られた刀にどこか似ている雰囲気があった。
特に剣などのことはよくわからない愛生であったが、ともかく目にしているそれは、何億もすると言われていた刀よりも、いい意味で現代的で、この存在感というのが、剣が剣としての意識や意図が強く感じられる……、様な気がしている。
少なくとも言えることは、ただの剣などでは無いと言うこと。
所謂、それが聖剣と言われるの愛生には納得できた。
そして、なんの知識も無い、愛生にここまで思わせるこの剣が配布で無料だと言う事が言う話が信じられなかった。
「契約書とか良く読んだ?」
思わず、心に浮かぶ疑念をポロリと漏らしてしまう。
以前、海賀を交わした契約書を良く読みもせずに、ただ高価な刀を借用させてもらって、酷い目にあったのはまだ記憶に新しい愛生である。
かなり、この様な事には疑い深くなっているのではあるが、美保の言葉は想像を絶するものだった。
「ううん、契約書なんて無いよ、ギルドに『勇者登録』すれば、中階層でもらえるんだよ」
そう言われて、もう一度彼女達の持つ聖剣を見る。
何度見直しても、どう見ても、薄目で見てもタダでもらえる剣では無い。
納得いかない疑念は、自然と拒絶の様に愛生の心に膜の様な隔たりを設けて、これ以上、これは考えない方がいいと、そう思わす。
だから、今回はダンジョンへ行くのは断ろうと、もう少し時間が経ってから、落ち着いてから行こうと思う愛生であるが、しかしそこはどうしてもメガオークを倒したい、友人二人の攻勢に押されてしまう愛生である。
「お願い、滝壺さん、もう深階層に行けるんでしょ? ちょっとだから、ちょっとでいいから付き合って」
の声に押されてしまう。
愛生にとっての忌まわしい思い出のダンジョン。
少し前まで、二度と近づかないと誓っていた、あのダンジョン。
それでも、クラスメイトに、一応の友人にそう懇願されて、トラウマになってる筈のその場所に、意外な程、嫌な思いも抱いていない事に驚く愛生であった。
しかも、意外な程、意識が北海道ダンジョンに向いている事に驚く愛生だった。
あ、大丈夫、私、ダンジョンに行ける。
その確信と共に、無機質な雰囲気と、どこか鼻の奥に残る、あの時のダンジョンの香、今更思うが、ダンジョンの匂いとか雰囲気なんて当時は考えもしなかった。
でも、確かにそれは愛生の意識以上に体のどこかが記憶している様だった。
数秒前まで断ろうとしていた愛生の中にあった、以外にも肯定的なダンジョンへの思い。
「うん、わかった、私も行くよ、大丈夫いけそう」
と二人に答える愛生。
「やった! じゃあ、滝壺さんも『勇者登録』しよね」
と、アテナに言われて、美保と二人に手を握られる。
以前とは違う、極めて軽い気持ちの同意に、自分でも呆れる愛生だったが、体を包む様な北海道ダンジョンの感覚が蘇ってくるその脳裏に、どうしてだろう、あの石狩川で、釣りをした時の、荒野に吹きすさぶ風の音と、あの人たちの笑い声。
何より、自分と同じ名前の、白い顔の少年の事が、その記憶が、今、この瞬間の出来事の様に思い出される。
どうしてかわからない。
根拠もない。
でも、きっと、あの時笑えたから今があるのだと、そんな気持ちで心がいっぱいになる。
だから、ダンジョンに行こう。
新しい決意が、特に義務も責任もない、そんな意識が喜びに変わって行く愛生であった。