閑話12【かつての英雄少女と石狩川とダンジョンの子供達⑧】
逃げ切らない様に、包括的に、バカみたいな範囲を持って、一人の少年を街ごと消し去ろうとしていたのが、この海賀のフェーズ2なのだ。
この国を代表する組織である海賀は、目的達成のためには、北海道にある地方都市など滅びても何の問題も無いと考えていたのである。
無論、北海道ダンジョン、そして魔王、その側近達はそんな殺戮を許すはずもなく、特にこの雪華に至っては、今までかつて無いほど怒っている。それが証拠に茉薙がいない。
茉薙は動物的本能によるところの危機察知能力から、本気で怒っている雪華には近づかない。だからいつもの穏やかになる雪華になるのをどこかで虎視眈々と待っているのである。
それはともかく、室内には雪華と、海賀の会話だけが響き、周りの人間は何も言わずにただ、それを聞いている。
すると、海賀の会長は、開き直る様に、
「もういい、率直に尋ねる、今、それはどこにある?」
怒気のこもった言葉、しかしそんなものに臆する様な雪華でもない。
「さあ、一体何の話ですか?」
「しらばっくれるな、私達の雇った傭兵団が、3液混合型にして持ち込んだ代物だ、なくなってしまうと大変な事になるぞ!」
すると、雪華は、あからさまにしらばっくれる様に、
「そんな危険な物をなくされてしまったんですか?」
電話の向こうからは叫び声の様な苦悶にこもった言葉にならない音が聞こえてくる。
そして、
「頼む、計画は諦める、お前たちが掴んでいる個人の債権も放棄する、だからこの辺で手を打たないか?」
それは必死の訴えだった。
「そして、今は諦めて、また次の機会を伺うおつもりですか?」
そう雪華は尋ねた。
ゾッとするくらい冷えた言葉で、まるで相手の喉の奥に零下の水銀でも流し込むように重く、致死に至る言葉で、そう尋ねた。
「魔王だぞ、人類の敵なんだぞ」
振り絞る様な声で、海賀の現会長は切に訴えかける。
もう、そこには言葉による何の取引も裏も無くて、無様なほど必死な様相は感じ取れた。
そんな最中、
「あと、一応聞いておく、これは関係ないと思うが、我々のレアメタル採掘場のある国で起こっている事件は君らが何かしているという事ではないよな?」
その言葉に、くすくすと声を出さすに笑う瑠璃である。
「ああ、あの、最貧国の労働者に、何の保証も与えず奴隷労働させている話ですか? 始まったんですね、大規模なデモとスト、労働者の権利ですから仕方の無い事ですよ、おじさまは大変ですけど、海賀グループの大きな資金源にもなってますものね」
この件に関しては、外国の、しかもこの国の裏側にも近い出来事なので、どこのマスコミも、またネットニュースですら流れてはいない。
そして、その事実を雪華は知っている。
だから、その言葉によって答えを得た海賀現会長は、もはや何も言い出せなくなっていた。
少なくとも、この雪華、そして魔王側に自分を許すつもりなどは無いと言う意思だけはハッキリと理解できたのだ。
スマホは回線を繋げたまま、何の声も出なくなった。
それでも、礼儀として、雪華は言う。
「ではおじさま、ご機嫌よう」
そういって通話を切る雪華に、
「お! アッキー、デカイ鯉を釣ったみたいだべ」
と真希が嬉々として教えてくれる。
モニタに映る秋と愛生。
大きな鯉を抱えて喜んでいる異造子達。
そんな映像を見ながら、ふと雪華は思い出す。
いつか、誰かが言った言葉。
『この国に、財閥は5つもいらない』
確かにそうかも、丁度いい機会だったのかもしれないと、雪華は思う。
目の前に映し出される石狩川の光景。
今日も北海道はいい日良、平和な一日だった。