閑話12【かつての英雄少女と石狩川とダンジョンの子供達⑤】
特に激しく誘われていたのが、『紙ゴーレム』に寄るところの頭文字』占い。
愛生も詳しい事を聞かされてないが、なんでも、その紙ゴーレムの額にある文字が、自分の名前と同じだった場合、その文字のある頭部を貫くと、願いが叶うなどと言われていた。
ほんとかしら?
流石に愛生としては思うが、そこは友達と共に盛り上がって、事実、ダンジョンの水浸しのその部屋には女子が多く集まっていた。
何度か、色々な人に誘われて、何度となく訪れた際に、偶然だが愛生は手にしていた対紙ゴーレム用ポールウエポン(伸びる棒の先端にカッターの刃がついているもの:ギルド貸出)によって、紙ゴーレムの額を貫いたことがあった。
意外な手応えに、当時、愛生はびっくりしたものだ。
モンスターを、まさか自分が倒すなんて思いもしなかったから。
そしてそのゴーレムの額に書いてあった文字は『秋』。
ちなみに、それは『秋物売り尽くしセール』の秋であった。
すると、一緒に来た友達は、皆、「やったじゃん、愛生、これで願いが叶うよ」
と言われるものの、そこで驚くのが、愛生自身に確たる願いなんてものがなかったことだ。
どうやら、漢字が違うのはいいらしく、音感としてそう読めることが大切みたいだった。
今の生活に満足しているという事に他ならない愛生であったが、特に願いがない事に、自分自身に愕然としてしまう。
つまりは、彼女は今の現状に満足していたから、自分の努力は自分の将来につながると、なんとなく思っていたから、何か得体のしれない力によって、願望が叶えられるという事実に怖ささえ感じていた。
だから、何も考えなかった。
欲しいものなど何もないのだから。
今、若干の空腹を感じている状態だって、帰ってお母さんの美味しい夕ご飯を食べて解消したい。疲れている体も、ちょっと長めにお風呂に入って、グッスリ寝れる快楽によって補われる。
これ以上、何を望むのだろう?
欲しいものはなに?
一瞬差し込まれた誰かの意思に愛生は怖がりもせずに、こう言おうとした。
「特に何もありません」
誰かの問。
彼女は理解している。
ここはダンジョンなのだから、こういうこともあるんだろう。だからこう答える。
このままが良い。
そう思いかけた時だった。
この水浸しの室内、『鏡海の間』に悲鳴が走る。
紙ゴーレムしか出ないと言われる、この場所に悲鳴なんて、とは思うが、この紙ゴーレムの一撃は、人の痛覚に直接響く。そして、浅階層で遊んでいる愛生の様な子供達に、そんな痛みに関して過敏に反応してしまう子もいる。
それはまだ、このダンジョンにあるモンスターというなの暴力装置に慣れていないのだから。人間が、子供達が、普通に生活しているなら暴力などその周りにありはしないのだから、叩かれる痛みに対して、痛みそのものよりも、驚きにパニックになってしまう人も一定数はいる。
おそらく、自分達と同じ歳くらい、だから中学一年生くらいの女の子の集団は一人が泣き出して、その周りは集団パニックの様になってしまう。
でも、ここは浅階層。
ギルドの人達は結構な数の人達が回っている。
だから直ぐに助けが来るだろうと、きっと誰もが思ってる。
誰も動かない。
中には、笑い声も聞こえて来る。
愛生はちょっと怒って、「酷いなあ」と呟く。
そして、
「これじゃあ、あの子達、ダンジョンが嫌いになっちゃうよ」
そんな思念を抱いてしまう自分は、きっと、北海道ダンジョンが好きなんだなって、改めて知った思いをする愛生であった。
愛生は、次に行動に出る。
その、泣いているいる人達の方に、助け出ようと意識を向けた瞬間に、ガチャリと頭の中で音が響く。
何かが頭の中で噛み合う音。
重くて、決して誰も操作できなかったスイッチが切り替わる、そんな音。