閑話12【かつての英雄少女と石狩川とダンジョンの子供達③】
それにしては、この子達、釣りの道具を一切持っていない、と言うか手ぶらだ。
この辺に釣り道具屋ももちろん、この石狩大橋のあたりで釣りをする人もいないから、レンタルなんてものもない。どうするつもりだろう?
と思ってると、梓が、自分達の最後尾よりもまだ後ろにいる誰かに声をかける。
「ねえ、秋! ここサメいないってさ!」
よく見ると、彼らの荷物を全て持たされている様な、そんな人物がはるか後尾に追いつこうとしている姿が見えた。
そして近づいて来てわかった事だが、その人物は、顔に真っ白に白粉を塗られて、目にはバッテンを書かれ、何より頭の天辺あたりに、とても上品なリボンを結い。数本の釣竿と、巨大なクーラーボックスを数個、手にはセイコマートの買い物袋を数個下げて、ふらふらと歩いている。
「いや、知らないし、ちょっとはみんなで荷物持とうよ」
不満を漏らす荷物係に、
「秋がジャンケン弱いから」
「秋がゲーム弱いから」
「しりとりで直ぐに『ん』って言うから」
どうしてこの現状に辿り付いたのかわかる内容を言い返されている。
それにしてもあんまりだ、とこんな状況を見て驚く愛生であった。
そして、桃は叫ぶ。
「ほら! とこかく川に付いたよ、ここでやるから、早く早く、置いてくよアキ!」
直ぐ横の桃の声に体をビクリと驚く愛生。
「どうかしたの?」
と桃に問われると、
「はい、私の名前も愛生なので」
と言うと、桃はニッコリ笑って、
「うん、知ってる」
と答えた。
思わず、え? っと聞き返そうとすると、もう集団は川の対岸に向かって歩き始めていた。
何より驚くの愛生自体がその集団の中心にいて、そのまま一緒に歩き出してしまった事だった。
少なくとも自分の意思ではない。
そんな自分の横に先ほどの梓と言われた少女が張り付いているから驚く。
「何?」
「私たちはみんな纏めて瑠璃に売られたんだ、だからお前も買ってやる、死にたがりの命なんてほっとけないだろ?」
そう呟く少女は、まるで愛生の気持ちなど見透かしている様に覗き込む梓の瞳。その美しさと、深さに思わず見つめてしまう、そして、ここで初めて愛生は気がつく。
この瞳の色、そして見つめる瞳が、人のそれではないことに気がつく。
なんなんだろう、この人達。
私をどうするつもりなんだろう?
不安を隠しきれない愛生はそのまま自分の意思など関係なく歩かされてしまう。
見えない糸で操られる様に、当たり前の様にその集団の中に混ざってしまう。
まるで、釣られる魚の気分の様でいて何かに捕らえられた、そんな不思議な、それでいてどこか優しく暖かな理不尽に包まれる愛生であった。
滝壺愛生は、ここ地元、札幌の隣、江別市で生まれて地元で育つ。どこにでもいる普通の少女だった。
性格はというと、控え目で大人しく、良く言えば、周りに溶けけむそんな性格で、決して自ら前に出ようとはしない。
周りから見た彼女は付き合いやすく、何より人の気持ちをよくわかって、言葉や行動にl気を使っているのがよく分かる所謂、絵に描いた様ないい子であった。
だから、周りの評価もとても高い。
しかし、彼女にとって、それは自身の無さの現れであり、端的に言うなら弱さに他ならないかった。
つまりそこにいる、回りに出している自分と、本当の自分には決して埋まらない隔たりがあると、そう感じていた。
もちろん、欲望のまま、やりたい様に進むと言うのいいことだとは彼女自身も思ってはいない。でも、だからと言って、全てを周りに合わせる自分に多少の違和感を感じてしまっている、言うなればこの歳くらいの子供にとっては誰もが一度は想い抱く感傷の様な、そんな感情でもあった。
それに加えて、あまり高くない身長、やや細すぎる体に、極めて普通の身体能力、それでもきちんと勉強しているので成績は上の方であったものの、特出されるべき特徴というほどもなく、だから自分は常に普通なのだと、そう考えていた。