閑話11【夢のお告げから勇者への道③】
そして、ブリドは、
「あ、ダンジョン入った事なかったんだっけ? じゃこっち」
と交換される書類はちょっと厚くなった。
表紙には、『魔王討伐の手順書』と書いてある。そして先ほどの書類にはなかった、
「ダンジョンが初めての方に」とも記されている。
「その通りに来ればいいからね、焦らないでいいよ」
と大人の女性に見えるその女神は、年端のいかない少女の様な喋り方になっている事に気がつくも、それどころじゃなくて、友達に手渡されたテスト前のノートを一覧するみたいにペラペラと捲って見ると、『魔法を身につけよう』とか『聖剣の手に入れ方』とかの手順とか道順とか書いてある。
そんな美保を見て、女神ブリドは、
「大丈夫みたいね」
と言う言葉に、自分の胸が妙にワクワクしている事に気がついた。そしていつの間にか笑ってる事にも気がつく。
「急がないでいいからね、まずはダンジョンを楽しんで、きっとあなたにとって素敵な体験になるから、じゃあ待ってるね」
と言って女神は消えた。
そして、自分の意識も自分の体に帰って来る。
気がつくと、いつもの起きる時間だった。
そして、机の上にはあの手順書がある。
夢じゃなかったんだって、自覚はあったものの改めてそこを実感した。
そして、自分が勇者だと言う事も。
でも、不安もある。
いきなり、勇者になってしまって、大丈夫だろうか? と言う不安。
ぐずぐずと考えながら、のろのろと学校の制服に着替え終わる頃には、もう学校に登校しないといけない時間になっていた。
母に怒られながら、それでもパンを一つ食べて、家から出ると、かつて自分を誘って勝手に部活をやめた友人が家の前で待っていた。
「おはよ」
「おはよ」
二人はそんな会話を交わす。
「どうしたのアテネ、迎えに来るなんて珍しいじゃん」
とは言うものの普通に私服で同じ学校に通う美保と違って制服は着ていない。
それにどこか思いつめた表情に心配になる。
ちなみにアテネは決してあだ名や愛称ではなく本名だ。漢字にすると、『啞天奈』になる。すらりとした長身にセミロングを後ろでまとめて女の子らしい快活さを持った見た目の美保に比べると、アテナの場合どこか影があって、でも黒髪のおかっぱ刈りも美しい、メガネな少女で、和服が似合いそうで、いわゆる、その名のアテナと言うより菊、と言う感じだ。名前負けしていないが勝ってもないと言う印象の少女である。
そのアテネが顔を上げて、友達の美保に言う。
「あのね、美保、私ダンジョンに入ってもう一年になるでしょ?」
と言う。ああ、そんなになるんだな、部活辞めてから、と言う印象を持ってしまう美保はちょっと彼女を恨んでいるのかもしれない。と心の小ささを自覚してしまう。
「昨日ね、私……!」
あれ?
この流れ……、いや考え過ぎかな? とも美保は思うが根拠の無い予感はあった。
そしてアテネは言う。
「私、『勇者』に選ばれたの!」
あー……。
「女神様からのお告げで、魔王と戦う為にダンジョンに旅立たないといけないの」
と言ってから、美保のよく知る手順書を見せて来れた。
あ、でも私より薄い。
「だから、最後に美保の顔を見に来たんだ、もうこれからずっとダンジョンで戦わないといけないから」
と一筋の涙をこぼした。
「じゃあね、最後に美保に会いたかったの」
と言って去ろうとするアテナに、
「ちょっと待って、アテナ、これを見て」
と自分の持っている手順書を差し出す。
「あ!」
驚くアテナに、
「私も昨日、言われたんだよ、でもちゃんと放課後や休みを利用してって書いているよ」
と言うと、
「私のには書いてない」
とアテナが言って確認すると、確かに書いてない、きっとダンジョンウォーカー用とダンジョン初心者用では違うのだな、と思い、今度女神様が出て来たら、指摘してあげないとこんな勘違いをする人は多いかもしれないと、どうでもいい事だけど学生にとっては重要なので心配になった。
「だから、まずは学校に行こうよ、話はそれから、ね」
と言うと、
「そっか、良かった美保ちゃんも一緒なんだ、良かった、私一人ならどうしていいかわからなかった、良かった」
と本当にホッとしているアテナだった。
そんなアテナを見て、部活に入るときもそうだったなあ、と思い出した。
じゃあ、私が一緒に行ってあげるってそう言ったのは私だった。
「今度はダンジョンで一緒だね」
と言う、泣きべそかきながらのアテナに、
「また途中でやめないでね」
って意地悪く言う美保は、放課後、部活辞める事言わなきゃなと決心する。
今日からダンジョンウォーカーかあ、しかも勇者目指すんだ。
それもいいかもね。と思うどこか吹っ切れた感じの美保であった。




