第65話【浴室の攻防の行末】
あの日は、僕らも大変だったけど、世間はもっと大変だった。
だって、世界をまたに翔るグローバル企業のトップが、怪物に変態して、僕らに襲いかかっていた訳で、しかもそれが、どこの放送局も積極的に流していた映像が、お茶の間に流れるって言う前代未聞の大事件が起こった訳だから、世間も騒がしくなるよね。
それにその化物に変態した海賀の会長と何故か戦ってるのは北海道にいるはずの魔王だし、さらに、内縁の妻に斬りつけられてるし、ってのが世間一般の見方だった。
北海道にいる筈の魔王が、どうして?ってのはわかるけど、内縁の妻って……
世間の目はともかく、その後、大変だったんだよ。
真希さんには、「何があったかわからないけど、ともかく仲良くな」とか謎の笑顔で言われるし、
土岐にまで、「あそこまで本物の殺意を向けられるって、お前、ちゃんと謝った方がいいぞ、言い訳はするなよ、まずは誠心誠意なんだ」
とか、こちらも謎の上から目線で言ってくるわで、さらに、桃井くんともなると、
「すごいですよね、秋様くらいになると、夫婦喧嘩も即死クラスの攻撃の応酬になるんですね」
とか言ってる。かつて、自身が痴話喧嘩で北海道ダンジョンをゾンビ騒ぎにした桃井くんが、そんな事言ってる。
母さんに至っては、
「気持ちが前に出過ぎかしら、刃が追いついてないわ」
と、僕が葉山に斬られている瞬間にそんな事を呟いていたらしい。
でも、僕のあの浴室真っ裸な葉山強襲の出来事、葉山のヤツ、自分の体を使って僕の体を洗おうとしていたあの時、今まさについに接触するって時に、母さんが普通に入って来て、シャンプーとリンスを詰め替えて、
「あ、ごめんね、邪魔はしないからね」
って言って普通に出って行った。
流石の葉山も固まってた。
その後、リビングで、「兄がいない!」とパニクくる妹に、「お風呂の方に言ってはダメよ、邪魔になっちゃうからね」と言う母の言葉に、葉山がいないことに気がついた薫子さん急襲、僕は無事救出された訳だ。
なんでも、僕が起きたら、ゴージャスな夕食の準備の為に買い出しに行っていたらしい。
「あまり重いものは、おかゆ等がいいのではないのですか?」
と言う薫子さんに、
「あの子、どんな状態になっても食欲には影響しないのよ、お肉がいいわね」
と母さんが言って、じゃあみんなで買い出しに行こうって話になったけど、その時、葉山は、
「私は真壁についてる」
と、未だショックを受けてる風を装って言ったので、任せたら、まさかのあの事態だった。
薫子さんなんて、落ち込む葉山を見て、
「そうだな、誰か一人残った方がいいな」
と言ってしまった過去の自分の横っ面を引っ叩いてやりたいって言ってる。「また騙された、葉山静流を信用してしまった」って怒ってる。
ちなみに蒼さんは、現在、秋の木葉と共に今回の事件を完全に拾い出すための調査活動中だ。蒼さんの事だから心配はないと思うけど、MAF(真壁秋ファンクラブの略)と一緒に僕の為の任務を遂行中らしい。
まあ、いつもの事だけど、あの人たち、僕の為って言いつつその内容は僕には全く知らされていないんだ。いつも全自動で動くんだ。もちろん常に結果を出してくるから、やりすぎなくらいに。信用はしてるけど心配はする。
僕達の方は、そんな感じで落ち着いたんだけど、世間はそうもいかず、今夜、7時に政府からなお公式発表があるって、テレビやネット、そして街頭演説車までも、住宅街やら市街地を回って伝えて来て、さらに号外も出た。
で、一体何が始まるんだろう、って思って、僕らは夕食のゴブリン鍋を囲みながら、例のアレが売っていたから、急遽、ゴブリン鍋にしたんだそうだ。もちろん大歓迎だよ。
お肉とアレが合わさるスープに野菜の甘味が染み込んで、ああ、美味しいなあ。って感無量というか思ってる横で、
「もうちょっとだったのに……」
って葉山が不満そうに漏らすも、
「何がだ、葉山静流」
隣の薫子さんが、苦い顔して言う。ゴブリン鍋、苦い食材なんて入ってないのにね。
「もう、邪魔しないでよ」
と不満げに、恨めしそうに言う葉山である。