第64話【スポンジより柔らかなモノってなんだろう?】
自在に動いて、僕の行動に制限をかけて来る。ここで葉山相手にアキシオンさんを出すわけにもいかず、ちょこんと椅子に座らされている僕は、そのままシャワーの位置へと追い込まれる。
いつの間にって感じ、しかもやって来る葉山の方向、タオルすら持ってない、まるで隠そうともしない葉山の体を見るわけにもいかず、見えない敵から逃走している気分で気がつけば、シャワーと鏡の前に座らされていた。
一瞬の攻防は過ぎ去り、すっかりと静寂に満ちる。
鏡には間抜けな顔した僕と、心底嬉しそうな葉山が映っていた。
そして、普段、自分が使っているであろう体を洗う用のスポンジで、僕の背中を洗い始めた。
「本気で殺そうと思ってた」
そう葉山は言うんだ。
「うん」
それはわかるから、あの時の剣の重さは、自分なんてどうなってもいい、って人のその後を顧みない一撃だ。
「なんで邪魔するかなあ……」
ゴシゴシと僕の背中を洗いながら、愚痴ってるとはまた違ってる、そんな言い方をする。
「私が大衆の面前で、人殺しするのはダメって事?」
人殺しなんてダメに決まってるじゃん。
だから、
「そういうことは僕がやるよ、葉山はしなくていいよ」
と言ったら、背中を洗う葉山の力が強くなった気がした。
「真壁ってさ、全力で私を守るよね」
「そっかな?」
「そうだよ」
うかつに動けない僕は、ただ下を向いてやり過ごす。
そんな葉山は、鏡で見えたであろう、今回、自分が付けた傷を見て、
「ごめん、傷、残っちゃったね」
っていうから、
「うん、良いよ」
と言ったら、
「あんな必死な真壁、久しぶりに見たよ」
必死だったかなあ……
「真壁ってさ、こっちが頼みもしないのに、いつも助けてくれるんだよね」
いつもかなあ……
「ごめんね、今回は私が悪いの、あいつ倒せば、これで全部終わる、これから先、酷い目に会う人もいなくなるって、そう考えたみたい」
いや、ちょっと脇とかそんな丹念に洗わないで、くすぐったいよ。
「ううん、考えてなかったかも、ともかく、あのときは、頭に血が上ってました、ごめんなさい」
葉山の声が、その言葉の語尾が揺れていた。下ばかりを向いてる僕は、また葉山が泣いているって思って、その時ばかりは振り向いてしまう。
「あのな、葉山、僕はお前が困るの嫌だから、僕の方だって何も考えてなかったんだよ」
って言って葉山の顔を、すぐそこにあるその表情を見た瞬間、どういうわけか行き止まりを感じた。
すっかり追い込まれている、ってのは僕が人としてではなくて、生き物として実感できてしまう感じかな。
葉山、泣いてなかった。
僕も良くわからないけど、その表情は、紅潮して、目とかがね、鋭いんだけどトロンとしてて、口元は、完全に緩んでる。というか引きつった笑みの形。
これらの表情が意味する所は、わからないけど、なんだろうなあ、絶対捕食者に食べられようとしている小動物の気持ちがわかったよ。
「あ、前の方、傷に悪いから、これ使えないなあ」
って葉山がこれでもかって僕に、自分の手にしたスポンジを見せて、そしてそれを手から離す。床に落とすみたいな感じね。
そして、
「真壁、前の方は、もっと柔らかなモノで洗ってあげる」
え? スポンジよりも柔らかなモノってなんだろう?
葉山は僕を椅子ごと前に向かせ(スキル使用)そして自分自身の体をボディーソープで泡だらけにしていた。
ああ、よかった、泡で何も見えない。ちょっとほっとする。
でも、ホント、何が始まるんだろ?
ここで、僕、葉山の表情について、ようやく適合する言葉を思い出したよ。
『妖艶』って言うの?
あんまり僕くらいの年齢では、取り扱わない言葉だよね。
ジリジリと迫る葉山。
さっきの魔物爺なんて前哨戦に過ぎないって事が、僕の頭の中で危険が危ないってサイレンが叫んでた。