第53話【人と魔物の単純にして最悪な合理】
なるべくこの問題から葉山を遠ざけたかったから、無神経に思われるかもしれないけど、必死でこんな言い方になる。気にしない方が無理なのはわかってる。
でも、絶対に、あの深い闇の中に再び葉山を落としたくは無い。だから、気にするなよ、って言葉は、そのまま、気にしないようにするからね。にもなるから、絶対に葉山をあの日には戻させないからね。
「うん、大丈夫、それより、その子はどうなの? 雪華さん?」
既にここにはいない雪華さんと雨崎さんの事を言い出すから、心ここにあらずなのが見ていたわかる。
誰も、既にその二人がいない事を言わなかった。
でも、葉山は直ぐに気がついて、
「あ、なんだ、もう行っちゃったんだ、そうか、そうなんだ」
誰に言うでもない言葉に、どこにも向かわない微笑み。
「もう、今日はいいだろ、ひとまず家に帰ろう、もうここは十分だ」
と言って、薫子さんが、葉山の肩を抱いて寄り添う。
「うん、そうだね」
と僕もそれには賛同した。
すると、葉山が、
「やだな、何よ、みんな気を遣ってる? もう平気よ、大丈夫だから」
と歩き出す足がおぼつかない。相当なショックを受けているのが痛々しいほどわかる。
「大丈夫な訳ないだろ? 体に力が入ってないぞ」
と薫子さん。
仕方ないよ、現存する最大の恐怖が蘇って来てるんだ。
このダンジョンは葉山に、いろいろな物を渡して来たけど、それは決して裕福なんて物じゃない。
本来ある筈のものを少し、葉山に返してやっただけだ。
何より、葉山が本来持つべきものを奪った奴らは未だ、存在していたんだ。
もちろん葉山だって、その事を考えていなかった訳じゃない。
心の何処かには引っ掛かっていた筈なんだ。
その小さな蟠りが、塊となって、ゴロンと転がり出ていきた。
しかも、もっと最悪な形になってだ。
「海賀商事が、このスキルの移植だの、今回の魔物の移植だのって事を始めたの?」
「ううん、その事は詳しくはわからないんだ、でも、覚えているのは、この剣を持って
逃げた事、そして、体が動く様になっていた事、それがどこたったか知らないの」
そう葉山は言った。
「今はいいだろう、早く帰って葉山静流を休ませよう、それが最先決だ、わかるだろ真壁秋」
と葉山の事をわかりやすく心配する薫子さんは、そう言って僕らを急かす。
「やだな、大丈夫だよ、心配しすぎだよ、薫子は」
そう言う、葉山の足は僅かに震えていた。
多分、強いとか、弱いとか、勝てる勝てないじゃなないくて、海賀の連中は医療行為によって、葉山の心身に根深く恐怖を植えつけていたんだろう。
痛みと苦しみ、抵抗できない苛立ちと怒りと、悲しみだから絶望。そして肉親の消失。
どれかか一つでも相当に酷い事なのに、海賀はこれを全部葉山一人にやった。
僕は一息ついたんだ。
息を大きく吸って、馬鹿みたいに吐いた。
こうでもしないとやってられなかったってのもある。
アキシオンさんはここからでも、根本の原因を作った、葉山を苦しめる原因の人間を殺傷できるからね、冷静にならなくてはだよ。
「偉いです、オーナー、成長しました」
とかアキシオンさんが言うから、「うるさいよ」って言ったら、持っていた右手から喜びが伝わって来る。
そんな喜びも一入のアキシオンさん、普通に至って真面目にこう言った。
「いいですか、オーナー、この事件に関しても、あなたには思い通りにできる力は既に有り余るくらい保持しています、私からも、そしてあなたの大好きなこのダンジョンからも、余す事なく与えられてもいます、つまりはこの後もあなたの好き放題です、だからこそ心して対応するように願います、この世界はあなたより強く頑強にできてはいないのですから」
とか言い出す。
まるで僕が何もかも全てを壊してしまうくらいの勢いで決めつけて来る。
確かに思った。
葉山をまたいじめようとするヤツはぶっ殺す。
って、一番最初に思ったよ。
と言うか葉山の不安を消す為になら、軍産共同体をになる世界的企業グループくらい潰してやるって、思ったよ。
そのくらいの事を奴らはしてるんだよ。
ひとまず、頭を潰そう、くらいは煮えたぎる頭で、冷静に考えてる僕だったよ。