第99話【浅く輝く海】
到着してしまったよ、地下5階『鏡界の海』。
とても穏やかな海。
海って言っても、一番深いところでも1㎝もない。
とても浅くて、穏やかに広がる水が、まるで鏡のように周りの景色と、時に訪れる人やモンスターを映す、言って見れば、大きな水たまりだね。その上をパシャパシャって歩いてる感じ。
広さは、ギルドの本部事務所のある地下1階『スライムの森』よりは小さいけど、『スライムの森』と違って、遮蔽物が何もないので、こちらの方が広く見える。
普段なら、この広さと、鏡のような海に、それなりに感動とか、感銘とかするんだろうけど、今日に限っては、広さと静けさが余計に不気味な感じがする。
先ほど、ダンジョンの入り口でシリカさんがラミアを発見した場所には既に到達している筈なんだけど、現時点にはラミアどころか、ドラゴンフライ1匹も見当たらない。
通常なら、ドラゴンフライやら、耐水性のビニルや樹種でできた紙ゴーレムとか、複合的に出るんだけど、どうやら今日はそんな奴らも身を潜めているらしい。
シリカさんは、さっきから角田さんの背中に隠れるようにしながら、ノートを見ている。
ここ、浅いとはいえ、周り中は水浸しなんで、さっきみたいに床にノートを展開できないから、1冊1冊の狭い範囲でのマップになるみたい。
さっきから、マップの範囲を超えて歩く時には、「待って」、新しいノートを取り出しては、「いいです」を繰り返して、慎重に進んでいる僕らがいる。
「エルダーラミアは、既にこのフロアから出てしまったってことはないか?」
と角田さん。
「確かにそれはありませんね、間違えました、それはいます、先ほどから異様な気配がしています」
一体何をどうして、誰かを混乱させる為のような、誤った日本語で、未だラミアはここにいる事を告げるシリカさんだ。
さっきから、春夏さんも、ずいぶんおとなしい、まるで耳をすませているみたいに、時り、スッと目を閉じて周りを探るように、音の気配を探っている。サムライのスキルに索敵でもあるんだろうか、いつになく真剣な表情に、こっちの気分まで引き締まってしまうから不思議だ。
それにしても、今、間違いなくこのフロアにエルダーラミアがいる。
でも、どうしてだろう、全く恐怖っていうか、敵からのプレッシャーを感じないんだよね。なんか不思議と緊張感ってものがない。
「何も感じていませんか?」
角田さんは僕にそう尋ねて来た。
「特に何も、」
というと、
「自分の陣地とか領土、生活範囲エリアを侵されるような、そんな感覚ってないですかね?」
って、随分と具体的に聞いて来たよ。
本当に何もないんだよね。
なんかこの時点において、僕は不真面目な態度や思考、つまり俗に言うと所の『舐めてる』って感覚に近いかな。
決してバカにしている訳ではないよ、でもここ、それほどの危機感を感じていないのが事実なんだよ。
変な話、紙ゴーレムのいたフロアの方が、敵からの害意とか敵意とかを感じていたかもしれない。
ここは本当に穏やかで何もない。戦いへと繋がるような緊張感がまるでない。
「なんか、リラックスできちゃうくらいなんだけど、不真面目なんですかね?」
と本音で角田さんに問うと、
「そうですか、そうなんですね」
と言ってから深く考え込んだ。
そのまま、何事も無く、僕たちは入り口から入って、突き当り、つまりこの『鏡海の間』の端まで来てしまった。
だから突き当りの一面の永い壁が目の前にある。
この『鏡界の海』って一応は、地下5階の1つの部屋なんだよね。
とても広い部屋。
小学校の校庭くらいはあるんじゃないかな。
くわしくはわからないけどさ。