第97話【考えつく限りの最悪の事態】
そうか、モンスターもわかるんだ。指差すと、そのモンスターの種類までわかるんだ。
どれだけ便利なんだよ、この人。
あ、でも、今シリカさんが何をしたかったかわかった。
そうか、シリカさん、確認したんだ。今のこの機能がきちんと作動しているかどうか、表示されたって事はマップやシリカさんの能力が問題でなくて、さっきの蛇みたいなマークの所為だって事を確認したんだ。多分。
さっきの蛇は弾かれていた。
シリカさん、マップ上から何かをされたって事なんだな。
これは直感なんだけど、多分、シリカさんはマップ上からあの蛇に攻撃されたんだと思う。さっきも、2つのマークが区画を破ったり、任意に隠れたりしているって事は、ある程度の能力を持つモンスターやダンジョンウォーカーは、シリカさんの『観察』を逆に感知してしまえるって事で、さらに攻撃もできるっていう事なんだろう、きっと。
そして、シリカさんは言った。
「多分、これ、『ラミア』です」
と先ほど弾かれた指先をおさえて、そう言った。
『ラミア』って、あの『ラミア』なんだろうか?
そっか、『ラミア』かぁ、出会えるのはもっと先だと思っていたよ。
少なくとも、僕の知る限り、『ラミア』って深層階にしかいない筈じゃあないだろうか?
それが、浅階層に?
僕の素朴な疑問なんててんで無視でスルーされた。今はそれどころじゃないって顔。角田さんは、冷静な低い声でシリカさんに尋ねる。
「まずいか?」
「美味いか、不味いかを問われれば、この階層で、彼女の存在は、吐き気なレベルです、最悪です」
続けて、シリカさんは言う。
「この『ラミア』の軌道を追うと、明らかに地上に向かって来ています」
そして、シリカさんは言った。
「多分、これが『エルダー』です」
『ラミア』の『エルダー級』っていう事らしい。
僕が読んだり聞いたりしている、所謂、一般の知識として、つまり現在においてギルドの発信する情報(モンスター情報などスマホやPCで閲覧可能)からだと『ラミア』の『エルダー級』なんて聞いた事がない。
『ラミア』って、上半身は美人な女性、下半身は蛇っていう人と蛇の混ぜたみたいな姿をして、知識と知恵は『悪魔種』に並て、身体能力は『獣系』な、結構厄介な、できれば出会いたくないモンスターだよ。
しかも、いやらしい状態異常系の攻撃とかもしてくるらしい。石化や木化、毒、麻痺なんて全部揃っているしさ、多彩で複合的に仕掛けてくるから、それなりの魔法スキルがあっても相対するのは難しいって言われてる。
しかも広範囲に強酸のブレスとかも吐いてくるから、一対多の戦いでもダンジョンウォーカーに優位性は無いって書かれてた。
基本的に個人なら挑むべきではなくて、パーティー戦だとしても、超が付くほどのエリートクラス、サムライとかロードとか賢者さんとか、戦闘特化したものがそろっているなら一考の価値ありって書いてあったな、確か。
いや、サムライもロードも、まして幻のクラスである全魔法スキルの導言を持つ賢者なんて、いないでしょ?
サムライだけなら、うちにはいるけど、さすがに揃うってのはないよね。
だから、個人的にも、どう考えても、今の、まだダンジョンに適格化してない僕が出会ったら、即死するくらいの自信はあるね。
普通の『ラミア』でもそれなのに、その『エルダー級』って。
しかも、その『エルダー』なモンスターの方々って、深層階でも最下層にしかいなくて、遭遇例なんてこの長い『北海道ダンジョン』の歴史の中で数えるくらいしかない。目撃例だって、ほとんど『噂』の範囲から出てきているモノってそんなに数はない筈。
って考えてから、僕は思った。
でも、なくはない。
だって、ここは『北海道ダンジョン』だから。
誰もが考えつかない事が起こったって不思議はないんだよね。
特に、ブローアウトみたいな事件を経験しているこの北海道とダンジョンは、ありえない事なんて何もないんだ。
角田さんはどこかへ電話をかけている。
どうやら、『ラミア』の事を話しているみたい。誰にかけて詳しい内容まではわからないけど、角田さんにしては深刻な感じなのはわかる。
連絡は完了したみたいで、角田さんは今度は僕に向かって、
「今日は、もうダンジョンには入らない方がいいですね」
だよね、浅階層なのにラミアだもんね。
「今、最悪な事にギルドの奴ら、全員、中層階以下まで潜ってしまって『鏡界の海』 まで戻ってくるのは時間がかかります」
そう言って、角田さんは自分の身なりや装備品を確認し始める。
「一応、非番の奴らに声をかけて、こちらに駆けつけるよう、お願いしました。秋さんも今日は帰った方がいい」
「角田さんはどうするの?」
僕は尋ねる。角田さんから出る答えなんて知ってるけどね。