第60話【僕にとっては人なの! 絶対に譲れない!】
娘である雪華さんは怒りとか、そんな感情を突き抜けて呆れている。
「出るのよ、じゃ無いでしょ?!」
もう異常な母の感情の高ぶりを見て、まともに話す事を諦めた雪華さんは、
「秋先輩、母の目的は、同質同様の戦力を使って、互いのマテリアルソードを戦わせる事、本来、壊れることのない仮想金属の単一質量による優劣の証明、ダークマターの因子による衝突と矛盾の回避のためのアノマリーによる崩壊を、目的としてます、つまり、今の状態では、秋先輩の剣が壊れます、この事によって、母は人間が個人でどこまで物理的干渉に関われるのか、その拡大範囲と効果を実験してます!」
ちょっと辛そうな雪華さんの告白はなおも続く、
「つまり、全部母の計画だったんです、葉山先輩の事も含めて、その所有者にマテリアルソードを配布して、戦う機会を作るのが、その結果を見るのが母の望みだったんです!」
そういって、再び雪華さんはお母さんに向き合って、
「お母さんも何かいいなさいよ」
って言うんだけど、その雪灯さんはと言うと、
「もう、雪華、ちょっと静かにして、母さん忙しいの!」
と言った感じで梨の礫だよ。
そんな恍惚な雪灯さんは、あまりにせっついて来る娘に向かって、
「ちょっと黙りなさい雪華、母さんが望んでいるのはそんなありきたりの結果じゃないの、私の計算や経線の上にあるちっぽけな結果じゃないの、その先を知りたいの」
と言ってから、
「だから二人とも頑張って、お願いね」
って言われる。
白馬さんも毒気っていうか、野望っていうか、そんな物を抜かれた感じで、
「本当に、科学者ってのは度し難いな」
と言った。
「つまり、白馬さんはこの計画に乗ったって事?」
「俺の目的の過程があのひとの目的の上にあったからな、利用させてもらった」
と悪びれる風も無く言う。
「だいたいなんで? 白馬さんは何をするつもりなの?」
尋ねながら隙を探すんだけど、ないなあ……。で、向こうも僕と同じ技術と感性を持っているんだから、きっと同じ事考えてる。
多分、同じ結果になって、白馬さん、
「この北海道ダンジョンの力を頂いて、そのまま世界にでも君臨するよ、世界は全部俺の配下に入って、そこでこそ本当の意味での平和が訪れるとは思わないか? 真壁」
とか言うから、どこの魔王だよ、って思ったけど口には出さなかった。
「じゃあ、世界征服の為に白馬さんは北海道ダンジョンが欲しいんだ?」
「ああ、だからこうして一番最初に障害になるお前に対峙してる」
いつも通りの白馬さんだよ。だからこそ彼がその件について本気で喋ってるのがわかる。
狂った考えかもしれない。
実際、このまま一人、この世界に君臨するとして、現状にある世界の独裁者と何も変わらないように思われるかもしれない、けど、それもありかなあとは思う僕なんだよ。
だって、この北海道ダンジョンの力を使えば、本当の公平な世界、平和で安心した世界もまた確立できるかもしれないからさ。
きっとその存在している能力をフルに使えば、どこかで人任せになってしまう政治や経済が一人でできるんだ。隅々まで、きっとその辺の草むらにいる虫の存在まで観察できる。何より過去に遡って、未来に先んじて結論や原因すら探れるし干渉できる。
魔王っての言い過ぎたかもしれないけど、確かにそう名乗れるくらいのデタラメな力は持っていられるだろうね。
「わかるだろ?真壁、俺たちはその力に一番近いところにいるんだ」
「ダメダメ、絶対にダンジョンは渡さないよ」
と僕は言った。脊髄反射並みに言った。
「なぜだ! 世界平和だぞ、今まで誰もなし得た事のない本物の安寧がやって来るんだ」
いい事だけど、確かにそうだけど、
「そんなの人間の責任だよ、北海道ダンジョンに押し付けないで欲しいよ」
思わず自然に出てしまった言葉に僕自身驚いてしまうけど、概ねそうだよね。
何をダンジョンに頼ろうってしてるのさ、平和にいきたいんなら、そんなの勝手に人間がすべき事で、それを北海道ダンジョンに求めるなんて間違ってるよ。
「なあ、真壁、ダンジョンだ、これは大いなる奇跡なんだ、つまり燃料とかと同じだ、気持ちはわかるが、そろそろ割り切れ」
って言われた。
本気で頭に血が上る、そんなのわかってる、ずっとわかってた。だから言ってやった。
「何言ってるの? ダンジョンは人だよ!」
あれ?
「僕の大切で今でも人だよ、だから絶対に白馬さんにも他の人にも渡さない、北海道ダンジョンは僕のものだ!」
僕、今日、初めて感情が思考を超えて行くことを知ったよ。特にこの辺は譲れないらしい。だって春夏さんだもん、春夏さんを渡せる訳ないじゃん。