祝福
やわらかい風がなでるモスリンビークの緑森。木々の合間には祭りの装飾が施されていた。その一本一本の木の狭間を縫って野生の狼が走り回っている。その様子をじっと観察し、狙いを定める。そしてヒュンっとクロスボウの矢を飛ばした。それは見事狼の首に刺さり、前へと転がり倒れ込んだ。周囲から子供や大人の歓声が上がる。
この大会にはたくさんの観客がいた。この成果に喜ぶ者、悔しがる者、それと関係なくケンカを始める者、ただただ酒を楽しむ者、それらの声が入り混じる祭りの空気が心地よい。
そこへ妹のルキが駆け寄ってきた。あつらえた緑の布地と毛皮の民族衣装姿が可愛らしい。お兄ちゃんすごい、優勝よ!と言ってルキはこちらに抱きついてきた。僕はそんな幼き彼女の頭を優しく撫でる。こんな日々が永遠に続けば良いのに。
鐘の声が遠くから聞こえる。そんな神の祝福の雰囲気の中、年頃の女がこちらへ歩いてきた。お姉ちゃん、こっちこっち!そう言ってルキはその女を呼ぶ。その風になびく銀の髪に、木漏れ日が反射して煌めいていた。
夕方になり、三人は集まって一緒に踊った。民族衣装を纏ったその女は見よう見まねで下手なスキップを披露していた。僕とルキが笑うと、女は僕に掴みかかってくる。初めてなんだから仕方ないでしょう!そんな事を言っていた気がする。
その夜、ルキは泣いていた。お姉ちゃんはモスリンを離れなければならないの。女はそう言って気丈に笑顔を見せた。お兄ちゃん、ルキちゃん。短い間だったけど、本当にありがとう。そう言って女は闇に消えていった。
■3日目 8番車両 自室
また懐かしい夢を見た。モスリンで毎年行われる狼獲祭の頃だ。家畜を喰らう狼を減らし、その毛皮を衣類や輸出品に変えるために行われていた。田舎者が集まっていかに早く野生の狼を仕留められるかを競い合い、16の頃は優勝出来た。なぜなら青年部の参加者が3人しかいなかったから。でもあそこにいた人々は全員死んだ。……過ぎ去った記憶に心が痛くなった。いや、今は首の方が痛い。昨晩壁にもたれかかって寝ていたため、寝違えたようだ。首をグルグルと回す。
隣ではカチューシャがすやすやと寝ていた。
立ち上がり、毛布をそっと彼女にかける。
その寝顔はやはり懐かしさを感じ、どこか愛おしかった。しかしずっと見ていると恥ずかしい気持ちになり、そっと目線を外す。
時計を見ると午後一時を過ぎていた。夜更かしした弊害か。
窓の外は景色が少し変わっていて、小さい町が遠方に何箇所か見えている。
最終日、徐々に首都シフォンへ近づいてきている実感が湧く。
自分のカバンを手に取り、中から軍用携帯ナイフを数本取り出した。
「いよいよコイツが必要かもな。」
昔赤獅子から奪った武器だ。刃渡り15センチ程だが、溝が入っていて一度刺せば出血は止まらなくなる。
そっとポケットに忍ばせる。
決行は今夜だと聞いている。
今出来ることは何かないだろうか。そう言えばアレクが誰に殺されたのか不明なままだ。彼は仲間だった。それをあんな残忍な殺し方が出来る者がこの列車に潜んでいる状況は不安になる。
ちょうど時間はお昼時なので、レストランに行って誰かと話してみる事にした。
■13番車両 レストラン
レストランに着くと少し騒ついていた。
テレビでは連日、サーシャ・シフォンヌと名乗る女が映り、演説をしている。
しかしそれよりも珍しい光景が目の前に広がっていた。
「この列車に、今テレビに映っている女性。サーシャ・シフォンヌに酷似した、銀の髪の客室乗務員がいると聞いている。」
ソル・ジョーゼットだ。護衛を二人連れている。
それもあってか、聴衆が多かった。従業員も集まっている。彼らは黙って次の言葉を待つ。
「ジョーゼットのオーナーとしてここで釈明する。その乗務員はシフォンヌではない。カチューシャという女性だ。しかし今回の一件で彼女は姿を消してしまったと聞いている。彼女は1年ほどジョーゼットで働いている。そんな女性が、テレビで言っているような活動を出来るとは思えない。彼女は昨日、ユリという女の子がブルーにかかったと騒動になった時に、冷静で勇気ある行動を示した。彼女の名誉のためにも、その姿を現した時はどうか暖かい目で迎えてやってほしい――」
ソルは雄弁に語り続ける。
「ルキ。」
演説の最中、後ろから肩を叩かれる。
振り向けば……コジロウだった。
「こんにちは、コジロウさん。」
そういうと彼は親指で背後のテーブル席を指す。
「一緒に食うか?奢ってやる。」
「おお、ありがとうございます。」
ここは甘える事にした。そのまま二人席に座る。そして静かにやってきた店員にジョーゼットステーキを二人前注文した。
レストラン内は人がぱらぱらと散り始めていた。どうやらソルの演説が終わったようだ。
奥にソルの姿があった。そして彼は護衛を引き連れ、なぜかこちらへ歩んでくる。
「ルキだったな。それにそちらの警備員は……コジロウと言ったか。良ければ少しだけ同席しても構わないか?」
「え……はい、構いませんが。」
そう答えるとソルは会釈をして席にすわる。背後には護衛が二人物々しく付いているが、彼の合図でその二人は距離を取る。
「邪魔をして悪いな。そなたに一つだけ聞きたい事がある。カチューシャという女性の行方についてだ。……今回の旅はいつになく騒動が多い。頭を悩ませているのだ。件のカチューシャという女性に関しても、今回改めて従業員に様子を伺っているところなのだよ。」
そう言って彼はため息をつく。
「その従業員との話の中で、ルキ。そなたの事がよく出てくる。ケンカするほど仲がいいそうだな。……それは構わないのだが、彼女の居場所を知らないか?昨日からずっと従業員の部屋にも戻っていないそうだ。今朝も朝礼に姿を見せなかったらしい。このままでは彼女は孤立したままになってしまう。」
ソルは伏し目がちに告げる。
しかし正直に答えるべきではない。
「そうなんですか……僕も心配しております。あのテレビの件以降、行方は分かりません。」
「それは残念だ。……乗客にするような話でないかもしれないが、彼女はどこか放っておけなくてな。新任時よく仕事を失敗していたんだよ。手先も不器用で体力もない。休みがちでな。文句ばかり言っていたらしい。でも1年も続けると不思議なもので、後輩もできて仕事も卒なくこなせるようになってきた。イエヴァという駐在医が配属されてから、どうもやる気が出てきたようだ。それにコジロウ、お前とも仲が良いそうだな。……こんな下らない話をして申し訳ないが、それでも彼女が自立して成長していく姿はほほえましいのだよ。だからこそ、今はとても心配している。また何かあれば従業員に教えてやってくれ。」
そう言ってソルは席を立ち、また会釈をして立ち去っていった。
「……従業員想いなんですね。貴族だけあって話は長いですが。」
上っ面だけの感想を言ってコジロウの方を見ると、彼はほくそ笑んでいた。
「カチューシャにだけ、異常に執着してる。……恋の予感がするな。」
下らない事を考えているようだ。
「コジロウさん、変なこと言うかもしれませんが……そのソルという男。彼は本当はサリ・シフォンヌという貴族だと風の噂で聞きました。……心当たりはありますか?」
「初耳だな。シフォンヌといえば、サーシャとかいう女の兄か?……つまり、カチューシャの兄か。」
コジロウは残念そうに言う。それに頷くと、彼は更に続ける。
「実はソルと会ったのは昨日が初めてだが、過去に見覚えがある。その時はソルとも名乗っていなかったな。エル・モスリーンだったか。胸に赤獅子の紋章があった。とにかく奴は、似たような名前を何個も持っている。……しかし、本当の名がサリ・シフォンヌだとすれば、妹のサーシャを気にかけるのも、納得だ。」
「……その話、間違い無いんですか?」
コジロウの目を見て真剣に問う。
「ああ、間違いないな。5年前くらいだったか。エル・モスリーン時代にもあの護衛がいたぞ。ヤーコフ。エルはモスリンの内情について触れていた。頭を悩ませていると。奴は悩みが多いらしい。」
そう言ってコジロウはほくそ笑む。
「なるほど……それが本当なら彼は怪しいですね。」
「貴族なんてみんな怪しいぞ。」
コジロウの言葉に苦笑いする。
やはりソルという男は信用できない。万一デミトリやカチューシャが嘘をついている可能性も疑ったが、それもなさそうだ。赤獅子を操りモスリンを焦土にした男。いかにその欺瞞の口で取り繕おうとも、決して許すつもりはない。
ジョーゼットステーキが運ばれてきて、一旦沈黙になる。コジロウの話を聞いて考え事をしながら黙々とステーキを食べるものの、それが少し気まずくなってきた。他に聞ける事はないだろうか。ふいにイエヴァのあの豹変ぶりが脳裏をよぎった。
「ところでイエヴァさんは……昨夜のあの一件の後は大丈夫でしたか?」
イエヴァという名前を聞いて彼は頭を掻きはじめた。
「……まぁ、大変だった。お前と引き離した事で、彼女は激昂して、手がつけられなかった。」
ゾッとする。初対面の印象とはまるで違う。
「お前もお前で、なぜ彼女を殺そうとした?」
昨日彼女の首を絞めて殺そうとした事を思い出す。
浅ましくも元赤獅子の人間に人狼呼ばわりされた事に反応してしまった。
コジロウの事はそれなりに信用してはいるが、全てを正直に話すべきかは分からない。
「昨日の僕とイエヴァさんの会話、どうせ扉越しに盗み聞きしてたんですよね?……どこまで聞いていました?」
その質問に彼は顎に手を添えて答えを考え始める。
「そうだな……お前が人狼呼ばわりされて、キレたところだ。」
「それで、イエヴァさんが元々赤獅子の従軍医である事は知っていましたか?」
「ああ、知ってる。2年前くらいか、当時二人ともモスリンにいたからな。」
コジロウの言葉に、またイエヴァの時と同じ不快感が蘇った。
こいつもモスリンを焦土にした奴らの一員……?
「……あなたも赤獅子にいたという事ですか。」
「所属はしていないが、その場にはいた。」
男は目を瞑る。過去を思い出しているのか。
「拙者は、普段警備員や、用心棒をやっている。ただし、人を守ったり、戦う以外にも、ハンターとして害獣や猛獣の駆除もする。その中には、人狼といった怪物もいた。」
イエヴァと同じように人狼という言葉を使ってくる事が腹立たしい。
「モスリンで人を殺したのを正当化したいんですね。」
目の前のステーキを器ごと男の顔面に投げつけてやりたい気持ちになる。
男は瞑っていた目を開けてこちらを見る。
「落ち着け、あそこで拙者は、いわゆる普通の人は殺していない。それに、イエヴァは誰も殺していない。」
意味がわからない。本当に人狼がいたとでも言いたいのか。
「シフォン軍が人を燃やした時に、極稀に怪物に変ずる者がいた。その怪物は、銃や火炎放射器だけでは歯が立たず、その小隊は全滅していた。」
妄想の話をしているのかと疑ってしまう。しかし彼の顔は至って真面目だ。
「それが本当だとして、あなたはなぜ生きているんですかね。」
「戦い方を知っていた。逃げながら火で威嚇し続ける。耐えかねて怯んだ瞬間に心臓を刀で貫く。すると人間の死体に戻る。あるいは、ひとしきり暴れると人間に戻るとも聞くが、見たことはない。」
もっとそれっぽい嘘をつくと思ったら、ひどい妄想だ。
「とにかく火で怯ませないと躱され、隠れられ、隙を窺われる。迷信レベルだが、十字架を用意するとか、真実の名を呼ぶとか、鏡を見せるとかでも効くと言ってる奴はいた。」
「ふざけてるんですね。誰もいなければたとえあなたでも殴っているところでした。」
自分でも顔が強張っているのが分かる。鼻息も少し荒くなっていて、怒りが込み上げている。
「……お前はモスリンの人間だったか。すまん。」
男は頭を下げて謝罪する。
「そうでなければイエヴァは僕を人狼呼ばわりしていません。あなたの人狼の話も信じられませんがね。」
「……じゃあ、これから言う事は嘘だと思って聞いてくれて構わない。」
男は語り始めた。
――約2年前、軍がモスリン側の奇襲や、住処を追われて獰猛になった野生動物の群れに頭を悩ませていた時に、イエヴァが小隊の中に加わった。新任した彼女は当時、モスリンの人間を治療しに来たと、勘違いしていた。
『従軍医のイエヴァです。本日よりモスリンの人々を救うために尽力致します。』
『……』
――その後、目の前で大勢の人が燃やされていく光景を見た彼女はショックを受けた。それからは隠れていつも涙を流していた。
『コジロウさん、……どうして、どうして彼らは同じ人間に火を放つのですか……?どうして子供に火を放つのですか……?私は一体何をすればいいんですか……。』
『……君は、奇襲で傷ついた兵士を治療するために、衛生兵として呼ばれた。……らしいが。』
『あの鬼畜達の手助けをしろというのですか……!それにハンターというあなたはなんなんですか。黙ってみてるだけなら、あなたはなんでいるんですか……。』
『……』
――ある日、彼女の前にも人狼が現れた。焼けた森の奥で捕まえた女を兵士が燃やした時に、その身体が変異して、怪物になった。周囲の兵士が犠牲になりながらも、なんとか討伐できた。……しかしそれを見てからか、イエヴァは少し様子が変わった。魅入られたのかもしれない。人狼の死体を興味深く調べていた。
『人狼から、モスリンの人々の強さを感じます……。この無慈悲な虐殺に対する反抗に敬意を示します……。ああ、この変異の力をモスリンの人々全員に届けたい……。』
『イエヴァ、程々にしろ……。周りに変に思われる。』
『コジロウさんは、なぜ一部の人間のみが人狼へ変異すると思いますか?私は今仮説が浮かびました。次は出来れば殺さないで下さいませんか?』
『……いや。』
『……弔いの鐘がまた遠くから聞こます。兵士と、彼女を埋葬しましょう。遺灰を添えて。』
『……』
――しかし人狼が見つかったのは最初の数か月だけ。見た数はわずか7体程度。モスリン各地で報告が上がった数も多くなく、百にも満たなかった。
半年経った頃、奇襲で小隊の兵士は全滅した。彼女の精神も限界だった。
『……私達以外、全滅ですね……。』
『イエヴァ、……あそこを見てみろ。』
『……何故殺し合うの。互いの命を奪い合わせるために私はいるの……?』
『ついてこい。……今ならあそこから逃げられる。モスリンを出て、もう休もう。』
『……』
――だから、彼女を連れてモスリンから逃げ出した。
男は以上だ。と言って話を終える。その間に、こちらは味のしないステーキを完食した。
「それは可哀そうな話ですね。」
心にも思っていない言葉を言う。仮に事実だとしても結局それは現実から逃げ出しただけだ。事情が何であれ、こちらから見れば結局恭順しているようにしか見えない。
男はこちらの無感情な同情に感づいたように見えるが、何も言わない。
「兵士達はどういう感情でモスリンの人々を襲っていたんですか?」
「それは、人それぞれだ。正義感、差別、嫌悪、後悔。そして人狼をその目で見た者は、より正義感を強く燃やす。あるいは絶望する。」
「……そうですか。いえ、ご馳走になっているのにこんな話になってすみません。」
この場から離れたくなっていた。真実か否かは置いといて、相手側の正当性を主張されるのが辛い。
沈黙が続く。
ふとテレビに目をやると、サーシャ・シフォンヌがブルーについて語っていた。血が青紫色になって死ぬとかいう病。
その治療法は血の変化を遅くする特製の薬を投与して、赤い血を輸血し続けて入れ替えるのだとか。ユリもそれで助かったりしたのだろうか。デタラメにしか見えないが。
「……ちなみに、その人狼の血は、何色でしたか?」
「……青紫色だった。」
「ありがとうございます。……すみませんが、これで失礼します。」
そう言って立ち上がる。
「すまん。……トラウマを想起させて。」
男は目線を落として謝罪する。
そんな事をされたらやるせない。ご馳走様でした。と告げて、食堂を去る。
■8番車両 自室
「おかえり。」
カチューシャがこちらへ挨拶する。彼女はベッドに座っていた。こちらも隣に座り、へたり込む。
「アキ、大丈夫?なんか元気ないけど。」
カチューシャはこちらを見てくる。
「カチューシャって人狼について聞いたことあるか?」
「人狼?……うーん。そう言えばデミトリから聞いた事あるわ。ブルーって病。あれが人狼になる病だってさ。信じられないけどね。」
「やっぱりそうなのか。」
「そう言えばユリちゃんってブルーにかかったんだっけ。人狼になっちゃうのかしら。……昨日のアレクの死体……まさかね。」
彼女の言葉からアレクの無惨な死体の事を思い出す。やはりイエヴァの言う通り人狼の仕業なのか。だとすれば誰が人狼?
「ねぇアキ、ユリちゃんの容態は知ってる?」
カチューシャの言葉に気が重くなる。
「ユリはもう……亡くなったみたいだ。」
「あら……そう。」
カチューシャは言葉を失った。ゆっくりと、こちらの肩に手を添える。
「……ユリの姿を見に行こうかな。実はまだ確認もしてないんだ。」
医務室にはイエヴァもいる。
コジロウは彼女が人狼に魅入られたとか言っていた。また発狂されたら怖いが、話を聞いてみてもいい。
「そう……私も行きたいけど。でもやめとこうかな、アキ一人で行ってきて。」
カチューシャは逡巡している。外に出て人目につきたくないのだろう。
「分かった。……そういえばさっきサリが、カチューシャのことをみんなの前で釈明してたよ。サーシャとは別人だから後ろ指さすなって。それにみんな納得してそうだったけど。」
「ふうん。でも周りが納得してても、サリ兄さんの事は信用できない。多分油断させようとしてるのよ。……でもいい加減、堂々としてやろうかしら。こんなの性に合わない。」
そう言ってカチューシャは腕を組む。
「サリ兄さんは他に何か言ってた?」
「他に……そうだな。ここ数日のカチューシャの様子を従業員に聞き込みしてたらしい。俺とカチューシャがケンカしてるところまで知られてたよ。」
そう言って苦笑いを浮かべる。しかしカチューシャは口元に指を添えて何か考え始める。
「あんたとケンカ?……確か初日、ユリちゃんがお酒飲んじゃった時に通路で言い争いしたっけ。……でも誰か従業員に見られてたかしら?」
「覚えてないな……。」
「そうよね。ごめんなさい。引きとめてしまって。行ってらっしゃい。……私も気が向いたら行ってみようかな。」
◾️4番車両 ラウンジ
閑散としたラウンジを通り過ぎようとすると、ほのかに花の艶やかな匂いがしてきた。
この気配はもしかして……。
「やっほー、ルキくーん!」
予想通りアンだ。いつも通りの腑抜けた声。
「相変わらず元気だな。アン。」
「ルキくん、あのねー。爪にマニキュア塗ってみたのー?ねぇ、可愛いかなぁー?」
アンはいきなり爪を見せびらかしてくる。……正直そんな事に構っている場合ではないが。
「まぁ、かわいいね……。」
「うふふ、嬉しい!あとぉ、普段使わない香水に変えてみたのぉ。どうかなぁ?」
彼女は妙に距離を詰めてくる。見れば少し頬が紅潮しているように見えた。
「ご、ごめんな。今は少し用事があってさ。」
そう言って離れようとする。彼女には悪いが、少し邪魔だった。するとアンは突然背後から抱きついてきた。
「ね、ねぇ……ルキくんってすごくいい匂いがするよね。もうちょっとこうしてていいかなぁ……?」
女が甘えたような声で言う。そして……そのままこちらの頬にその唇を付けてきた。頬に柔らかい感触が残る。
「お、おい!」
アンを振り解き、背後へ向きなおる。その視線の先にはアンと……その奥に銀髪の女がいた。カチューシャ……。
彼女はラウンジの入り口でこちらをギョッと見ていて、苦笑いをしながら手を小さく振って踵を返していった。
「……ねぇあの銀髪の女の人ぉ、もしかしてルキくんの恋人ぉ?よく一緒にいるけどぉ。」
「違う。それよりアン、恋人でも無いのにキスなんてするな。」
「ほ、ほっぺたぐらい、いいじゃん!……もし付き合ってくれたら唇にするもん。……ね、ねぇダメ?」
女は照れてか、顎を引いて上目遣いになり、両手でもじもじとしている。
……くだらない。今はこんなのに構っていられない。しかし怒らせてしまっても面倒だ。
アンはしおらしく答えをじっと待っている。
「き、急すぎないか?……まずはさ、友達からで良いか?」
「えっ……。」
アンは悲しそうな顔をする。
「ごめん。もっと信頼出来る関係にならないとそう言うのは苦手なんだよ。」
そう言うと彼女はホッとした表情になる。
「なーんだ、分かった!もっと私の事知ってもらえるように、頑張るね!じゃ、じゃあー。今夜一緒にディナーたべよ!お部屋番号教えてー!?」
「ええと……部屋?ど、どこだったかな。」
「や、やっぱり嫌なの……?」
女はまた悲しそうな顔をする。
「あぁ……もう、801だよ。」
「801、分かった!後で行くからね!またね!」
そう言うと女は照れながら小走りで5番車両の方へ去っていった。
こちらはため息をついて医務室の方へ、とぼとぼと向かった。
■2番車両
1番車両に向かう扉の前では、ソルの護衛の男が見張っていた。
医務室の扉をノックする。すると はい。と返事がした。
昨日の彼女の豹変した様子を思い出し、少し緊張しながらもその扉を開ける。
■2番車両 医務室
中にはイエヴァがいる。席に座って机に肘をついてペンを片手に紙を眺めている。
目の下の絆創膏は無くなっていて、また泣きぼくろが見えていた。おそらく治ったのかもしれない。
それとユリの寝ているベッドの方へ目をやると、……その顔にタオルがかけられていた。
心の準備ができていたとは言え、やはりずしりと暗い気持ちになった。……モスリンの人間が次々と死んでいく。友人も、アレクも、ユリも、妹のルキも……。
「どうかされましたか?」
イエヴァはこちらを見ずに言う。彼女に関しては……今のところ以前のまともな様子に見えるが。
「この子は……。」
ユリの事に触れると、彼女は頭を伏せながら横に振る。
「残念ながら……昨日の夜に息を引き取られました。シフォンについたら病院へ搬送致します。――?」
そう言ったあと、声で気づいたのかふっとこちらを見てきた。そしてすぐさま立ち上がる。
「さ、昨夜は取り乱してしまいました。申し訳ございません。」
彼女は急にかしこまり、頭を下げて謝ってくる。こっちのモードの方が聞きたいことは聞けそうだが、発狂されるのは怖い。
「とりあえず落ち着いて、座ってください。」
そう言って彼女を座らせる。それに合わせてこちらも近くの椅子に座る。
「昨日は僕も取り乱しました。すみません。……大丈夫ですか?」
昨日イエヴァの首を絞めて殺そうとした。その事を謝罪する。
「私なんかにへりくだらないで下さい。今まで名乗っておりませんでしたが、私の事はイエヴァと呼び捨てにしていただけると嬉しいです。」
「え……ああ、……うん。分かったイエヴァ。」
なにやら上下関係が確立されてしまった。
「……それで今は体調は大丈夫かな?目の下の火傷とかも。」
「はい、おかげさまで特に問題ございません。タバコの火傷など、モスリンで燃やされた人々の苦しみに比べればなんともございませんので。むしろ、その苦痛の片鱗だけでも味わえた事は僥倖にございます。首を締められた件に関しても人狼の怒りとして当然の事と受け入れております。」
その不気味な自己犠牲思想には断じて共感しかねるが、ちょうど人狼の件について聞きたかった。
「それで、昨日の件で聞きたいことがあるんだけど。……イエヴァってその、人狼……についてどれくらい詳しいんだ?教えてよ。」
そうするとイエヴァは申し訳なさそうな表情を浮かべながら口を開く。
「あの、申し訳ございませんが……」
何やら言いにくそうにしている。
「ああ、ごめん。今忙しい?」
「いえ、その……命令していただけないでしょうか?」
「は?」
意味が分からなかった。
「……人狼についての私見を述べろ。と仰って下さい。」
何がしたいのかが分からないが、とりあえず従う事にする。
「人狼についての私見を述べろ。」
「ああ、ありがとうございます!述べさせていただきます。」
女は続け様に口を開こうとする。
「待って、どう言う意味だ?」
「対等なのは畏れ多いのです。あなたは私にとって対話できる上位者なのです。」
この女、頭がいよいよ狂気染みて来ている。どうやら上下関係どころか主従関係を求めている。そもそも自分は人狼じゃない。
ただ、この様子だと多少無理を言っても対応してくれそうだ。
「……分かった。長い説明はいらないから、簡潔に説明しろ。」
そう言うと女は承知いたしました。と答え、人差し指を甘噛みしながら思案を始める。この女の長い話は勘弁してほしいが、その分まとめるのも大変そうだ。
「――私は昔、シフォンのエル伯爵の所有する病院で見習いを続けながら、医師となりました。しかしそのタイミングでモスリンへ異動となったのです。なんでも赤獅子軍に従軍し、ブルーという流行病を治療・研究するのだとか。しかし私はウィルスの専門ではありません。もちろん内実はご存知の通りで、軍がモスリンの人間を焼き尽くしたのです。ただモスリンの方々の熾烈な抵抗は軍を苦しめていました。私は嫌々ながらも救命医として、彼らへ応急処置を施していたのです。しかしある時、人狼が顕現されたのです。軍の放つ炎を纏い、その猛々しき怒りと共に小隊を屠られました。しかし……結局ハンターに狩られてしまったのです。その召される身姿は、浄火されるようでした。青紫色の体液を振り撒きながら、燃え尽きたのです。とてもお美しかった。私はそれ以来虜となり、燃え残った長き爪や皮膚片、体毛、体液の痕などを今も家に飾らせて頂いているのです。いつか人狼を人々に宿すために、影ながら勉学に励まして頂いております。いつかあなた様の体液も頂戴できればと……ああいえ、はしたない事を。申し訳ございません。……以上です。」
途中から寒気のする話だったが、その内容はさっきコジロウが説明した内容とほぼ同じだった。もしこの説明が妄想だとしたら二人の情報の擦り合わせが上手すぎる。二人がモスリンで経験した事はやはり事実なのか。
今まで人狼など見た事がなかった。
何年間も逃げ回り、時には赤獅子に奇襲をかけながら食い繋いで生きてきたが、裏ではそんな攻防があったりもしたわけか。だとしたらサリ・シフォンヌの行った行為は正しかったのか?……いや、呑まれてはだめだ。何万というモスリンの人々が犠牲になり、その成果がたった百体にも満たない人狼だと言うのでは大義名分など成り立たない。
仲間も家族も全員失った。この復讐心を捨てるべきじゃない。
妹のあの断末魔はいまだに夢に出てくる。
「あの……大丈夫でしょうか?僭越ながら、お涙が……。頂いても……?」
どうやら自分はいつの間にか涙を流していたようだ。あと取られるわけにはいかない。
「やめろ。悪い……赤獅子に仲間や妹を殺されたんで。……つい思い出した。」
「そうですか……。妹様はユリ以外にもう一人いらっしゃったのですね。こんな話をして申し訳ございませんでした。」
何か勘違いしていそうだが指摘するのも面倒だった。
「人狼について他にないかな?あ、いや……何か他にあれば答えろ。」
「は、はい。……そう言えば一つあります。私の前に初めて人狼が顕現なされた時の事ですが――」
「――その夜は焼けたモスリンビークの森から奇妙な合唱が聞こえてきました。そしてその声を追いかけ、軍がそこにいた若き女性を焼きました。……彼女は兄の名を叫んでおりました。確か――アキ……お兄ちゃんと。そしてその言葉を最後に人狼へと変じたのです。思い返せば、あの唄は人狼の儀式、あるいは祝福なのかもしれません。兄を贄としたのかも。邪推の域を出ませんが。」
「……いつ頃の話だ?」
「およそ1年半前です。ハンターが心臓を一突きにして、昇天なされました。そして二人で彼女を埋葬いたしました。そこへ浄火なされた時の遺灰を添えて。」
「……それは俺の妹だ。」
「えっ……!」
1年半前の事を思い出す。あの誓いの唄を妹から教えてもらった真夜中のモスリンビークの森での出来事。妹を見捨てて逃げた次の日の朝、そこにあった灰。
「お、お許しくださいませ……。」
イエヴァは土下座する。
「やめろ。……もういい。……許す。」
そう命令すると、イエヴァはすぐに土下座をやめて、床に座ったまま上目遣いにこちらを見る。
もはや彼女を恨む気持ちにもならない。自分の妹が人狼だったかもしれないなんて。まさか自分自身も燃やされたら人狼に変ずるのか?
「……もう十分だし、話を変えよう。」
うんざりするような事ばかりを知ってしまうが……今はただ悲観している場合でもない。
「そうだ、ソル・ジョーゼットに関して知っている事を、……言え。」
「は、はい。……彼はこの列車のオーナーです。珍しくもこの列車に乗車しています。先程医務室に彼が来て、遺体をシフォンにあるエル伯爵の病院へ搬送してくれと指示しました。……あとは彼の護衛の男が不審でした。彼は赤獅子の人間でしょう。昨日彼はモスリンで無辜の民を100人以上燃やした事を示唆しておりました。そんな護衛を従えているソルも恐らくは――」
突然、後ろから扉が開く音がする。
二人はビクッと驚いた。
そこから件の護衛、ヤーコフが姿を見せる。
「ちょっと、今更何のようですか――」
そう言って詰め寄るイエヴァを彼は突き飛ばす。
「今さっき聞き捨てならない話が聞こえてきてな。少し静かにしてもらおうか。……あとてめぇ、狼なのか?」
ヤーコフはこちらを見る。
「やめなさい!彼に近寄らないで!」
イエヴァが怒鳴り、再びヤーコフに詰め寄る。
しかし、彼女は男に顔を殴られ、よろめいて転ぶ。
「おいガキ、てめぇをジョーゼットさんのところへ連れて行ってやるよ。……まずは血の色を確認させろ。狼だったら死なねぇだろ?」
男はそう言ってナイフを抜く。
それを見てこちらもポケットからナイフを取り出し、静かに刃を抜いた。……まがりなりにも自分はモスリンの生き残りだ。武器さえ持てば相手など怖くない。
「ほぉ、狼のくせにナイフを使うのかよ!」
そう言ってヤーコフはナイフで突いてきた。
それを躱し、こちらもナイフで反撃する。それは男の身体を掠め、赤い血が壁に散る。低い悲鳴が轟いた。
そのまま男は雄叫びをあげて突進してくる。その顔面にもう片方の腕で殴りつけ、怯ませた。
業を煮やした男はイエヴァに掴みかかり、ナイフを突き付ける。
「ふざけんなクソ野郎!この女の首を掻っ切るぞ!」
その言葉を無視してこちらはヤーコフへ歩み寄る。
「そうしたところでお前は死ぬだけだ。俺が彼の地で何人の赤獅子を返り討ちにしてきたと思う?」
そう言ってナイフを振りかぶる。
男はその言葉に身震いして、イエヴァをこちらへ突き飛ばす。その彼女と正面衝突してバランスを崩して倒れた。
彼女が覆いかぶさり身動きが取れない。
「ははは!くたばれ!」
男はナイフを振り下ろそうとする。
するととっさにイエヴァはその場に転げ落ちたナイフを掴んで、男の腹に突き刺した。
意表をつかれた男は何も出来ずに後方へ倒れる。
それを見てこちらは立ち上がった。
「あ……あぐ……ああ!」
男の血が衣服に溜まっていく。
「ああよくも……よくも……。」
イエヴァは男の腹に突き刺したナイフを両手で力一杯に引き抜き、立ち上がる。
そして鬼の形相で男を睨みつけた。
「イエヴァがそこまでする必要なんてない。」
彼女を制止し、ポケットからもう一本ナイフを取り出す。
もうここまで来たらこいつの息の根を止めるしかない。早かれ遅かれこいつは失血死する。しかしここから逃すわけにはいかない。
「あなた様の手を汚すわけにはいきません!」
イエヴァはそう言って倒れている男の前に片膝を立てて屈み込み、両手を掲げる。ナイフが照明と反射してギラっと光る。
「……はぁ……はぁ……。」
しかし彼女は殺人を躊躇しているようだ。その手が震えておぼつかない。待ってはいられないのでこちらが代わりに男に歩み寄った。
「待って下さい!……私に命令してください。躊躇なく刺し殺せと……報復を与えろと……やり返せと。私めに勇気をお与えください……。」
もはやどっちが命令しているのかよく分からない。
「ちくしょう……ころして……やる。」
イエヴァがもたついていると、男が悶えながらも身体を起こし始める。
「躊躇なく刺し殺せ。報復を与えろ。やり返せ。」
そう言うとイエヴァは意を決したように一瞬呼吸を止める。
「っぁあああっーー!!」
イエヴァが掠れそうな声で叫びながら、両手で持ったナイフを男の首に突き刺す。
男は反動で脚をバタつかせ、イエヴァの手を掴んで抵抗する。
しかしイエヴァはその手にさらに力を込めて、体重を乗せて深く抉るようにナイフを押し込む。
彼女はまさに決死の表情をしている。
「こわいぃ……こわいぃ……こわいぃぃぃ……あはあぁぁ……ぁぁぁああはは……早く……ははは早く早く早く――」
イエヴァは奇妙な泣き言をいいながらその手に力を込め続けて、より致命傷になるように深く深く抉り込み続ける。
男は言葉にならない音を喉から鳴らしながら弱々しく抵抗する。
しかしそれもむなしく、やがて男は力無く事切れた。
しばらく時間が止まったかのように室内は静まり返った。
女の か細く乱れた呼吸音だけがかすかに聞こえる。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
彼女は男に刺した、返り血に染まったナイフを離さずに、呼吸が落ち着くのを待っている。
「……。」
そして片膝を立てて屈んでいる姿勢を変えないまま、ただ沈黙していた。
「だ、大丈夫か?」
「……ありがとうございます。あなた様のナイフとその言葉が力を貸してくれました。しかし私はこの男から受けた暴力以上の罰を与えてしまいました。この罪は赦されるべきなのでしょうか?」
「まぁ……こいつはそれ以上に多くの罪を犯した。多くのモスリンの同胞を焼き殺した奴だ。これでもまだ罰としては足りない。地獄でそれ以上に焼かれるべきだ。」
そう言うと彼女はホッと笑みを浮かべる。
「罪人をこの手で裁けて嬉しゅうございます。ではこの男の事は忘れさせていただきます。」
なんというか、自分でナイフを刺してもなお、相変わらず冷静、いや冷酷な女だと思った。とてつもなく分厚い仮面を被っているだけなのかもしれないが。
「あ……赤い血。そういえば……。」
……女は何かを思い出したかのように、急に何かぶつぶつ言い出し始めた。その様子がまた奇妙だった。今更だが。
しばらくその様子をたじたじと見守る。
「……ところで。」
女は顔が一変した。……目が丸くなっている。
「この男の赤い血を見て思い出しました。おかしい……あなたは昨日の朝、この男に殴られて 赤い 鼻血を出していましたね。おかしい……まだ人狼のお姿を拝謁していません。おかしい……まさか本当は人狼ではないのですか?おかしい……ユリの兄というのは本当に嘘だったのですか?」
女は立ち上がる。
そして男からググっとナイフを抜いて、その返り血に塗れた顔でこちらをぼうっと見る。その手に持ったナイフがゆらゆらと揺れた。
既に彼女の秘密をたくさん知ってしまっている……。
ここで人狼じゃないと言ったらどうなる……。背筋が凍った。
「ばば、馬鹿な事を言うな。上位の人狼マスターは変異中以外は血を赤色にして偽装するんだ。初歩の初歩だろ。」
滅茶苦茶な嘘をついて誤魔化す。
すると女はそのぼうっとした表情を徐々に緩めていく。
「なるほど。」
そう言って女は血まみれの笑顔を見せる。狂気の沙汰だ。
「そ、それで……この遺体はどうしたものか。」
心変わりしないうちに話題を変える。
少し先走ってサリの護衛を殺してしまったし。
「私めにお任せください。現状のこの部屋の血を落とすのは不可能です。なのでこの男を部屋に残し、鍵をかけ、閉鎖致します。返り血に塗れてしまった私もこの部屋から出ません。ジョーゼットは明日の早朝にシフォンに着きます故、あなた様は急いでお逃げくださいませ。」
女は相変わらず自己犠牲的な事を言う。
そうなると、シフォンに着いた後この女は捕まってしまうかもしれない。少し罪悪感が湧いてしまった。
「シフォンに着いたらうまく逃げられそうか?」
「分かりません。ただ、構いません。」
「俺はシフォンに着く前に列車から飛び降りるつもりだ。良かったらその時にこの部屋に寄る。」
「左様ですか。ではその時をお待ちしております。」
部屋を出ようとした時――ふいにユリの姿が目に入る。こんな部屋に彼女を置いておきたくない。
「……良かったらユリを自室へ連れて行ってもいいか?この男と一緒にさせるのは心苦しい。」
「もちろんでございます。妹様の最期を祝福下さいませ。」
ユリを胸に抱き抱え、部屋の扉を慎重に開けて、外に出た。
◾️8番車両 自室
自室の少し乱れたベッドを綺麗に整え、ユリを寝かせる。そして彼女にそっと毛布を被せた。
おもむろに彼女の冷たくなった頭を撫でて、さめざめと泣いた。




