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雷鳴

真夜中の枯れた森の中で、幾許かの生き残り達が誓う。


彼の者に裁きを。浄火されし同胞達への贖いとして。

彼の者に刻みつけよ。我々の犠牲の証を。

彼の者を糾弾せよ。全てを白日の元に。


使命の誓いを立てて生き残り達は霧散した。


■8番車両 自室


夜半、眼前は暗闇に包まれていた。凍った雨粒が窓を絶え間なく叩きつけている。雷音が時折うなり、さながら死の獣が迫って来ているかのようにこの列車を恐怖で色付けていた。これはまだ記憶の中なのか?いや違う。

自我を取り戻す。いつの間にか眠ってしまっていたようだ。


外で雷が明滅した。不吉な予感が脳を叩きつける。

おもむろに部屋の照明を付ける。時計は既に深夜11時を過ぎたところだった。

そうだ、今夜アレクの部屋702号室へ向かう約束をしていた。すっかり遅くなってしまった。

小走りで部屋を出る。 


◾️7番車両 通路


明滅から遅れて雷鳴の音が聞こえてくる。


深夜の薄白んだ照明の最中、目の前にはひどく怯えた女が壁にもたれ掛かり、焦燥と悲嘆の呼吸を繰り返していた。

彼女はその銀の三つ編みを揺らして、震えているようだった。こちらの気配を捕らえた女は、目を丸くし……小刻みに口を動かす。


「あ……えっと……ルキ……。」


「カチューシャ?一体……どうしたんだ。」


「ルキ……何でもない。……何でもないの。少しめまいがするだけ。」

女は壁から崩れ落ちそうになっている。


「……おいおい。そこ702号室だろ?俺、アレクさんに用事があるんだけど――」

そう言うと女はビクッとこちらを見る。


「ああ……か、彼は部屋にはいないわよ。どこへ行ったのかしら。ラ、ラウンジにいるんじゃないかしら?」

女は明らかに動揺している。その様子がそれとなく、702号室に近づくなと告げているようだった。


女を避けて702号室の前に立ち、スッと扉のノブに手をかけようとする。すると女がそそくさと扉の前に躍り出てきた。


「い、いないってば……。信じて。」

女の様子がどうにもおかしい。その言葉を無視して力づくで扉を開けた。


■7番車両 702号室


止めようとする女を引きずって、暗い室内に入る。焦った女は何かを隠すようにまたこちらの目の前に躍り出た。


……嗅ぎ慣れた嫌な臭いがする。

部屋の外の照明と、既につけられている卓上照明から仄かに中の様子が見える。彼女の身体の脇から奥に目をやると、シャワールームの方にぼんやりと横たわった人影がちらついていた。


外で雷が明滅する。


「……アレクさん?」

その光る一瞬の間隙に、見覚えのある男の顔が映った。今夜会う予定をとりつけたこの部屋の主だ。しかしその瞼は目一杯に開かれ、瞳孔までもが開ききっていた。彼は返事もせずに何も無い方向を永遠に見続けている。

その身体は赤黒く染まり、シャワールーム一面に彼の血が飛び散っていた。


女は観念して扉を閉める。おそらく外に死臭が漏れないようにするために。すると部屋は暗くなり、唯一の光源は室内の卓上照明だけになった。手探りで部屋の照明のスイッチを押すが、壊れているのか反応しなかった。


雷鳴の音が聞こえてくる。


「カチューシャって、確か昼にアレクさんと二人でこの部屋に入っていったよな。……まさか殺したのか?」


「違う、殺してない……。アレクはさっき見た時に亡くなっていたのよ。信じて……。」

女はこちらの肩を掴み、強張った顔でこちらを見てくる。説得できるまでこちらを逃さないようにしているのかもしれないが、逃げるつもりもない。


「……信じられない。死体を見て動揺するのは分かるけど、なんで隠そうとした。しかもさっきまで部屋にいたのかよ。」


「……たまたま部屋に入ったの。何でかは、ごめんなさい。言えない。あなたには説明出来ない事があるの……。馬鹿な事を言ってるのは分かってるけど、私は殺してない。あの血塗れの遺体、私には返り血一つついていないでしょ?……とにかく!信頼できる人を連れてくるから、ここで待ってて。三人で相談しましょう?他の人には絶対に言わないで。お願い……ここでじっとしていて。」

女は言葉を捲し立てて部屋を飛び出した。


その勢いに面食らう。

彼女を追いかける選択肢もあったが、それによってまた騒ぎになるのも望ましくないので、部屋に残ることにした。

手持無沙汰になり、なんとなく男の死体を遠くから眺める。


なぜアレクが殺される事になったのか。何かないか物色してみる事にする。

ざっと部屋を見渡すと、彼のものと見られるキャリーケースを見つけた。

中を開けてみると、まずは着替えが入っていて、飲料や整髪料などの小物の他は、ナイフ・拳銃などの凶器の類が入っていた。武器商人だとか言っていたが、やはり武器を持ち込んでいたようだ。……他にはビジネスの書類などが入ったフォルダーが入っている。


フォルダーの中をパラパラとめくる。

よく分からない契約書か何かの類ばかりが挟まっていてあまり参考にならない。


「?」

フォルダーを途中までめくっていると、奇妙な走り書きのされた紙片を見つけた。


――彼の者に裁きを。浄火されし同胞達への贖いとして


この言葉は強烈に聞き覚えがあった。


■1年半前 焼けたモスリンビークの森


夜半、モスリンの焼けた森の奥で僕達はひっそりと集まっていた。自分を含めた男三人、女二人が暗闇の中ひそひそと語り合う。


「お腹すいたね。」


「今日は虫一匹捕まえられなかった。当たり前よね、こんな焼けた森じゃあ。」


「今から赤獅子に奇襲しようか?」


「でも前はそのせいで二人死んじゃった。」


「食い扶持が減っていいじゃん。おかげで一週間はもったし。」


「ばか。」


「そう言えば一人帰ってこないね。」


「死んだんだろ。」


「そうかもね。」


「ねぇお兄ちゃん。私たちって、やっぱり狼なの?」


「人間だよ。バカげてる。」


「これからどうしよう。」


「ねぇ、人間なら唄おうよ。」


「そうだ。今日会った人に教えてもらった唄があるの。これ。」


「へぇ、聞かせてくれ。」


「わかった。」


「彼の者に裁きを〜。浄火されし同胞達への〜贖いとして〜。」


「彼の者に刻みつけよ〜。我々の犠牲の証を〜。」


「彼の者を糾弾せよ〜。全てを白日の元に〜。」


「それ、唄か?」


「分かんない。」


みんな笑いだす。


「でも流行ってるらしいよ、受け取って。みんなで唄おう。」


歌詞の書かれた紙を受け取り、みんな唄い始める。


ヘンテコな合唱をしていると、遠くから声がする。いたぞ!人狼共だ!という呼びかけから鬨の声が聞こえてきた。

僕たちはまた散らばって逃げ出す。

いや、妹の手を引っ張りながら、それ以外の人とは散らばって逃げ出す。

ひたすら逃げる。――発砲音がして、妹が倒れる。それにつられて僕もバランスを崩す。


「逃げてぇえ、お兄ちゃぁああん!」

僕は妹を置いて逃げた。


明るくなってから元の場所に戻ると、妹は燃えカスになっていた。

その燃えカスから、ありもしない断末魔の声がこだまして聞こえてくる。もう頭から離れなかった。



■702号室


――彼の者に裁きを。浄火されし同胞達への贖いとして


そう書かれた紙片の続きには、彼自身の生い立ちが書かれていた。彼はモスリン出身の赤獅子軍の元兵隊。彼はブルーに冒された故郷に住む人々を救うために志願したが、内実は故郷を、そして自身の家族を燃やす事になったらしい。そして彼の地を抜け出し、復讐を誓った。

ある日こちらと同じように、正体不明の男からジョーゼットの乗車券を貰ったと書かれてもいる。

武器商人というのは偽装で、この荷物の中にある物や衣服に至るまで全て盗んできた物らしい。


やはりアレクはこちらと同様、このジョーゼットに招待された刺客の一人だという事を確信した。赤獅子、それを率いるシフォンヌ家に復讐の裁きを与えるために招かれた客人。

テレビに映っていたサーシャ・シフォンヌと名乗る女。それにそっくりなカチューシャ。アレクは彼女に返り討ちにあったという事か。

彼女は信頼できる仲間を呼んでくると言っていた。それはもしかしたらこちらを返り討ちにするための暗殺者の可能性もあった。

そっと部屋を出る。


◾️7番車両 通路


車両扉付近の小脇に隠れて702号室の方を注視する。

すると通路に二人の女が姿を現した。カチューシャと……救命医のイエヴァだ。二人は部屋の中へと入った。

しかしカチューシャはこちらがいないと知るや否や、部屋の扉から顔を覗かせ、辺りを確認する。しかしそれをやめると、ため息を吐きながら部屋の扉を閉めた。

少しして、また誰かがやってきた。警備員のコジロウだ。

コジロウは702号室の壁にもたれかかり、聞き耳を立て始めた。

彼の方へ歩み寄る。


「こんばんは、コジロウさん。」


「!……ああ、ルキか。」

コジロウはビクッとしながらこちらを見る。


「何してるんですか?怪しいですねぇ。」

あえて白々しく言うと、コジロウは黙って扉の方を指差す。そしてまた聞き耳を立て始めた。

一緒に聞かないかと言うことだろうか。……彼のその様子からはこちらへの悪意を感じなかった。

それにしても昼もこんな事をしたような気がする。今度は鍵穴から中を覗いてみる事にした。

コジロウは呆れ笑いをするが、誰か来たら教えてくれる事に期待する。


◾️7番車両 702号室


「はぁ……カチューシャ。一体何がしたいの?こんなもの私に見せて。さすがに治せないわよ?」


「彼は、私の友達なの。たまたま部屋に入ったらこうなってて……死因を教えてくれない?」


「友達……ねぇ。どうせ嘘なんでしょうけど……いいわ。」

そう言ってイエヴァは死体に近づく。

そしてその様子を凝視する。


「……血の固まり具合から言って今日の昼くらいに亡くなったのかな。死因は、ええ……これは酷いわ。心臓を抉り取られてる。それに、内臓が……いや、これは……」

イエヴァが絶句している。


「食べられてる。しかも全部というよりか、お腹いっぱいになって食べるのをやめたみたいな中途半端さね……。」

想像すると吐き気がした。


「いや……コレすごいわ。人間がやったとは思えないもの。」

愕然とした。人間でないとすれば誰だと言うのか。


「なんで嬉しそうに言うのよ……。こっちは気が気じゃないんだから……。」


「ユリって子……青紫色の血……もしかして……。」

イエヴァはブツブツと何か言っている。


「ねぇイエヴァ!……私、疑われているの。あなたの方からルキに説明してくれない?私じゃないって……。こんなこと出来る訳がないって……。」


「ルキ……。まぁ別にいいけど。一旦出ましょうか。」


「ちょっと待って。……医務室にかくまってくれない?一人でいるのがちょっと怖くて……。」

カチューシャはイエヴァの肩をおさえる。


「あら、死体見て怖くなったの?かわいいのね。」


「いや、それも怖いけどさ……。イエヴァはテレビ見た?」


「ああ、確かに見たわ。あなたいつの間にテレビに出演したのよ。……しかもなんか衝撃的な事言ってたけど。サーシャさん。」


「違う、あれは私じゃないの。私に似た誰か……。」


「ふうん。」


「信じてないのね……。もういい、一人で何とかする……。」


「……落ち着いて、カチューシャ。私達は親友でしょ?……5年前を覚えてる?あなたと初めて会った時のこと。シフォンのスラムで泥だらけになって、死にかけてたあなたを見つけた時。あの時あなたは何も言わなかったけど。何者かなんて関係ないでしょ?」

そう言ってイエヴァはカチューシャに抱きつく。


「……じゃあ、一緒にいてくれない?」


「もちろん。ああでも、今の医務室はあまりオススメしないかな……。誰か信頼できる人はいないの?」

そう言いながらイエヴァはカチューシャから離れ、扉を開ける。その扉にもたれかかっていたこちらはバランスを崩してそのまま部屋に転がり込んだ。


イエヴァとカチューシャは驚き、震え立った。


「……ルキさんに、コジロウさん。はぁ、随分と趣味が悪いですね。」


「……すまん。」

コジロウの言葉に続けてこちらも謝罪した。



◾️8番車両 自室


四人で一番近かった8番車両の自室に入り、一旦話し合う事にした。

こちらはベッドに座り、カチューシャとイエヴァは近くの座席に座る。コジロウは扉にもたれかかっていた。

イエヴァの目の下には絆創膏が貼られていて、その泣きぼくろが姿を消していた。


「それで、あんた達はどこまで聞いてたの?随分とコソコソして……。」

カチューシャが二人をキッと睨みつける。人数が多いと強気になるようだ。


「……遺体の検分をしていた時くらいだな。」

コジロウが頭を掻きながら答える。


「それって全部じゃない……。なんで?」


「カチューシャがイエヴァを呼びにいく様子が見えた。……明らかに様子がおかしかったから、……ついな。」

コジロウがそう言うとカチューシャは呆れる。


「……まぁでも、この際事情を知ってくれていた方がいいかも。私、あの遺体を隠したいの。これ以上ジョーゼットを騒ぎにしたくない。あれがバレたら私が疑われる気がする。テレビの一件から、乗客の疑いの目がずっと向けられてるから……。」


「隠すと言われても、無理がある。死体を外に捨てるつもりか?」

コジロウがそう言うと、カチューシャは下を見て押し黙る。

何かいい方法が思いつかないか必死に思案しているように見えた。


「まぁ……あの血まみれのシャワールームはもうどう頑張っても血が取れないと思います……。工事して交換するレベルですね。」

イエヴァも続ける。カチューシャはぐうの音も出なさそうだ。

その様子を見かねて自分が口を開く。


「……ひとまずシフォンに着くまでは隠せるんじゃないですかね。その後の事は……また考えるとして。」

こちらとしても、今余計な騒ぎを増やすのは嫌だった。シフォンに着いた後の事はどうでもいい。


「まぁ、死体がバレなければな。現状は抹消するのも難しいが。」

一番の問題はそこだろう。

コジロウの言葉を聞いてイエヴァが続けて口を開く。


「幸い、彼はシャワールームの密閉された空間で殺された様です。締め切ってしまえば外見上は分かりません。ただ問題は臭いです。内臓が多少残っていて、既に外気に触れて腐敗が若干進んでいる状態になっています。現状でも部屋の中で臭いがしていますし、仮にシャワールームを締め切っていてもいずれ臭いが部屋の外に漏れ出るかと……。とりあえず室内から換気用のダクトを開けて、かつ部屋の暖房を切っておいた方が良いと思います。でもあとは、祈るだけ…………なんだけど、カチューシャはどう思う?」


「……仮に発覚しても、シフォンに近い方が混乱は小さくなる。それまでは……知らないフリをする。それでいく。室内の対応は私の方ですぐにやっておくわ。」


「カチューシャがそうしたいなら、まぁいい。」

コジロウも渋々同意する。


「ありがとう。……本当にこれでいいのかは分からないけど、少し安心できた。じゃあ早速あの部屋に行って、イエヴァに言われた事をやってくるわ。」

そう言ってカチューシャは扉を開けて外に出た。



一瞬沈黙になる。

この二人はまだ居座るつもりらしい。

厳密にはこの女が居座るつもりで、コジロウはそれを見守ってるだけだろうが。


「そう言えばユリの容体はいかがでしょうか?」

こちらから口火を切る。


「ずっと隣で様子を見ていましたが、あれ以来意識がありませんね。熱は下がりましたが、脈拍も弱くなっております。……あまり言いたくはありませんが、長くはないですね。」


「……そうですか。」

ずしりと重い気持ちになった。


「ところでルキさんはあの遺体をご覧になられましたか?」

イエヴァが訊ねてくる。アレクの死体の事だろう。


「ええ、まぁうっすらとは。ただ、あなたの言ってた事は聞いていました。内臓が食われてたとか、人間の出来ることじゃないとか……。」


「そうですね。……そこなんですよ、ルキさん。実はあなたがやったんじゃないですか?」

イエヴァはなぜだかソワソワし始める。


「はぁ?馬鹿なこと言わないでください。本気で言ってるんですか?」


「どうなんでしょうね。でもあなたは私の目にはすごく怪しく見えるんですよ。おかしいと思いませんか?今回のジョーゼットの旅はいつにも増して騒ぎが多い。その度にあなたの姿がちらつくんです。いつもあなたがいるなと。それにカチューシャまでもがあなたの事によく触れる……。乗客の事をとやかく言う彼女も珍しいですし、あなたも私に彼女のことを聞いてきた。このジョーゼットに似つかわしくない格好をしたあなたが、この車内を撹乱しているように見えるんですよ。」


「そんなのたまたまですし、ただの推測じゃないですか……。それに聞いてる限り、それが今回の件につながっているとも思えません。」

こちらの言葉を彼女は意に介さない。


「うふふ、それにしても良いものが見れました。……あの常人ならざる惨状、どうやってやったんですか?」

イエヴァはうすら笑いをしながら言う。


仮に自分が殺人鬼だとしても、それを前にしてそこまで楽しそうにするこの女はなんなんだ。サイコパスなのか。


「あんな事をしたら、どうやっても足が付きます。疑うならせめてどうやったらあんな殺し方が出来るか教えてほしいくらいですよ。」


そう言うと何かに反応したか、イエヴァは急に伏し目がちになり、足を組んで前傾になる。そして右手を口元に添えて何かブツブツ言い始めた。何を言っているかは分からない。


コジロウは彼女の様子を見て頭を抱える。彼女は何かゾーンに入ったのだろうか。

こちらもその様子を見ていることしかできず、沈黙が続く。



「……そういえば、祖国にこんな言い伝えがあった。」

コジロウは語り始める。


「――人の姿を成し、民衆の中に溶け込み。ある夜半に目覚め、人を喰らう狼。人狼。」

要するに、人狼という怪物による仕業と言いたいのだろう。


「……なんてな。」


「何の冗談ですか。」

そんな逸話、どこにでもある。赤獅子がモスリンの人々に抱いていた偏見と同じだった。奴らはモスリンの人々を人狼呼ばわりして火炎放射器で燃やした。

軽く呆れていると、その脇で考え事をしていたイエヴァがついに口を開く。


「コジロウさん、すみませんが先に戻っていてくれませんか?」


「えっ?」


「彼に聞きたいことがありまして。」

彼女は更にソワソワしはじめる。


「うーん……分かった。」

彼は頭を掻きながら部屋を出た。


コジロウの足音が遠くへ消えて行くのを確認してから、イエヴァは口を開く。



「ところでルキさんはどこで生まれ育ったんですか?……やはりモスリンじゃないでしょうか?」

今更何を聞いてくるのかと面食らっていると、彼女は座席を動かす。そして、ベッドに座っている自分と正対するように位置取る。その怪しげな様子に、なんとなく正直に答えるとまずい気がした。


「シフォン……ですね。」

そう嘘をつくと彼女はなるほど。と言って軽く流す。その様子が奇妙だった。


「ユリという子はモスリンの人間です。あなたはそのお兄さんでしたよね?生まれた場所が異なるのでしょうか?」


「いえ、……実はそもそも本当の妹ではないんですよ。」

その言葉を無視して彼女は語り始める。


「昨日、いやもう 一昨日ですね。私はカチューシャの愚痴を聞いていました。ルキという挙動の怪しい客がいたと。見た目もさることながら、何かを隠しているように見えると。深くは聞きませんでしたが、彼女がそこまで疑う理由はその時は分かりませんでしたね。」


女のその淡々とした語り口が今まで以上に異質に感じる。

こちらが何か答える暇もなく次の言葉を紡ぐ。


「そして昨日、医務室で意識を取り戻したユリから話を聞きました。大切なお兄ちゃんとシフォンへ旅をしているんだと。モスリンで家族を焼かれた兄妹が、希望を持って都会で二人で暮らすんだと笑顔で楽しそうに言っておりました。モスリンの花の香水を嬉しそうに見せびらかしていましたよ。彼女の笑顔は嘘だったのでしょうか?」


次々と言葉を紡ぎ続ける。まだ終わらない。


「本当の事を言うと、ユリはもう亡くなってしまいました。残念ですが、あなたの口からでしか彼女の言葉が本当の事かどうかが分かりません。ですが私にはあなたがモスリン生まれの人間であるように思えて仕方がないんですよ。医務室で持っていたモスリンビークという貴重なタバコ、あなたは何か思い入れがあったんじゃないでしょうか?」


女はこちらに問いかける形で語り終える。さらっと言い並べていたが、看過できない事を言っていた。ユリはもう亡くなってた……?なぜそんな事をあっさり言える。とたんに精神がぐちゃぐちゃになる。しかし女はこちらの目の前に顔を寄せ、うすら笑いを浮かべながら返答を待っていた。


「……確かにモスリン出身だ。でもそれが一体何だってんだ?それになんでさっきはユリが生きてるかのようにいったんだよ。それが気遣いだってのか!?……さっきからなんで笑ってるんだ!」

こちらの怒りに反して、女は興奮を隠しきれずか、とても嬉しそうに両手を握り込み、また口を開く。


「やっぱり!ルキさん!!あなたはモスリンの人狼なのですね!!」

顔を突き出してこちらの顔をうっとりと凝視している。

その明らかに大きくなった声に気圧されて、距離を取ろうと背中を引くが、女もそれに合わせて前傾してくる。

その異様さ、その豹変ぶり。女の意図がまるで分からない。


「ああ……やはりそうですか!やはりそうなのですね!妹様は青紫色の血を吐かれておりました!ああ……あなた様はそのお兄様なのですものね!!702号室でお食事されていたのですね!!ああ――出来ればその様子を見たかった……。」


「な、何をでたらめ言ってるんだ!だからユリは……本当の妹じゃない。」


「分かります……正体を隠されたいのですね……。私めは決して口外致しません。しかし私は約2年前、モスリンに派遣された赤獅子軍の従軍医をやっておりました!その時に何度も見たんです!人狼のお姿を!あは……。」

その言葉に不快な衝撃が走った。


「赤獅子軍……?お前が……?嘘だろ……?」

女の異様さや、人狼の話などどうでも良くなる。徐々に、腹の底から真っ黒い熱が沸き立ってくるのを感じる。


「あはは……あは……嘘ではございませんわ!ああ……人狼になった時はどのような精神状態をされているのでしょうか?人狼から人に戻った時どのようになるのでしょうか?あはは……私めが今まで拝謁した人狼はみな、猛々しき憤怒で正気を失なわれておりました……。そして赤獅子に燃やされてしまったのです……。もっと知りたいのです……!人狼についてご教示下さいませ……!あははは……!」


女は今にも抱きついてきそうな勢いで捲し立てる。しかしその嬉しそうな顔を満面の憎悪で睨みつける。


「モスリンの人々を人狼呼ばわりするな!……殺してやる。」

その偏見に塗れた単語を連呼する女を突き飛ばし、女は座席から転げ落ちる。そしてそのまま女の上に馬乗りになる。


――両手で首を絞める。強く力を込めて。


「ぐ……ぐ……。」

女は声も出ない。喉から鳴る、かすれた音を出して悶絶していた。


「やめろ!」

突如視界の外から誰かに顎を突き上げられ、ベッドの上に転がる。すぐさまその方向を見ると、そこにはコジロウが立っていた。どうやら帰ったふりをしてまた聞き耳を立てていたようだ。

彼がいてはどうしようもなくなる。怒りのやり場を探し、拳をベッドに叩きつけた。


女は倒れた状態で体を丸め、咳込んでいる。そして、お許しを、お許しをと連呼する。

コジロウはその様子を見かねて女を抱え上げる。


「今回の事は見なかった事にする。……イエヴァはたまにこういう、発作が出る。それはこっちで抑えておく。お前も冷静になれ。」

そう言ってコジロウはまた部屋を出て、おそらく今度こそ帰っていった。


しばらく閉められたその扉を見つめる。


「……理解できない。」

ベッドの上であぐらをかき、へたり込む。

女の首を絞めて殺そうとしてしまった。少なくとも今はそんな事をして騒ぎにしてはならないのに、頭に血が上っている。


一旦冷静になるために洗面台へ向かい、顔を洗った。

時計を見ると既に深夜一時を回っている事に気づく。


頭の中はまだ混乱していた。

ユリの死、人狼、この列車に乗った目的……もはや訳が分からなくなってきていた。


「人狼になると正気を失う……だと?」

飢えたモスリンの人間が食糧を求めて赤獅子に決死の奇襲してきたのをそう例えているのだとすれば胸糞が悪い。



夜は遅いがすっかり目が冴えてしまい、眠れない。まるで心も落ち着かない。外に出て気分を落ち着けようと思った。


■4番車両 ラウンジ


相変わらずラウンジは閑散としていた。

例のバーテンダーがいて、カウンター越しのスツールに女が座っている。女は暇そうにカウンターテーブルにもたれかかっていた。


「あれー、ルキくんじゃーん。お元気ぃー?」

その女はアンだった。こちらを見かけるや否や体を起こし、能天気な声を出す。一見すると酔いがかなり回っていそうだ。


女は隣のスツールの背もたれを掴み、回転させる。それはこちらに向けられていて、座って。とそれとなく告げていた。その誘いに乗ってスツールに腰をかける。すると女は満足げな笑みを浮かべた。


相変わらず女からは香水の匂いがしてくる。昼ともまた違う種類だ。


「ルキくんもいっぱい飲みなよぉー。私、マスターの出すスペシャルリッチにハマっちゃったぁー。うふふー。100杯でも飲めるわー。」

そう言いながらアンはマスターにこちらの分と新しいスペシャルリッチを注文する。


「ところでさぁー、さっきの見たー?」

女はウキウキとした顔で言う。いや。と答えつつも、『さっきの』 がなんなのかは心当たりがある。


「おっきい警備員さんに担がれて、ちっちゃい女医さんが運ばれてたよー。しかもその女医さん、人狼がけんげんめされたー。って嬉しそうに呟いてたぁ。すぐ警備員さんに口を抑えられてたけどぉ。」

女はケラケラと笑う。まさに予想通りだった。


「言ったらアレですが、……完全に気が触れていましたね。警備員の方も可哀想でした。」

バーテンダーも苦笑する。あの女は部屋の外でもそんな感じになっていたのかと思いゾッとした。


「どうぞ。」

そう言ってバーテンダーは赤い酒と青い酒を出す。


「……またモスリンブルーですか。」

女は赤い酒を、こちらは青い酒を手に取って前と同じようにグラスを重ねる。


「でも実際人狼なんていると思いますか?」

あえてさっきの話を膨らませてみる。一般人の認識がどんなものかに興味があった。


「えー、どうだろう。でも、いたら面白そうー。」


「そう言えば、人狼ゲームっていう遊びを知っていますか?」

バーテンダーが思い付いたかのように言うが、聞いたことがない。


「なにそれー、教えてー?」

女があほそうにいう。


「参加者の中に一人だけ人狼が混じっていて、みんなで誰が人狼かを当てるゲームです。三人でも出来ますよ。」

自分にとっては胸糞悪い響きのゲームだが、暇つぶしにやってみてもいい。

男から簡単にルール説明を受ける。始まったら三分間みんなで話し合い、最後に浄火する人を一人決め、人狼を浄火できるかどうかで勝敗が決まるようだ。


男はトランプのカードを3枚取り出す。


「ジョーカーが出たらその人が人狼です。あと、他の人にカードは見せないで下さいね。」

男はカードをシャッフルして全員に配る。


受け取ったカードを確認する。ジョーカーではない。


「あー、私が人狼だー!やったー!」

女の言葉を聞いて二人ともがっくりする。


「自分の事は言っちゃダメなんですよ。やり直しますね。」

そう言って男はカードを回収する。


「私は人狼だぞー。ルキくんを食べちゃうぞー、ガブガブ。」

酔いが回っているのか、女はじゃれついてきて、その顔をこちらのお腹で埋めてスリスリしてくる。物凄く酒臭い。


「はい、これでルキくんも人狼だよー。この状態で続行ー!」

もうめちゃくちゃだ。女が酔い潰れていてゲームにならない。

バーテンダーもやれやれと言った様子でカードをしまった。



「そう言えばユリちゃんは元気なのかなぁー。心配ー。」

アンは起き上がり、こちらの目を見てくる。

……正直にいうべきか悩んだ。しかし隠したところで意味もない。


「あの女医さんが言うには、もう亡くなったんだとか……。」

そう言うとアンは目をギョッとさせた。


「そんなぁ!せっかく仲良くなったのにぃー!香水あげたのにぃー!リリーの花の匂いの香水をあげたのよぉー!ユリちゃん喜んでたのにー!ええーん!」

そう言ってアンはまたこちらに抱きついてきて、腹に顔を埋めた。彼女はユリと仲良くしていた。そっと頭に手を添える。


「ええーん、ルキくんからとってもいい匂いがするよぉー!」

女は泣きながら意味不明な事を言って目を閉じる。……そしてすぐに寝息が聞こえてくる。寝てしまったのか。どうすればいいか分からず、バーテンダーの方を見る。


「……はぁ、酔いすぎだよ。」


「いやー彼女、スペシャルリッチにハマって頂けたようで、今日の夜からずっとそれを飲んでいらっしゃいました。明日もきっとこんな感じかと……。」


「はぁ……。」


しかし、この状況はバーテンダーと二人で話せるチャンスでもあった。モスリンブルーというお酒が入ったグラスを目の前に掲げる。


「デミトリさんでしたっけ?」


「えっああ、はい。ただ、マスターで良いですよ。ルキ様。」


「このお酒、モスリンブルーについて詳しく聞かせてもらえませんか?失礼ですが、ユリがこのお酒を飲んでしまって……それから体調がおかしくなったように思えてしまうんです。」

するとデミトリはふいに目線で周囲を伺う。そして誰もいないのを確認してから、慎重に口を開く。


「ただのお酒ですよ。確かに趣味はあまりよろしくないかも知れません。しかしこのお酒には本当の意味があるんです。――モスリンで起こった悲劇を忘れない。ブルーは病による災害ではなく、人災なのです。その裏に隠されているのは、人狼病にかかった人々が焼き尽くされた悲惨な事件です。無差別で、罪のない人までもが焼かれました。私は裏でそれを糾弾するための活動をしています。」


デミトリはもう一つモスリンブルーの入ったグラスを出して、それを飲んだ。その様子を見てこちらもモスリンブルーを飲んでみた。

……甘い味がして、ほろ苦い後味が残る。


「私は昔、赤獅子軍の将校だったんです。かなり昔の話ですがね。」

その言葉に一瞬だけ驚いた。しかし昔というのが気になった。


「……では、モスリンの件は直接ご存知無いのでは?」


「確かに直接は知りません。ただ、昔の知り合いが多かったもので、その事についてお話を聞く機会があったんです。」


「……それはどんな方なのでしょうか?」


「申し訳ありません。ここから先は明かす事はできません。」


「そうですか……。」

興味深い話だった。どうしてもその先が知りたい。

するとデミトリは肘をテーブルにつけ、手を自身の口の前に添える。こちらの耳を貸すように促しているようだ。


その手に耳を近づけると、デミトリは話し始める。


「……ちなみに、ルキ様の乗車券にはとある紋章が刻まれていたりしないでしょうか?」

彼は奇妙な事を聞いてくる。


「え、ええ……。それが何か?」

デミトリにだけ聞こえるように小声で言うと、男はうんうんと頷く。これもまた奇妙であった。

そして彼は確信めいた顔をして続ける。


「おそらくその乗車券には赤獅子の紋章が刻まれていて、誰かからもらったものでは無いでしょうか?」

デミトリのその言葉に驚く。危うく膝の上で寝てるアンを転げ落としてしまいそうになるくらいに。

何かを見透かされていると感じ、そのままこくりと頷く。


「やはり。その乗車券を配ったのは私です。厳密には私の知人が、ですが。」

乗車券は駅近くの酒場で働いている時に貰った。その時の怪しい男とは、この元赤獅子軍の将校、デミトリの仲間だったということか。


「つまり、あなたは僕に協力してくれるという事ですか?」

こうなってくると今までの疑問なんてどうでもいい。仲間であるかどうかが重要だった。


「あなたの使命次第です。」

つまりは、合言葉を言えという事だろう。

今度はこちらが耳打ちをする。


「……彼の者に裁きを。浄火されし同胞達への贖いとして。」

「……彼の者に刻みつけよ。我々の犠牲の証を。」

「……彼の者を糾弾せよ。全てを白日の元に。」

三節耳元で唱えると、デミトリは頷く。


「つまりは?」


「彼の者……シフォンヌ家の当主、サーシャ・シフォンヌを殺し、その身体に焼け果てたモスリンからのメッセージを刻み付けてやる。そして世に真実を知らしめる。」

酒に酔った勢いか、同胞達と唄ったどす黒い欲求を吐露し、うっすらと高揚感を覚える。

そんな様子を見て男は姿勢を戻し ふっ。と息を吐き出す。


「ありがとうございます。仲間は他にも何人もいます。彼らと協力して使命を果たしましょう。」

その言葉に心の底から安堵した。


「しかし、サーシャ様には兄がいます。サリ・シフォンヌという名前の男です。……今はソル・ジョーゼットと名乗っているようですが。」


「えっ、この列車のオーナーの……?でもテレビではサーシャという女が赤獅子の紋章を付けておりましたよ……。それに、そのサリって男とサーシャは見た目がまるで違うじゃないですか。髪の色も、肌も目の色も……。」


「サーシャ様はご病気で身体の色素が薄いのです。それもあってか、身体も弱く体調も崩しがちで……過去にシフォンヌ家を追放されました。死んだものと思われておりましたが、ようやく見つけ出せたのです。しかしそれもサリに看破されていたのでしょう。モスリンからの刺客のスケープゴートとして、彼女の偽物がテレビに出てきたのです。あなたのような方にサーシャを暗殺させるよう仕向けるために、です。しかし、本当に赤獅子軍を操りモスリンを焼き尽くしたのはサリです。……彼は1番車両にいます。」


「なるほど……あのテレビに騙されてしまうところでした。……僕はこれからどうすればいいでしょうか?」


「それについては……そう言えばアレク様の姿が見えませんが。」


「ああ……えっと、彼は――。」

死んだ男の事をどう説明するか言いあぐねていると、膝の上にあるアンの頭が動き出す。目を覚ましたようだ。


「んんー、アレクぅー?」

その声色は寝ぼけているのか、まだ泥酔しているのか、かなり腑抜けている。


「アン、もうそろそろ離れてくれ……。」

いい加減まとわりつかれるのが鬱陶しい。

女の肩を軽く押して背中に回してる手を離すように促す。


「いーやーだぁー!!逃げないでぇー!ガブガブ!」

女は泣きわめく子供みたいな金切り声でぐずりながら腕をさらに強く締め、頭を腹に擦り付ける。


「おい、苦しいっての!」

少し苛立ってしまい、女の頭を両手で押す。すると女はスツールから転げ落ちてしまった。


「あっ!ごめん!」

女は転げ落ちたままの姿勢で、動かない。バーテンダーが女の元へ駆け寄る。


「だ、大丈夫ですかね?」

そう問いかけるとバーテンダーは首を傾げる。


「単に、寝てますね……。」

それを聞いてがっくりする。


「とりあえず、今後の事は明日こちらから伺います。」


「よ、よろしくお願いします。」

居心地が悪くなり、部屋に戻る事にする。明日アンに謝っておこう。そう思った。



■8番車両 自室


仲間を見つけられた安堵感からか、それとも単に酒に酔ったからか、少し眠気がしてくる。


しかしふと時計を見ようと視線をやると、その途中に違和感があった。その違和感の先をよく見れば、人間。長い銀髪をショートに編み込み、白い服、そして青いスカート姿であった。

本人は隠しているつもりかもしれないが、そこには気品を感じる。


「ええと、カチュ…………サーシャ?」

彼女は部屋の角の床で三角座りをしてうつむいていたが、呼びかけに反応してゆっくりとこちらを見る。


「カチューシャよ。あなたの誤解を解きに来たの。あと……かくまって。」

そう言うわりに、カチューシャはまたうつむく。

ゆっくりとベッドに座り、彼女の様子を見る。


「……いいよ。疑ってごめん。」

彼女の肩にそっと手を添える。彼女は一瞬びくっと反応するが、そのまま力を抜き、じっとしている。

それから少し待っていると、彼女はようやく口を開く。


「どうして急に信じてくれるようになったの……。私何もしてないんだけど。」


「デミトリさんから話を聞いた。これを見て。」

そう言って乗車券を見せる。カチューシャはそれをゆっくりと見る。


「乗車券……取り返せたのね。それにこの紋章……。何となくそんな気はしてた。だから私、ルキに殺されるんじゃないか怯えていたの。でも逃げ回るんじゃなくて、誤解を解くべきだと思って……。」


「そっか。確かに疑っていた。……ごめん。今朝、ソル・ジョーゼットに会ったんだ。本当の名はサリ・シフォンヌかな。その時に、銀の髪の女性がシフォンヌ家の人間じゃないかと聞いて、そこからずっと疑ってしまった。」


「サリ兄さんの考えそうなことね……。」

彼女は呆れながらため息をつく。


「サリ兄さん?……やっぱり本当の名前はサーシャなんだよね。もう疑ってないから、本当の名前を教えてくれよ。」

そう訊ねると彼女はゆっくりとこちらを見る。


「そう、サーシャよ。今はカチューシャだけどね。二度とサーシャって呼ばないで。」


「……分かった。ありがとう、カチューシャ。」


おもむろに立ち上がり、部屋の照明を消す。

そして彼女の隣に行き、同じように三角座りをする。


「俺の本当の名前も教えるよ。――アキ――って言うんだ。ルキは……死んだ妹の名前。ここだけの秘密な?」


「アキ……。分かった。……なぜだか分からないけど、あなたから懐かしい雰囲気を感じるの。ジョーゼットに乗る前のアキと会った時からずっと……。なんかほっとけないような気がして。」

そう言うとカチューシャは肩に頭を乗せてくる。


しばらく沈黙の時間が過ぎた。

聞きたいことは色々あるはずだが、今は何も浮かばなかった。


「もう寝よう。」

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