表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/12

未来

■1年後 モスリンビークの森


爽やかな風にやさしく吹かれながら、木漏れ日に照らされた草地を歩く。

モスリンは再び緑が生い茂っていた。自然の力は逞しく、人間の行う侵略程度ではびくともしないらしい。枯れたように見えた木々は再び葉を生やし、焼け落ちた草花も新しく生え変わっていた。

死に絶えたと思った虫や鳥の鳴く声も再び返ってきた。しかしあの鐘の音はもうしない。

賑わう人々のいる場所から外れ、今はその自然に浸っていた。



つい一ヶ月前まで、あの店長の酒場でまた働かせてもらっていた。

店長はこちらに会えてとても嬉しそうにしていた。そして事件のことを知ったのか、お前の事は何があっても守ってやる。とも言ってくれた。だから、彼のために一生懸命働いた。

しかしある日の夢の中で、急にあの鐘の音とあの女の歌う讃美歌が聞こえてきた。

その時はモスリンの呪いの鐘が蘇ったのかと勘違いした。

そう言えば自分はノスフェラトゥだったと思い出した位に、自覚は無かったのだけど。

ただ結局懐かしくなって、店長に無理を言ってまたこの地へと帰ってきてしまった。


そして1年前のあの時、なんとか彼女を病院へ送りとどけた。そして彼女はなんとか一命を取り止め、次第に体調も回復していった。

しかしそのタイミングで突然軍隊が病院へとやってきて、そのまま彼女を連れ去ってしまった。

それはまた別の勢力の手先だったようだ。ソル・ジョーゼットの訃報が世間に知れ回り、その裏の名を知る貴族達が息を吹き返したようだった。それらは放たれた野犬のように獰猛となり、シフォンでは動乱の日々が今も巻き起こっているとか。


結局、色々あって彼女はサーシャ・シフォンヌに返り咲いた。ある日テレビで見た時に彼女は言っていた。モスリンの狼獲祭で現地の人と踊ったが、下手で笑われたと。その時の笑顔は、テレビの中のサーシャが偽物ではないと確信するのに十分だった。それは嬉しくもあり、寂しくもあった。

そして『モスリンビーク』という組織の在り方をガラッと変えたらしい。

そのおかげか、ここモスリンの地に少しずつ人が帰ってきている。それに今日は復興を祝う蘇穣祭。多くの人がこの地に集結して賑わっていた。実はそこにコジロウも寄ってくれていた。赤ら顔で自慢話ばかりしていたが、最後に花を貰った。



今、目下には墓がある。妹、ルキのものだ。

あの時は墓すら作ってやれなかった。もはや亡骸の場所は分からないが、せめて気持ちだけでも悼みたいと思い建てた。

そして墓の前にリリーを添える。これは東方の言葉で『ユリ』と呼ぶらしい。もしルキがユリと出会えていれば、いい友達になれたかもしれない。いや、これは自分のくだらない妄想だ。でも天国で友達になってくれたらいいな。……なんて。

とにかく、妹の墓の前で座り込み、目を閉じる。正しい祈り方はしらない。でも気持ち一つで十分だろう。


ふと背後から足で草を踏む音がする。


「お兄ちゃん?」

その声を聞いて驚いた。慌てて振り向く。

するとそこには懐かしい人が立っていた。


「……どうしてここに?」

風になびく銀の髪に、木漏れ日が反射して煌めいていた。

それはあの日のようでいて、それとはまた違う光景だった。


「何言ってんのよ。私このお祭りの主催者よ?それであなたを見つけたからちょっと抜け出してきたの。見て、この民族衣装。あの時ルキちゃんと一緒に作ったものよ。邸宅のクローゼットにまだあったの。」

そう言って彼女は着ている緑色の服を見せびらかす。


「へぇ……びっくりしたよ。」


「それにしても、お変わりないようね。アキ。」

その名で呼ばれるのは嫌だった。


「ごめん、アキと言う名前は捨てたんだ。真名で呼ばれると、なんでも言う事を聞いてしまうのが怖い。」


「もったいない。せっかく教えてくれた貴重な名前なのに。」


「サーシャって呼ぶぞ?」

そう言うと彼女は笑い出す。


「あはは……分かったわ、じゃあやっぱりお兄ちゃんね。モスリンではあなたをそう呼ぶとしっくりくるわ。……それであれ以来、身体に異変はないの?」


「どうだろう。今のところ平穏に過ごせているけど。モスリンの鐘が鳴らなくなったのも関係あるかもしれないが。」


「そっか、まぁー暴走したら名前を呼んであげるわ。……ところでそこにあるのは、ルキちゃんの?」

墓のことを訊ねているようだ。頷いて肯定すると、彼女は隣に座り込む。その顔は墓の方へ向けられていて、瞼は閉じられていた。


その祈りをしばらく見守る。


「……ところでお兄ちゃんは、今どうしてるの?家族でもできた?」

彼女は瞼を開き、流し目でこちらを見る。


「いや、適当に暮らしてる。そっちは?」


「私?シフォンヌ家のお飾りとしてがんばってるわ。今度、貴族と結婚するのよ。」


「……そっか。それにしても結局お飾りかよ。」

そう言って笑う。

すると彼女は頭をこちらの肩にのせてくる。銀の髪が揺れて身体にかかる。

彼女は貴族と結婚すると言ったはず。


「何がしたいんだ?」


「……エングレス家の長男との縁談よ?地獄すぎない?……はぁ。それに今のシフォンヌ家はもう虫の息ね。……自分が情けない。私の意見なんてほぼ通らないし。他の貴族には何を言っても相手にされない。褪せた髪や瞳だと馬鹿にするし……何度かぶん殴りたくなったけど、立場的に無理よね。どーにもサリ兄さんのようにはいかないわ。」


「じゃあ逃げればいいじゃないか。」


「そうするつもり。そしたらきっと影武者でもたててくれるわ。」

どこかでしたような会話だった。


しばらくそのままの時間が過ぎていく。

長い銀の髪が風でやさしくなびいて、ふんわりと広がる。


「……だからまたすぐに来るわ。その時は歓迎してよ?お兄ちゃん。」


「もちろんだよ。……お姉ちゃん。」



そう答えると彼女は再び瞼を閉じた。それを見てこちらも同じ様に瞼を閉じる。

そして彼女をやさしく押し倒して、そっと互いの唇を重ねた。


――


彼女は去っていった。

今後この地の平穏が永遠に続くとは限らないが、この緑生い茂るモスリンビークの森から、新しい人生を歩んでいこうと思えた。


――完――



そういえば旅客鉄道ジョーゼットはあの後廃車になったらしい。一番可哀想なのは、彼だったのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ