曙光
鐘の音が消えた。夢の中は静寂だった。
■4日目 線路沿い
夜が明けて、線路沿いを二人で歩いていた。
昨日の彼女の歌声のおかげで進むべき道が分かると、思いの外すんなりとここに戻ってこれた。今は曇ってはいるが、雪は降っていない。
今頃ジョーゼットはレールを走る棺桶となってシフォンに到着しているのかもしれない。きっと大騒ぎになる。
だからシフォンとは逆方向に歩き続けた。
しばらく歩き続けていると雪原の先に男が倒れていた。
その方へ近づく。その男は彼の者、サリだった。
まだかろうじて息がある。彼の者はこちらに気付く。
「サーシャ……それに、そなたか……。」
こちらは彼の者の顔を睨みつける。しかし彼の者は目線を合わせずに続ける。
「はは……運が……悪かったよ……。」
どうやら脚が折れているのか動けないようだ。
「そなたは……ノスフェラトゥ……だったな。力を……貸してくれないか?」
「……お前の下らない私欲のために力など貸すものか。」
「下らない……だと。」
「ああ。下らない。」
「まぁ……分からぬか。弱き者は虐げられるのだ。……力を持たねば……淘汰される。……その原始的な弱肉強食の世界は……時代と共に形を変えるが……本質は……まるで変わらぬものよ。」
彼の者は天を眺める。その目は朧げだ。まともに呼吸も出来ていない。
「サーシャ……。……じきにシフォンヌは……滅びる。隠し子らしく……後は安穏と暮らせ……。」
その表情は寒さや苦しさの先へ行ってしまったようで、むしろ落ち着いた顔をしていた。
「情に惑うと……間違った結果に……陥るものだ…………………な――」
彼の者はフッ。と息を吐き出し、力無く事切れた。
カチューシャの方を見る。彼女もまた力無くぼうっとその遺体を眺めていた。
またあてもなく歩き出した。
このまま何も無い雪原をただ線路沿いに歩き続けて、せめて駅にはたどり着けないだろうか。
目の前から鉄道が走ってくる。手を振ってみるが、全く無視されて隣を素通りしていく。
二人はまた言葉なく歩き続けた。
しばらくすると、後ろからエンジンの唸る音が聞こえてくる。
「ルキ!カチューシャ!」
聞き覚えのある男の声がした。
■車内
カチューシャは軍用車両の中で寝かされていて、それを女が簡易的に介抱している。その女はイエヴァだ。
そして、この車を運転しているのは、コジロウだった。
「助かりました。……それにしてもこの車、軍用車では?一体どうやって?」
そう訊ねると、コジロウは姿勢をそのままに順を追って説明を始めた。
「お前たちが窓から飛び降りて、しばらくしてからイエヴァを連れて、同じように飛び降りた。」
「ただ、吹雪がすごかった。だから一旦近くの民家に待避した。」
「夜が明けて線路沿いを進んでいたら、後ろからこの車が来た。そして中にいる兵士達が拙者達を捕まえようとしたから、逆に鹵獲した。」
どうやら自分達を探してくれていたようだ。彼がそこまでやってくれた事に感謝する。しかし一つ疑問が湧いた。
「僕は人狼らしいんですが、もしかして狩りの対象だったりします?」
それを聞いたイエヴァがピクっと反応する。そして、じとーっとした目でコジロウを見ている。
「ははは。一緒にメシを食った仲だ。見逃してやる。それより、あのじんろ……女は?」
コジロウは人狼と言い掛けて訂正する。おそらくイエヴァが反応しないように気を遣って。
「死にました。……列車に轢かれて。」
変ずる前の生身で轢かれたのなら、恐らく死んだはずだ。
果たして死ねと言う命令まで尋常に従うのかは分からないが。
「運が良かったな。」
確かに運が良かったのかもしれない。
なんだかんだ言って、アナスタシアがいなければあの状況を覆せなかった気がする。
「イエヴァ、カチューシャの様子は……どうかな?」
彼女はカチューシャの体に触れながら、心配そうにその顔色を窺っていた。
「かなり発熱しております。それに、右足首の腫れ方が少し……まずいです。骨にヒビが入っているか……最悪骨折しているかも。ただ何の設備も薬も無いので、安静にさせておく事しか出来ませんね……。彼女、元々身体が弱いので……無理をしすぎたのかもしれません。しかし一体――」
イエヴァはもどかしそうに延々と答え続ける。
「……イエ…ヴァ……。」
カチューシャは朦朧としながら喋る。
「今は喋らないで。ゆっくり寝て。」
「……寒い…………よぉ……」
その苦しそうな言葉を聞いて、イエヴァは寝ている彼女に上半身を覆いかぶせる。胸に耳を当てて、さながら心臓の音を確認しているかのようでもあった。
「頑張って……、あと少しの辛抱だから。」
イエヴァはそう囁いた後、コジロウの方を見る。
「コジロウさん、もう少しで駅に着きます。そこに病院があるはず。」
少しすると、確かに駅が見えてくる。
のぼりかけた太陽の光がただ眩しかった。




