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神域

 数週間前、豪雨被害に遭って床上浸水多数、川の氾濫と土石流による行方不明者多数の災害があり、警察、自衛隊による大捜索にも拘らず、多数の遺体を発見後も数人の行方不明者が見つからなかった西日本の田舎町。

 家族も関係者も「行方不明者は土砂の下に埋まっているか、川まで流されて海に到達して、腐乱死体として浮かぶ期間も超えたので、もう二度と見付からない」と諦めかけていた。

 その様子を連日特集を組んで報道していた、昼間の主婦向けの情報番組。

 ネタが尽きた日はグルメだとか芸能スキャンダル、動画サイトの驚きの画像や犬猫の子供などを放送して視聴者の数字や広告料を維持していたが、今回もいつも通り数字の為に災害救助用のヘリを政治家と取り合って乗っ取り、倒壊した家屋の下に人がいないか声を掛けている最中に真上を飛行させて大音量でホバリングして撮影、寸断されている道路を報道の車両で占有し、片付けをしている自衛隊員を怒鳴りつけ「自衛官が貴重な水を使って顔を洗っている」「水食料が避難所にないのに自衛官が飯を食っている」「この悲惨な被災地で自衛隊が赤飯を出した」と一大キャンペーンを開始して、暴力装置である自衛隊を全否定して、デビュー前の韓流歌手なのに「いま日本で大人気」とトップニュースの枠を金で売って持ち上げる。

 報道の自由で水も食料も無い被災地周囲で食べ物も燃料も買い占め、避難所の水と食料さえ奪い取り、被災者に責められると「俺達が放送してやっているから援助が受けられるんだろうが」といつも通りの所業で顰蹙を買いながら放送を続けていた。

「では現場から伝えて頂きます、現地の〇〇さ~ん?」

「はい、現地からお伝えします」

 ヘルメットを被った女性アナウンサーが、メモ用紙を見ながら警察自衛隊からの発表を要点だけ伝えて行く。

 いつもの中継なら現地からの報道の途中、度々スタジオから質問して話の腰を折り、現地アナと中継スタッフを激怒させて視聴者の笑いを取る、意地が悪い番組とメインキャスターだったが、今日はスタジオからの質問を「電波が悪い」と言い訳して、最初からガン無視で中継を続けた。

「え? 被災者の皆さんはどうしてらっしゃるんですか?」

 ここでもスタジオからの質問で話の腰を折ろうとしたが、それも無視して横から渡されたメモを読み上げる。

「今っ、消防からの発表で、行方不明の子供達が見つかったそうですっ、公民館に子供達が収容されましたっ、すぐ移動しますっ」

 一時中継が遮断され映像はスタジオに戻された。警告音が鳴り画面上には「ニュース速報」の文字が踊り「消防署発表、行方不明だった少年少女数名を発見」と公式発表された。

 やがて放送車両が公民館前に多数横付けされ、大スクープを生中継するためにキー局に映像を繋いだ。

 子供が家族と再会して、発見者と共に警察や病院に収容され事情聴取される、僅かな隙間に報道が割り込めた。

 やがて公民館前で簡単な記者会見が開かれ、消防署長と思われる人物が制服に身を包んで発表を始めた。

「え~、発見者は62歳男性、各家庭に入り込んだ土砂の清掃に来られたボランティアの方ですが、偶然竹林の中にいた子供達を発見。最寄りにいた消防暑員に声を掛けたので公民館まで誘導した次第であります」

 得意げな消防署長、声を掛けられて誘導した消防団から手柄を全部奪い、自分の成果のように話し始めた。

 この時点で、別々の場所で被災し、自宅ごと川に流された、土石流に飲まれたなど、全く違う条件の子供が一か所で見つかったのに疑問を持つはずが、テレビスタッフも消防署も気付かなかった。


 ここで都会なら、個人情報秘匿の為に発見者も子供も出て来ることはないが、年配の消防署長は人生で最高の瞬間に喜び、まるで自分の知人のように発見者の男性と肩を組んで親しげに紹介した。

「こちらが発見者です」

 さらに見付かった子供達まで公民館を追い出され、カメラの前に並ばされた。

 いつもの「報道の自由」といった脅迫が通ったのか、各社の出張費用である食料費や燃料費から払った鼻薬が効いたのかは不明だが、とにかく絵が欲しいテレビカメラと新聞社の前に引っ立てられた。

 ボランティア作業で泥汚れが激しい長靴姿の老人はともかく、着替えもしていない子供達は、災害前の数週間前と同じ綺麗な靴と服装をしていた。

「行方不明の子供を、どうやって見つけたんですかっ?」

「何か一言っ」

 マスコミから質問攻めにあっている老人。

 カメラのフラッシュが沢山焚かれ、字幕でも「フラッシュの光にご注意下さい」と表示され、視聴者にポ〇モン事件のような失神や痙攣の被害が出ないよう配慮されていた。

「それは……」

「お子さん方はどこにいたんですかっ?」

 テレビ局の特派員にマイクを突き付けられ、話そうとしても次の質問の怒鳴り声で遮られる。

 子供が行方不明中に何度も脅迫電話を掛けて来て、身代金の要求までした誘拐犯ではないかと疑いの目まで向けられ、似たような質問を繰り返されて困惑している朴訥とした老人。

「え~っと…… 竹林の」

「言い訳でも考えてるのかっ!」

 みの〇んたの時代ならメインキャスターの一存で、一瞬で誘拐犯扱いで児童レイプの変態扱いに決定。

 毎朝の番組で特集が組まれ、松本サリン事件のように被害者家庭の夫が誤認逮捕されるか連日連夜任意?での強制聴取の拷問。

 メディアスクラムで追い詰められて、一家全員外に出ることもできず食料品スーパーにも出禁、子供がいれば学校でいじめまくられて自殺か、一家心中するまで追い込まれるのが普通だったが、そんな考えを持てなかった性善説の老人は、子供を連れて笑顔でマスコミの前に姿を現してしまった。

「何か言ってくださいっ、でないとあなたが誘拐犯確定ですよっ?」

 警察自衛隊の大捜索の結果でも見付からなかった子供達、そんなものを一人で見つけ出す人物は、犯人グループの一員でしかありえない。

「はぁ?」

 老人は挑発的な記者が何を言っているかもわからず、質問攻めにも耐えかねて、生中継されているテレビでは言ってはならないような単語を話し始めた。

「こんなことテレビで言っちゃいかんのでしょうが、ここまで探してご遺体も出て来ないとなったら「こりゃあ、神隠しだな」と思って、神社にお参りしてお願いして来たんですわ。近所のは稲荷神社ですけど、ここの神様とも八百万の神様だったら話が通じるかと思って」

「「「「「「「「「「はぁ?」」」」」」」」」」

 今度は記者たちや、テレビを見ている人物が老人の言っている言葉の意味が分からなかったが、無償で交通費持ち出しで手弁当でボランティア活動などする馬鹿な老人は墓穴を掘り進めた。

「賽銭箱の前で鐘を鳴らして四十五円しじゅうごえん入れて「どうか子供達を返してやって下さい、神様の遊び相手の童子にはなれませんが、子供達の世話役や家の手直しをする人足ならできます」ってお願いしてきました」

 神社で拝むように手を合わせ、手順も作法も無茶苦茶だったが、地元の神社でやったことを再現して見せる。

「そんなくだらない言い訳で、報道陣の目や市民を騙せると思ったか? 誘拐魔っ!」

 有り得ない事ばかり抜かす馬鹿を見限り、犯人逮捕前の映像を確保しておこうと躍起になる報道陣。

「こっちにきましたらね、片付けしてる最中、竹林の入り口で狐の面を被った着物姿で草履はいた子がいまして、今時着物なんて珍しいと思って、ふらふら近寄って行ったら、ビルとか瓦ぶきの屋根の家が全部消えちまって、周りの家が藁ぶきとか土塀の家になって水車小屋もあって、こりゃあえらいとこに来ちまったと思ってたんですけど、狐面の子供の後ろに子供達がいて「連れ帰って良し」って言われたんでさあ。神様が下がってくれたんで慌てて子供の手を引いて皆呼んで、後ろに逃げてきたら竹林の外に戻れてビルも見えて、ほっとした所で皆さんに取っ捕まったんです」

「そんな馬鹿なことがあるかっ、お前が誘拐犯だっ!」

「切れっ、中継を切れっ!」

 怒号が響く記者会見場? そこで全国放送の映像が途切れた。


 行方不明の子供数名発見の事件を、愚かにも生中継で繋いでいたテレビ局のキー局は、昼過ぎの情報番組で全国中継してしまい、有り得ない放送事故と放送禁止用語オンパレードの老人の言葉に恐怖して中継を切った。

 総務省や関係各所が激怒して殴りこんで来るのも予想され、厳重注意では済まない放送事故の結果を恐れた。

 報道スタジオの女性アナウンサーが「ただいま映像が乱れました、謹んでお詫びします」などと言って、腰の前で手を組む朝鮮式挨拶で弁明したが時すでに遅く、総務省や神道関連、宮内庁で天皇家の侍従などから大量の苦情とお叱りを頂き、総務省などから指導や厳重注意があり責任者の首が飛び、天下り役人10人以上を追加で受け入れさせられる大惨事になった。

 視聴率が良い情報番組自体の終了とか、メインキャスター降板には至らなかったが、怒り狂ったメインキャスターはこれ以降老人を誘拐犯グループのトップとして一大キャンペーンを開始し、その報道姿勢に疑いを持つ人物を論破し続け、週刊誌も含めたメディアスクラム開始、別の朝の番組に出ている有名野球選手のバカ息子なども霊感でピンときたらしく、老人を完全に犯人扱いして罵り続け、国際弁護士とか他の出演者にたしなめられる結果となった。


 県警本部

「こいつが誘拐犯だっ! 今すぐ捕まえて来いっ、誘拐犯グループを吐かせて一人残らず捕まえるぞっ!」

 テレビ中継を見ていた県警の捜索本部では、拷問王と呼ばれる人物が喚きだし、すぐに老人を確保して取り調べができるよう、別件でも何でもすぐにしょっ引ける手筈が整えられた。

「任意で令状なしですか? 今時そんなもん通りませんよ」

「黙って言うとおりにしろっ! なあに、三日も寝させないで、殴った跡が付かないように電話帳で殴り続けたら、どんな強情な奴でも一発で吐かせてやる。自白調書だけ取り終わったらこいつはオシマイだよ」

 数日間寝られないで拷問され続けると、どれだけ意思が強靭な人物でも幻覚を見始め、耳元で囁かれ続ける犯罪行為を自分自身の手でやった幻覚を見て「これが終われば眠らせてやる」と聞かされれば、誘導された通りに白状してしまう。

 よく自白後に調書の信憑性を疑われ、容疑者から自白の強要で再調査を願い出られるが、警察で一度自白するのは自殺したのと同じで、一度逮捕された以上実刑は確実で、面子があるので検察でも法廷でも決して覆ることなどありはしない。

 それは例え警視総監が射殺されても、一度捕まえた犯人がクロで確定。真犯人が犯行を匂わせても、テレビや週刊誌のインタビューで一連の犯行を解説しても、どんなことがあっても覆らない。

 精々刑期を終えて以降、当時の警官や検察が一切罰せられないのが確定してから再審請求が通って、払われない賠償金の金額が決定されるだけである。


 警察官数百名体制での大捜査でも子供は見つからず面子を潰され、一瞬でも早く市民団体からの吊るし上げから逃れたい馬鹿な県知事が自衛隊に要請してしまい、自衛官数千人体制での山狩りと川底の捜索、海の中にまでダイバーを送り込んで遺体も見付からなかったのが、なんとまあボケ老人一人に見付け出されてしまう大失態を犯したので、警察のメンツを保つにはどのような事があろうとも、事実や現実を完全に無視してでも、この人物を犯罪者で誘拐犯一味のクズ野郎として立件しなければならない。

 拘置所や刑務所に送り込んで後悔させ、他の受刑者からのリンチに合わせ、床に撒かれた残飯を食わせ、便所の水を飲まされて便器で顔を洗わされるような毎日を送らせてやるために警察は動き出した。

 新設された捜査本部では、一瞬でこの老人をクロで犯人と断定して専従捜査班が形成され、千キロ離れた関東にある老人の自宅を強制捜査して証拠物件を押収、無ければ捏造してでも置いて立件、都会の警察では面子だけを保つための行動が受け入れられなくても、管轄外であろうがどうしようが踏み込むため、十人近くの人物が老人の自宅の強制捜査の為に送り出された。


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