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神の声は聴こえない! ポンコツ巫女の私がこの手でひらく未来は   作者: 松ノ木るな
第七章 あなたに示してあげたい

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⑥ 逃げたい

 ユウナギは矢継ぎ早に聞いた。ここはどこで、彼女はなぜ今ここにいるのか、医師はどうしているのかを。

 彼女は答える、ここは国の北方の(むら)。2年ほど前から7人の見習いは交代で、各邑に実技の修行に出るようになった。大体が中央より南の邑で行っているのだが、彼女は出身がここなので、ということだ。


「ユウナギ様には、本当に感謝の気持ちでいっぱいでございます。今も日々やりがいをもって努めております」

「良かった……」


 しかし、もう中央は存在しないようだ。彼女の言う“1年前の戦”で国は破れ、戦地で丞相(じょうしょう)の一族と女王は滅したと平民の間では伝わっているのだと。


「この国は大王(おおきみ)の支配下に下りました。人々の移動でまだ混乱の最中ですが」

 彼女は想像している。ユウナギが国の末路を知らないのは、戦に出たとされたのは女王の影武者で、本物は国外に逃がされていたからだと。女王さえ存命なら、まだ希望はあるのだから。


「国の民が、虐殺や、奴隷にされたりなどは?」

「個々には様々な問題があると思いますが……そういったことは起きていません。私は、いえ、すべての民は、それがユウナギ様の計らいであると信じております。大王(おおきみ)との間にどのような申し合わせがあったのか、我々には(あずか)り知らぬことですが」


 ユウナギは彼女に悟られないようにしてみたが手も足も震え、これ以上何を聞けばいいのか分からない。というかそれ以上を知りたくない。

 もう、ひとりになりたかった。あとは彼女の今の住処だけ尋ねて分かれ、ゆっくりとした足取りで自室へ戻った。




 まだ昼間だが、雨が降ってきたようで辺りは暗い。茫然自失のユウナギは自室に入るなり床に伏せた。先が恐ろしくて、もう元の世に帰りたくないと思いつめ、そのまま眠りに入る。そんな彼女の覗く夢の世界は。



 少し成長した、例の美しい娘が黒馬に話しかけていた。

(むら)の偉い人が、競馬の宴を開くんですって。褒美が出るみたい。私ね、婆様にお米を食べさせてあげたい。いつもより少し厚いものを着させてあげたい。協力してくれる? 私と共にその宴へ……」


 娘の馬はそこで優勝した。しかし主催者はその馬が気に入ったと、娘から無理やりに取り上げたのだった。銅貨数枚と共に彼女はその宴の場から追い出されてしまう。12の娘の力ではどうにもならず、彼女は泣きながら家に帰り悲嘆に暮れた。


 季節は移ろい、それは激しい雨に加え雷の鳴る日の、暗く寒々しい昼頃だった。家内で働いていた娘は妙な予感がし、外へ出る。するとそこには何本か矢の刺さった瀕死の、彼女の黒馬が横たわっていた。彼女は全力で駆け寄り、叫ぶ。


「死なないで!」

 馬は逃げてきたのだった。しかしその時、警備兵に撃たれてしまった。


「ごめんなさい、私があんなところに連れて行ったせいで! なんとしてでも取り返してこればよかった……」

 後悔の念に駆られ涙が止まらない。そのとき彼女は馬の話す声を聴いた。そのようなこと、今まで一度だって経験したことはなかったのに。

「あの子を……? もちろんよ、絶対、私が大事に育てるわ。ずっとずっと、あなたの代わりに……安心して!」

 馬は我が子を彼女に託し、目を閉じた。


 雨がよりひどくなる。

 娘は怒髪天を衝く勢いで立ち上がり、その館へと向かった。


 館は騒然とした。異様な雰囲気をまとう、まるで雨も、その場に流れる空気をも味方にしたような小娘が、のっそりと侵入してくるのだ。そこの主は家来にどうにかするよう言いつけるが、誰も彼女に近付けない。


 そして彼女は主の面前に立ちはだかり宣告する。

「お前は雷に打たれて死ぬ。神はすべてを見通す。天罰だ。これは神のことばなのだ!!」

 嵐の中それだけを叫び、踵を返した。


 ちょうどその頃、中央では女王が突如、高らかに笑い声をあげた。隣で丞相(じょうしょう)が尋ねると、「やっと見つかった」とのたまう。それも非常に強大な神の力を借る娘だと。

 その後、館の主は雷に打たれこの世を去った。



 ユウナギはとび起きた。その時雨音は激しく、雷の鳴るのが聞こえる。

「……妙な予感がする。胸がざわめく」

 慌てて自室をとび出し、ナズナのところへ駆けた。


「まぁ、どうしたの、びしょ濡れになって」

「ナズナお願い、私と一緒に来て! 胸騒ぎがする!」

「え? でも、嵐がきてて……」

「お願い!!」

 ナズナは鬼気迫る彼女に逆らえなかった。


 ユウナギは、今朝、出向こうとしていた屋敷へ向かって走り、ナズナと夫はその後を激しい雨に打たれながらもついていった。

「!!」

 目的地と家の、中間あたりの小道で、3人は気付く。小さい妹が倒れているのに。


「カンナ!!」

 ナズナは大慌てで彼女を抱き起こす。そして必死に名を呼ぶが返事はない、高熱にさらされ意識混濁している。


「ナズナ! 早く連れて帰って! 私は医師を連れてくるから!」

 夫が妹を抱きかかえふたりは急いで駆け戻り、ユウナギは朝、娘に聞いたその居所へ向かった。



 ユウナギは見習いの娘をナズナの元に届けてから、今度こそ、あの屋敷に足を踏み入れようと決意する。

 御し難い怒りが、コツバメの時、心の奥底に封印せざるを得なかったものまで相まって、膨れ上がっていくのだった。


 雨と強風のなか屋敷にたどり着いた頃には、その髪も衣服もひどく乱雑になっていた。

「所詮継母だもの……実母のようには愛せないでしょう。それでも人の優しさというものは……? 御母様のような、人としての優しさが……あの5つに1つでも、10に1つでもあったなら……」


 その時、奥の室から呻き声が聞こえた。

 ユウナギはその人物をどうしたいのかよく分からない。罪に問うのか? そんな権限はない。何もかも分からないが突き進み、扉を開けた。


 そこにいたのは、異様に憔悴した顔の女だった。目線は合わず、身体をゆらゆら揺らし薄笑いを浮かべている。

「もっと……もっとちょうだい……」

「……っ」

 物の怪に出くわしたような、見てはいけないものを見てしまった恐怖でユウナギは尻込みした。


 そこで足元まで転がってくる瓶を目にした。こげ茶色のまさに見覚えのある瓶だ。

「まさか……これを全部……」


 そのとき初めて女と目が合った。女はこう声掛けながら寄ってくる。

「母様……来てくれたの……」

 そして手を伸ばしてくる。

「い、いやっ……」

 思わずそれを力いっぱい振り払った。

「わ、私は、あなたの、母様じゃないわ……」


 すると彼女は異様にこけたその顔を突き出し、ユウナギをまっすぐに見つめ懇願する。

「どうしてそんなこと言うの母様……私を、抱……」


 ユウナギはこれ以上見ていられず、そこから脇目も振らず逃げ出したのだった。


「欲しいのはこんな、幻の幸せじゃないのに……!」




 雨と泥でずぶ濡れのまま、ユウナギは帰宅した。そこらの布で身体を拭いているとナズナが、ひとまずは安心した、という様子で話しかけてくる。

「お医者様のおかげで、一命は取りとめたようで……本当にありがとう。あなたが教えてくれなければ、きっと……」


 ユウナギも安心した。しかし、ナズナはまたこう続けて涙を流すのだ。

「もう、どこか遠くへ逃げてしまいたい……。誰も知った人がいない、どこか遠いところへ……。死んでしまいたいと思うこともあるけれど、私には家族がいる……。みんなでまたはじめから、生きていくことができるなら、どんなに……」


 ユウナギは嗚咽する彼女を抱きしめて、しばらく背中を撫でていた。


 逃がしたい。どこか遠くへ逃げて、幸せになって欲しい。


 ぼんやりと、幼い娘を逃がした隣国の前王はこんな思いだったのかな、と思い出していた。




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しっかり改稿してとても読みやすくなっております。ぜひこちらでもお楽しみいただけましたら嬉しいです。.ꕤ
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