⑦ 月夜のセクハラ
その頃ユウナギは、にじり寄ってきた男を追い払うように、鉾を振り回していた。それを酔っぱらいはひょひょいとかわしてしまう。
当たり前だ。ユウナギは脚を狙いたいのに、そこを視界に入れることができないのだから。ただ闇雲に武器を振っているだけだ。
彼女は心の中、全力で叫んでいた。
「酔っぱらいなんて最低だ!! 気持ち悪い!! 本っ当──に気持ち悪い!!!」
その酔っぱらいは彼女をおちょくり、腰を振って小躍りしている。
そのうちユウナギは、「ちょっとくらい見たって。大人のそれは見たことないけど、5歳児のより大きいってだけでしょ。とにかく攻撃が当たらないと」と考えた。
相手は丸腰なんだからこちらが有利に違いないし、一度向こう脛にでも当てれば動けなくなるだろう、と思った。
恐る恐る前を向く。そしてぼんやりその全身を目にしたら、彼女は……
「ぷっ……あはははははは!!!」
盛大に噴き出したのだった。
これが止まらず、
「きゃははははは!!!」
涙を流して大笑いしてしまう。
それを一度ぴたっと止め、「なんで笑ってるの私――!!?」と、今度は自問自答の波に飲まれていった。
「だってこんなにも気持ち悪い、心の底から気持ち悪い」と思っているのに、少し視界に入れただけで、笑いが止まらない。こんなことは初めてだ。
当たり前すぎて気付きもしないが、中央にいる男たちは品が良いということだ。
とにかくもう視界に入れなくても、脳裏の写像だけで笑えてしまう。何が面白いのかも分からない。もしやそれは強力な笑い茸ではなかろうか。
そこにもうひとり男がやってきた。
どうやら兄弟のひとりのようだ。二人は何かをこそこそと話し、なぜかもうひとりも脱ぎ始める。
「……もうそれ間抜けすぎるでしょう」
珍しく怒りが頂点に達した彼女は、まずその脱衣中で隙だらけの男の肩をめがけて、鉾を振り落とした。
「ぎゃああああっ」
男は倒れもがく。
そして逃げようとした半裸の男を追い、すぐそこの大木に追い詰め、鉾を突き立てた。
すると男はそのまま吐いて気を失った。
「はぁ。一応、計画通り」
そのとき油断したユウナギに、先に倒したはずの男が背後から、がむしゃらに襲い掛かる。
「!!」
しかし間一髪という時に男は悲鳴を上げ、また倒れた。見るとその腿に短刀が刺さっている。
「大丈夫かユウナギ!!」
「ナツヒ!」
ナツヒが向こうから走ってきた。彼は篝火を消しに戻るため、この男を途中で殴って一度は気絶させたが、思いのほか男は覚醒が早かった。
着慣れない衣装で、ナツヒも動きづらいのだ。
そして動けなくなった男をもう一発殴って昇天させ、縄を掛けた。
「遅くなって悪かったな」
「まったく平気」
「手こずらなかったか?」
彼に他意はないが、事実ユウナギは手こずったので大口を叩けない。
ぷいっと横向き、
「ほんとはちょっと不安になった」
と独り言を言ってみた。
「こっちの奴も縛るぞ。……って、なんでこいつ履いてないんだ?」
「だから安心できなかったのよ。私の腕の問題じゃないわ」
ナツヒは怪訝な顔をする。
「だって、見せつけてくるから……」
「ほ――ぉ? ……切り落としておくか」
「えっ、それはやめてあげよう?」
しょせん酔っぱらいのしたことだし、とユウナギは意外にも寛大な気分になった。役目が果たせて気持ちに余裕ができたからだ。
ふたりは捕らえた男たちを引きずり、宴の場へと戻り始める。
その頃、門前にはシズハの姿があった。夜空に浮かぶまん丸い月を見上げ、彼女は話しかける。
「もうすぐだね」
引きずってきた三男四男はそこらに放置し、ふたりは扉を開いた。ユウナギはほんの少し前までワカマルを心配していたのだ。
そんな彼女の目に飛び込んできたのは、まるで電光石火のごとく閃く太刀筋に、胴体から離れて浮かぶ男の頭だった。
「!!」
窓からの月明かりでワカマルの姿もあらわになる。その時ユウナギは、宣言どおり敵を討ち取り佇む彼を、これは戦の神なのではと見た。
ナツヒは荷台に置いた松明に、急いで火を付ける。
「ひっ……ひいぃぃぃ!!」
兄の無残な遺体を目にし、喚き声を上げて飛び出し逃げていく次男。ナツヒがそれを追おうとしたが、ワカマルは止めた。
「あれもお前の敵じゃないのか?」
「まだいい。後で必ずやる」
「後で?」
ユウナギはワカマルの元へ走り寄る。が、その前にずべっと転んだ。足元に血が流れてきていたのだ。
血しぶきにまみれたワカマルが彼女を引っ張り起こした。
ユウナギは血を見てぞわっとしたが、彼にとにかく伝えたかった。
「あなたは本当に、やる男なのね」
「なんだ、惚れるなよ」
声にはならないがユウナギは笑った。
そこでナツヒが聞く。
「ここにいたのは3人だったよな。あとひとりはどうした?」
「そういえばいないな。奴も逃げたか?」
「さっきの飛び出していった男は、どうするの?」
ワカマルは言う。入ってきた門近くに雇い兵の舎がある。逃げた男は絶対にそこの奴らを全員連れて出てくる、と。
「だから、下に降りて迎えられよう」
「下で戦うのか? 何人かは知らないが、多勢を相手に?」
「問題ない。でもお前たちはとばっちりをくらわないように、俺の後ろにいろよ」
ユウナギとナツヒに彼の真意は分からないが、これは最後まで彼の復讐劇なので、言われるまま従うことに。
上の建物から少し急な坂を下り、その途中、3人は小高い処で気付くことになった。
ふもとにはいくらかの松明を掲げる者が集まり、灯っている。
「ほらな、大勢呼べばどうにかなると思ってんだ」
「ここからどうやって切り抜けるの? しかも奴だけを殺るのよね?」
後ろからユウナギは尋ねる。
「いいから、このまま降りるぞ」
まだ下に降りきってはいないが、ワカマルに気付いた次男は威勢を張り、何かを喚いている。
「おうおうおう、やっちまえええ!!!」
というところだけ、ユウナギには聞こえた。
次男を囲む兵たちは呼応して、おおおう! と声を荒げる。それでもワカマルは突き進むので、ユウナギもナツヒもただ付いていく。
その時である。
後ろから、ガルルルル……と地を這うような唸り声が、そこにいるすべての者の合間に響いたのだ。
彼らはみな驚きそちらを振り向いた。そしてざわざわと騒ぎ出す。
そこにいたのは大きな大きな、黄金色の毛並みに黒い縦じま模様の入った、それは恐ろしい生きものであった。
「も、猛獣だあああ!!」
各々が叫び逃げようした結果、そこには道が出来上がり、それはワカマルへと歩み寄る。
「虎……!!? 本物の……」
恐れで声が震えるユウナギをナツヒは即、自身の後ろに回す。
そんな彼らの緊張にはお構いもせず、ワカマルは手を振り、猛獣の元へと走って行った。
「よく来たな、コマル」
ワカマルはコマルと呼んだそれの身体を優しく撫でる。
この情景を目にした者らに戦慄が走り、誰一人微動だにできずにいる。自分だけ逃げ出したらむしろ目立って狙われるのではと、その場の全員が頭の片隅で考える。
そして彼は猛獣に言うのだ。
「お前の獲物はどれだか分かるな? 任せたぞ」
言葉を受け、それは首をゆっくりと回し、者共を見渡す。
「さぁ、行け!!」
その号令により、一歩、二歩、と準備のように、猛獣は歩み始めたのだった。





