⑦ 人材派遣王女(株)ユウナギ
「お願いがあるんです。あなたの医術を、この国の者に教示してください」
ユウナギの真剣なまなざしに圧倒され、医師は続けて彼女の言葉を聞く。
「医学に高い志の持てる者を探し、用意します。それをあなたの弟子として受け入れてください。できるだけたくさん。あなたの知識を、技術を、この国の民のために分け与えてください」
医師は今の生活を気に入っているし、それを変えるのが大きな負担になることはユウナギでも想像がつく。
断られるのだろうと知りながら頭を下げるのは、こんなにも胸が詰まることなのか。
そこで医師は長い溜め息をついたのだが、こう答えた。
「仕方ない。私ももうこの国に長く住まわせてもらっている。このような容姿でも既にこの国の民のひとりだ。王女の申し出が断れるわけないだろう」
「じゃあ!」
「私はあと7日で南に戻る。それまでに人材を用意されよ」
ユウナギはとても明るい声で返事をした。
「時に、患者とは面会されたのか?」
「あぁ、まだよ。術後はずっと寝てるって聞いたし、明日にでも見舞いに行くわ」
「まだ床からは離れられない。気分が塞ぎこみやすい時期だ、励ましてあげるといい。……王女御自ら下の世話でもしてやったらいかがか?」
医師は急ににやりとする。
「ええ、ナツヒが望むのなら、尿瓶何本も持って訪ねますけど!」
「あぁ、うん……」
両手に瓶持つ身構えのユウナギに、王女が尿瓶などと口にするな、と医師は心の中でつっこんだ。
翌日、ユウナギは極めて明るく努め、彼の寝室の扉をくぐった。
「ナツヒ――! 見舞いに来たよ――! 尿瓶持って!」
ナツヒからしたら、なにをひとりで盛り上がってるんだろう、と奇妙な思いで
「なんで見舞いの品が尿瓶なんだよ」
くらいの返答しか出てこない。
ユウナギも久しぶりに会えて緊張している、という事実は彼には見当つかなかった。
「いやもう本当に久しぶりね」
「あの日から1週間しかたってないが」
「あの日から一月たちました……」
「ああ。らしいな」
今後のことを兄も含めて相談しよう、という話にはなったが、やはりそれももう少しナツヒが回復してからということで、今は置いておいて。となると話題に詰まり、若干たどたどしい空気が流れた。
「あ、あのさ」
そこを仕切り直そうとしたのはナツヒだった。
「お前さ、なんか欲しいものないか?」
「欲しいもの?」
彼はなんとなく目が泳いでいる。
「お前が医師を連れてくるのに、3週間そこで下働きしたって聞いたから……その礼っていうか……貸しを作ったままじゃ、俺としては……」
「ああ、全然いいよ。あの労働の対価は……兄様にもらっちゃったし!」
先ほど入室してきた時よりよほど自然な盛り上がりを見せるユウナギに、ナツヒの心は瞬間氷結。
「おい……お前、兄上に何したんだよ」
「それ男と女が逆! 兄様の方からくれたんだから!」
「何を?」
「ふふ――ん。それは秘密」
へらへらとにやけるユウナギに、もやもやが止まらないナツヒだった。
「まぁでも、なんでもいいから考えておいてくれ……」
「……。うん、考えておくね」
とうとう医師が南へ帰る日だ。
ユウナギは人材をわらわら連れて医師の元へとやってきた。
「し、7人……」
医師はおののく。
「全員歳は10代半ば、いずれも高い志を持った者ばかりよ!」
にこにこするユウナギ。
「ご存じのとおり、うちにはそれだけの人数を収容できる場がないぞ……」
「あの屋根裏をちゃんと片付けて、できるだけ詰め込んで、入りきらない分は師の研究室で雑魚寝させてください。本人たち何でもすると言っているので!」
「考えてみよう……」
「それでね、この7人のうち、2人が女子です」
医師はまじまじと彼らを見た。
「私、友人と約束したの。いや約束は……できてなかったかも」
医師の目に、ユウナギの話を真摯に聴こうとする心づもりが表れる。
「この国でも女性が男性と同じように、人に認められる、大きな仕事に携われるようにするって」
「ほう」
「私自身はね、今の女性の生涯も素晴らしいものだと思ってる。食料を作り、衣服を作り、暮らしを整え、子を生み育てる。でももっと選択肢があればいいなって。人をまとめたり、特別な技術で新しい何かを生みだしたり、多くの人に感謝されるような」
ユウナギは医師を改めて見つめた。
「師みたいな女性よ。この国にもきっと必要なの。でもあの2人は、5人の男子と同じようには働けないこともあるでしょう。特別扱いをしろというのではないけど、そういう時にはどうか、然るべき差配をお願いします」
「あい分かった。しかしずいぶん途方もない目標だなそれは」
「友人にも言われたわ。でも千年単位で頑張るつもりよ。私はあと30年も生きられないけど」
「あと40年は生きなされ。それにしても、7人の中にトバリ殿はいないのか。彼を連れていきたかったのだが」
医師は彼女を煽るように流し目で見る。すると言わずもがな、ユウナギはぎょっとした面持ちだ。
「兄様はいつか、私の専属補佐になる人だからだめ!」
「ははっ。冗談だ。彼はけっこう歳がいってるからな。一からものを仕込むなら、やはり若い方がいい」
ユウナギは頬を膨らませ、兄様だってまだわりと若いもん。と小声で不満を漏らした。
自分にできることは少ないけれど、小さなことでも、小さなことから、ひとつずつ積み重ねていこう。医師を見送りながら、ユウナギはそう心を新たにした。
そして、ナツヒの機能回復訓練を手伝いながら、和議交渉に向けての準備を進める日々へと、ここから邁進するのであった。
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