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猫・犬・ペンギン等の短編集  作者: 第48代我輩
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タックス・フント 丙

2010年の『犬祭5』に投稿した3部連作の最後です。

これって福島原発事故の半年前なんですよね。

 冬の朝日は有り難い。テントの入口では猫が4匹ひなたぼっこをしている。

 極地仕様の寝袋から起き出し、昨日のうちに準備した朝食を取った。焚き火が出来ないのが辛いところだが、コップ一杯のお湯ぐらいならエコ技術で沸かせる。秘密の野営とはいえども長丁場のつもりだから、太陽光集光温水蓄熱器と、自転車を改造した 簡易発電機を電源とする簡易コンロは持っているのだ。現代のロビンソン・クルーソーは結構文化的だ。もっとも、発電の為の運動を寝起きにする気にはなれないので、朝は集光蓄熱器の70度程度のお湯で我慢する。焚き火が出来ないのは、人に気付かれては困るからで、決してエコの為ではない・・・結果的にはこの上ないエコ生活になってしまってはいるが。

 この生活を始めるにあたっては、例えば国民年金の掛け金や住民税を引き落とす口座に十分以上の預金を入れて役所に失踪を気付かれないようにしている。というのも、必要な金が入って来る限り役所は当該の人間がホームレスのなろうかテロリストになろうか気にしないからだ。そのくらい気をつけて『失踪』して来たのだから、焚き火ごときで台無しにしては地下活動家として失格だ。

 そう、これはあくまで地下活動・・・決して公には出来ないし、人に目立つような大義名分だってない。どういう形であれ、ひとたび誰かにこの生活が知られれば、公有地占拠の現行犯として捕まるかあるいは強制的に住民票のある街に送り返され、国家の強力な庇護と監視の元に家畜か犬に成り下がってしまう。それを厭う以上、地下活動以外は有り得ない。せんな生活だから、文明の利器が居住を楽にし安全を確保してくれるとは言っても、人目につかないという条件下での生活向上の限界は厳しく、夏は毒蛇毒虫に怯え冬は寒さと闘わなければならない。


 この生活で心配しなければならないのは栄養と病気、メンテ。他に冒険者とか電力会社員、調査員、飛行機・衛星の類いも加わる。情報過多が人口の過疎を更に興味の過疎にしている現代、この森に人がいるらしきデータが航空写真などに映ったところで気に留める者が現れるとも思えないが、念には念を入れておいた方が良い。例えば誰にも追跡されない形の情報収集は欠かせない。一番良いのはラジオだ。さっそくスイッチを入れると

『・・・一斉にスタートしました』

という興奮した声が流れて来た。良かった、間に合った。

 ロビンソン・クルーソー張りの生活を目指しているとはいえ、現代人は現金無しではどうにもならない。そこで始めたのがギャンブルだ。ギャンブルが割に合わないのは確率の話であって、 予言タコ を育てている俺には関係ない。もちろん、タコの予言に従ってギャンブルに掛けるような非科学的な事はしない。その予言タコを闇で売って、その利益で最低限の生活をしているのだ。リアス式海岸の無数の小島の中の一つの森に隠れて半自給自足を目指せば、月3万円もあれば贅沢に生きて行ける。その事に気付いた時、俺は俺を取り巻く連中の流れに従うトコロテン人生に疑問を感じた。

『・・・あっと、第2コーナーで3頭がもつれながらコースから外れてしまいました。のこり8頭の争いです』

人生というレースの曲がり角で、思い切ってカーブを切ったのは間違っていないと思う。人に引っ張られてずるずると生きていたら、いつかは充実さを競う人生レースから落伍してしまうものだ。人生には自分で判断しなければならない場面と云うのが必ずある。それを見逃して後悔しても後は立たない。たった一度の人生だ。


 ー犬税反対同盟ー

 それが俺の飛び込んだ世界だ。もっとも俺が加わったのは地下組織の方だが。

 先進国の中でも特に金持ちや投機に対して甘い税制 を維持するべく消費税増税と共に提案された犬税も、反対が多かったのは導入されるまでで、一旦それが始まると

『犬は国家経済にすら貢献しているのだ』

と、却って鼻を高くする口実として、表面反対内心賛成という微妙なバランスで定着した。月々800円程度の犬税で犬を諦める者はいない。ドッグフードやペット病院の費用の方が遥かに高いからだ。そしてペットの役割が飼い主に心の安らぎを与える事である以上、その価値を高める犬税は確かにペットの目的に合致しており自然な帰結とは言えよう。この点に関しては犬税反対同盟の地下組織員たる俺だって一理を認める。

 だが問題はそこではない。犬税の結果、犬は税金を払っているからとますます我が物顔に道に溢れ、同時に税を納めない猫派の肩身が狭くなったのだ。道路を歩いてはいけないだの、近所に鳴き声騒音を出してはいけないだの、犬よりも激しい規制が為され、アパートだって犬と魚以外のペット禁止という所が急増した。そればかりか、猫を飼う者は国家財政に対して不実であるという非国民張りのレッテルが貼られ、人々はそれこそ家の中でこっそりとしか猫を飼えなくなってしまった。全ては犬税が悪い。いや、その元凶たる犬が悪い。

『・・・いよいよ第3コーナー、先頭はアオゲバトオトシ、それに食らいつくようにワガシノオンとトウノチュウショウが並走して後は一団となり、8頭のしんがりが大きく開いてオツタローです』

 そうだ、全てが犬だ。現に、この放送だって競馬でなく競犬なのだ。

 今から百年前にアメリカで始められた グレイハウンド競犬 は今日では世界各国の公営ギャンブルの大きな柱となっているが、犬税の導入以来日本でもダックスフンド競犬として解禁になった。世界標準のグレイハウンドでなくガラパゴス的ダックスフンドになったのは、グレイハウンドでは走るのが速過ぎてギャンブルの醍醐味を味わう前に勝負が終わってしまうから。俺だって短距離よりもマラソン・駅伝の方が好きだし、なによりグレイハウンドは余りに犬らしい犬で、猫派の俺からみると恐怖を感じても、ダックスフンドなら許容範囲なのだ。その当たりを考えた犬選なのだろう。ちなみに今走っているオツタローに至っては、俺のお気に入りですらあるという事は、地下組織の他のメンバーにも云えない秘密だ。



 競犬の興隆に伴ってダックスフンドの人気が高くなったのは自然な流れだろう。だから、場当たり的に財源を捜す政府・・・というかそれを選んだのは国民だから一応は世論なのだけど・・・が犬の種類によって税率を変えたのに驚く事は何も無い。そもそも庶民的な雑種や柴犬と金持ちっぽい血統書付きドーベルマンとが同じ税金ってのがおかしいのだ。人は平等だが犬は違う。いや、人も現実社会では決して平等ではなく建前だけの話だが、そんな建前だって犬の前には無意味だ。かくて犬は税額によってランク付けされ、それは散歩の時の態度に反映する様になり、結局は隣の芝生論理で団地の多くの家で税金の高い2匹目の『高税』犬を飼うようになった。1匹目はもちろん家族の一員で、2匹目・・・ダックスフンドが多い・・・が芝生専用という訳だ。

 犬どおしですらランクがあるのだ。それが激しくなるにつれ、猫の扱いが非国民からゴミへ、ゴミから病原菌へと転落してしまった。俺を始めとする猫派は、今では広島湾沿岸と大阪湾沿岸の巨人ファン並みにひっそりと棲息しなければならない。もちろん隠れ猫派の数は少なくない。だから、納税犬派に迫害される一方の猫に昔の楽園を取り戻したいと願う者は多い。でも、願う事と行動する事は別物であって、誰もがいわゆる知識人みたいなしたり顔でネット上に匿名コメントするばかりで、実際に体を張って行動する事はない。

『・・・第3コーナーから第4コーナーにさしかかりますが、順位は変わりません・・・おっと、オツタローが尻尾を立ち上げました。漸く本気モードです。でも、ちょっと、前との差は大きい』

だからこそ、俺は立ち上がったのだ。

 昔ながらの自由な草木に囲まれた環境に犬のいない楽園を作るには、人里離れた森や孤島にこっそり住むしかない。それが猫派の到達した結論だ。太平洋戦争の生き残りの大日本帝国軍人がジャングルの中でこっそり30年生きた事に比べれば易しいミッションだが、それでも余程の物好きでないと実行しないだろう。となれば俺がやるしかないではないか。それが俺の存在証明ではあるまいか? そう思って俺は地下組織に入った。それはまさしく迫害される者の為の組織だ。水滸伝の時代から地下活動こそが弱者の為にあるものと決まっている。

 当然ながら、現代日本語の意味するNPOとかボランティアとは一線を画する。もちろん世の中には ボランティア・非営利活動という原義をアフガニスタンで体を張って実行した人たち もいる。でも、それは寧ろ例外だ。

 たとえば俺の知り合いの利用したNPOでは、営利組織よりも高い人件費を要求して来た。何故なら、NPO役員の報酬を差し引いた時に黒字になりませんよというのが非営利の意味だからだ。 お役所仕事で給料をとってNPOボランティアでございます というのだから、生活の糧の為に安価で同じ仕事をしている民間から見るとボッタクリそのものだ。あるいはチャリティ・コンサートだってそうだろう。本当に慈善をするつもりなら

『当日の収支に関わらず、私は300万円を寄付します』

とするべきだ。だが実際はどうだ。有名人によるチャリティーの殆ど全てが、会場費、移動費、宿泊代、役員代、その他、当人のギャラを除く全ての費用を差し引いた時に黒字になった場合に、その黒字分を寄付するというものだ。もしもコンサートが赤字だったら一銭の寄付もしなくても嘘にならない。

 そんな羊頭狗肉と、俺の地下活動を一緒にしてもらっては困る。俺は近代的な生活の全てを捨てて、猫を幸せにしようと行動しているのだ。それはまさに俺自身のサバイバルであり、同時に横井庄一・小野田寛郎的な意味でもサバイバルだ・・・思想はともかく行動はそうだ。地下活動という言葉が相応しい。その為には、例えば毒蛇もとい食料対策や、その食料を盗む猿対策すら必要となる。雨対策ともなるともっと大変だ。大雨はテントの脇に側溝を掘ったぐらいでは済まないし、雨によってテント跡がくっきりと残るので、そういう手がかりを残さないようにするのも一苦労いる。夏休みの楽しいキャンプとは世界が違う。これに比べれば段ボールの家の方が余程快適だろう。


 ここまでしても猫を守りたくなる理由は迫害だけではない。税金逃れの方便として、犬を猫や兎に似せるペット整形手術が流行り始めた事が気がかりなのだ。外見と鳴き声さえ誤摩化せば、とくにチワワなんかは十分に猫で通じる。ペットに遺伝子チェックという制度が存在しない不備をついた税金逃れだが、事もあろうに裁判所が

『疑わしきは納税者の利益に』

という珍妙な判決を出して以来、税金逃れの為のペット整形が急加速してしまった。

『・・・第4コーナーを回っていよいよ最後の直線です。大きく遅れているもののオツタロウ、ぐんぐん伸びています』

このままだと、猫という概念そのものがおかしくなる。そういう理由で、本物の雑種猫・・・多くの遺伝子を持っている・・・だけを集めた猫の楽園を、我々犬税反対同盟が手掛ける事になったのだ。全ては犬税が悪い。


 その被害者たる猫達は、相変わらずテントの入口でひなたぼっこを楽しんでいる。こういう様子を見ると、7年間の失踪を決心した事に満足を覚える。そう、7年間だ。それが俺に与えられた時間。

 親戚と疎遠で家族のいない俺を気遣う者がいるとも思えないが、それでも親戚の誰かが俺の失踪を警察に届けているか分かったものでは無い。なんせ、俺には今まで10年以上も会社の犬として働いて貯めた1500万円があるのだ。自転車で通勤し車を買わず旅行もせず他人の冠婚葬祭に一切出なかったら、その位の金は直ぐに溜まる。失踪から死亡認定までの7年間に国に納める幽霊代金を差し引いても相当金額の遺産だ。それだけの金が実際に5親等・6親等の親戚に配分されるとなると、対象者の多さから、これは罪作りとしか言いようが無い。それを避ける為に失踪に伴う死亡認定になる前に生存証明をして直線的な生活に戻ろうと思う。

『・・・アオゲバトオトシ逃げる、ワガシノオン追い込む、アオゲバトオトシ逃げる、ワガシノオン追い込む、アオゲバトオトシ逃げきれるか・・・あっと、オツタロー速い、オツタロー速い、トップのアオゲバトオトシ懸命の疾走、ワガシノオンも食らいついている、オツタロー追いつくか・・・』

ラジオは、俺が唯一気に入った犬であるオツタローの神懸かりを伝えている。そうだろうそうだろう、なんたってオツタローは俺の秘密の作品なのだから。


 7年後を想像する。それはある意味老後だ。俺にとっても猫達にとっても、そしてダックスフンド達にとってもだ。ダックスフンド達は引退後をどのように過ごしているだろうか? ちゃんと里親は見つかっているのだろうか? オツタローには猫好きの里親が見つかるだろうか? ここの猫はどれだけ繁殖しているだろうか? 田舎育ちが都会人口を支える構図は猫でも同じだ。

 そして俺は? 免許証も保険証も旅券もない俺が、こんな生活を7年もしたあとに役所に行ったところで、どうやって俺を俺と証明するか?

『優勝は・・・・・・写真判定でイザサラバ、大穴のイザサラバ

 ・・・勝ち犬へのインタビューです

 ・・・「これで犬舎全員の税金が払えます」・・・

 ・・・なんという優等生でしょう、犬の鏡です。さすが猫とは違います』


 今や・・・今も・・・いや、昔から・・・犬が日本経済を支えている。俺と猫は変わっても、それだけは7年後も変わるまい。


written 2010-08-29 (revised 09-04)

注6) 人間の平均出力は、例えば自転車型だと平均 500Wほど(1分 8kcal で漕いだ場合)あるが、人力用の簡易発電機の効率は遥かに低く、明かりやモーター(10-30 W)には十分でも電熱器(300 W)にはきつい。蓄電器という手もあるが、これは極端に効率が落ちるので、電熱系には向かない。


注7) 2010年のサッカーワールドカップで一躍有名になった。パウルで検索すると出て来る。


注8)  税の累進率(再配分率)が、均等税(保険・年金・給食費・ゴミ収集費) << 消費税 < 所得税(< 財産税)の順番である事実について、消費税の逆累進性だけがクローズアップされ、事実上の税である保険・年金・が給食費が、消費税以上の逆累進性を持つ事は殆ど議論されていない。ちなみに欧州の福祉国家では、この部分をどうするかで長らく議論があり、最終的に税に含める事になっている。

累進性の牙城である所得税にしてもまやかしがある。例えば競馬等のギャンブルによる一時所得は所得税の対象だが、投機という名のギャンブル (ホーム>税について調べる>タックスアンサー>所得税>株式投資等と税金>No.1463) や配当という名のオーナー所得 (ホーム>税について調べる>タックスアンサー>所得税>株式投資等と税金>No.1331) に限って所得税から切り離された源泉徴収で、2012年までは10%( 年収330万円以下の人の所得税率と同じ )、それ以降ですら20%(年収330万円〜700万円の人の所得税率と同じ)で、大金持ちや禿鷹ファンドの実質所得税を一般庶民の所得税より遥かに率の低いものにしてしまっている。


注9) Greyhound race は ウィキの英語版から色々リンクがある。


注10) ペシャワール会と中村医師がノーベル平和賞を貰わないのが不思議で仕方ない。


注11) 多くのボランティアは確かに無償の奉仕だし、今の介護制度がボランティア精神無しにやってられない程の国庫負担で行なわれているのは事実だが、税金制度としてのボランティアは利益団体でないことであって、少し違うので『チャリティ』と同じく名前だけで決めるのは不味い面が有る。


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