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猫・犬・ペンギン等の短編集  作者: 第48代我輩
16/36

『パブロフの犬』コンテスト

君、君、これをネットに乗せて、ついでにあちこちの掲示板で宣伝してくれないかね。

 …そうだ、例の企画だ。文科省が何と言おうとも、やると決めたらやる! それが研究一筋に打ち込んだ者の生き方ではないかね。

 …だから、何度も言っているだろう、科学のテーマに時代遅れはないと。どんなに古いトピックでも新しい切り口というのは常に存在するんだ。

 …君ねえ、この企画にいったい幾らの予算が必要なんだ? 講堂を借りる話は既に済んでいる。審査員だって、私の友達だ。夕食の一回でもおごってやればいい。

 …分かったならよろしい。


パブロフの犬コンテスト


趣意書

 ノーベル医学賞科学者(1904年)のパブロフが、有名な「条件反射」を発見したのは1902年の事である。それから1世紀以上過ぎたが、条件反射の重要性は各界でますます高まっており、もはや生物という垣根を越え、経済と言う有機現象にまで及んでいる。最近の例では、逮捕者まで出した株価反応が挙げられよう。時の人が大量買いすれば上がり、時の人が逮捕されれば下がる。

 法則とは、その重要性が高まるほど、そして応用範囲が拡大するほど、かえって原点に戻って考えなければならない。これは科学一般の真理である。この精神に従えば、パブロフの犬を再現し続ける事は、条件反射を更に深く理解する上で、極めて意義ある事と言えよう。

 しかしながら、再現は単なる模倣であってはならない。同じ事の繰り返しは、それこそパブロフの犬ではないが、条件反射として同じ再発見しか与えない。科学的に意味のある「再現」とは、常に創意工夫を必要とする。創意工夫の近道がコンテストである事は論を待たない。

 そこで、ここに、『パブロフの犬』コンテストを開催する次第である。


競技要項

 それぞれの参加犬に対し、あらかじめ決められた3種類の音をスピーカーから出し、それらの音に対する参加犬の条件反射(犬の反応とその測定方法)の優劣を競う。具体的な音は、応募締め切り後に、インターネット(mp4)で公表する。

 表彰は上位3チーム。参加者全員に、パブロフの犬の肖像画が贈られる。なお、条件反射の内容と測定方法は、競技会前日までに主催者に文書または動画で提出しておく事。編集の関係上インターネット経由が望ましい。全チームの概要は、競技会当日午前8時に公開する。


参加基準

 満6ヶ月以上の健康な犬。


審査方法

 3種類の音による合図に対し、それぞれ異なる条件反射を行う事が必須条件。

 評価基準は、反応の定性的明快さ(定性点)と、反応度の測定の定量性明快さ(定量点)。定性点の評価においては、3種類の異なる反応が、それぞれ、どのように異なる科学的意義を持つかという点を考慮する。なお、科学性とは別に、独創性を感じさせる反応に対して、特別に独創点が加点される。

 審査時間は、準備・説明・質疑応答の時間を含めて1チーム当たり9分(1種類の音当たり2分が目安)で、制限時間を越えたら失格とする。


採点

 5人の審査員の各人の持ち点は100点。内訳は、各音に対し、それぞれ定性点10点(2点刻み)、定量点6点(1点刻み)、独創点9点(3点刻み)を満点とし、さらに3つの異なる反応のコンビネーションに特別な価値が認められる場合は、最大25点(5点刻み)の加点がありうる。


審査員

 動物生態学助教授 **** (**大学医学部)

 金融経済学助教授 **** (**大学付属経済戦略研究所)

 惑星生命圏学教授 **** (**宇宙生物学研究所)

 梅干研究家 **** (**園本舗)

 主催者

 

動物愛護

 パブロフ博士は、犬の頬に穴をあけるという、現代の視点からは残酷な手法で唾液の量を計ったが、現代にそのような手法はそぐわない。犬が苦痛を感じる手法は減点の対象とする。最低限「 動物実験の適正な実施に向けたガイドライン (日本学術会議)」に従う事。


主催:○×大学文学部心理学科


日時:200*年*月*日


場所:○×大学**記念講堂


応募締め切り:200*年*月*日(必着、ネット可)


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1. 甲へのメールから一部抜粋


 例のコンテストですが、とにかく長い一日でした。というのも、参加チームが多かった上に、珍妙なチームの参加を巡ってひと悶着があって、審査開始が1時間以上遅れたからです。結局、審査が始まったのは10時ちょっと前で、それから昼食や休憩を挟んで45チームの審査がありましたから、夕方遅くまでかかりました。最後の方のチームなぞはマトモに審査されなかったかんじゃないでしょうか。幸い、私たちのチームの審査は28番目の午後3時40分頃からで、審査員たちもそこまで疲れてはいなかったようです。

 さて、コンテストに使われた音は全部で3つです(お知らせしましたっけ?)。一つ目の音は、かのパブロフ博士も使ったという、昔ながらのベルで、2つ目の音がメトロノーム、3つ目がパソコンの起動音です。たしかマック系の音のようでした。2つ目がメトロノームなのは、何でも、かのパブロフ博士が使った音がメトロノームだったという説があるからだそうです。

 これらの音にどういう反応をあてるかが勝負の分かれ目ですが、募集要項に「科学的に意味のある」と書いてあったので、私たちは、オーソドックスに3つの異なる神経系を考えました。つまり、内分泌系の条件反射、不随意筋系の条件反射、随意筋系の条件反射です。

 このうち、一番簡単なのは随意筋系で、私たちはパソコンの音と共に水鉄砲を犬にぶつける訓練を繰り返して、1週間もしないうちに、音=ジャンプ反応に結びつけました。ジャンプの高さを計れば「定量的」という条件(そんな無茶なって始めは思いましたよ)をクリアーします。

 不随意筋系は、メトロノームの音と共に犬がくしゃみをする、というのを考えました。その音量を計ろうという寸法です。毎日、メトロノームの音とともに胡椒を振りかけたのは言うまでもありませんが、これって、もしかすると動物虐待でしょうか? 動物実験には十分に許される範囲だと思いますが。

 さて、一番肝心の内分泌系ですが、これには結構悩みました。応募要項に、動物が苦痛を感じない方法で測定する、とあからさまに書いてあったからです。私たちには、これが最大のポイントだと思われました。パブロフ博士の行った、犬の頬に穴をあけるという手法が非難されている以上、類似の方法では駄目でしょう。色々考えた末、結局、内分泌でないものの、それに近い放尿現象で代用しました。かのパブロフの犬が唾液を出したという、同じ音で放尿させたのです。ちゃんと量を計れるし、いかにも科学的でしょう? 審査会でも見事に放尿してくれて、この音に対する定量点は全部の審査員から満点を頂きました。

 結果ですが、私たちのチームは3位に入賞しました。奇をてらわない正攻法で入賞したのだから、私たちのオーソドックスな方法が正しかったと証明されたようなものでしょう。そればかりか、極めて主観的な「独創点」を除いた基礎点だけを見れは、私たちのチームが一番でした。つまり、科学への寄与と言う意味で優勝したも同然なのです。これも、大兄が貸してくれた10匹の犬のお陰です。橇犬として訓練されていたからこそ、試行錯誤を繰り返してもちゃんと私たちの実験に最後まで付き合ってくれたのだと思います。これが駄犬だったら、ストレスのあまり我々に噛み付いていたかも知れません。3位入賞の盾はもちろんの事、副賞として貰った骨肉ビスケットも残り9匹の犬たちと分け合うつもりです。


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2. 乙への電話会話から一部抜粋


 犬がらみの条件反射で、一番古い故事は知ってかい?

 …咆哮犬が敵を見つけ次第噛み付く反応かい? それはフィクションの世界だ。正史だよ、正史。

 それはね、褒ジ(ほうじ)の話さ。傾国の美女って言葉があるだろう、それの第1号だよ。

 …何時の時代かって? そりゃ傾国の美女の第1号とくれば、かの有名な西施より前なんだから、周に決まっているさ。今から2800年前ぐらいだったかな。

 褒ジはね、その美しさで周の幽王の理性を完全に狂わせて、とうとう周を滅亡に追い込んだ超本人なんだ。その後、秦の助けで周は復活するんだけど、中国の支配権は完全に諸候にうつって春秋の時代が始まるんだね。秦が実力者として公認されるのもこの時の功績だから、単に一国の滅亡でなく歴史を動かしたスーパークラスの美人さ。

 この褒ジってね、生い立ちが不幸だったのか、微笑まない娘だったんだ。ただ、唯一、軍事危急を告げるのろしが上がった時だけ、条件反射の如く微笑んで、その微笑み見たさに幽王は平時にのろしを上げ続けたんだよ。そりゃあ、始めのうちは平時ののろしでも武将たちが駆けつけてきたんだけど、どんなに幽王が言い繕っても、だんだんのろしに対する反応は鈍くなる訳でさあ、結局、狼少年の警告と同じになっちゃったんだ。で、そんな様子を見てシメたって思った申という公爵が犬戎族を率いて国都を襲い、そのまま周はご臨終というわけ。

 …これの何処が犬の条件反射かって? 犬の条件反射じゃない、犬がらみの条件反射だよ。だって、のろしに対する褒ジの条件反射の微笑みが犬戎族による周の滅亡を招いたんだから。

 …無理な話だって? うん、無理だ。無理でも何でもコンテストに勝てばいいわけさ。ほんと、あの褒ジは凄かったよ。

 とにかく、彼女というか、その犬が会場に現れた途端、それだけで一種の緊張が会場に走ったんだからねえ。そりゃあ、この犬に限らず、エントリーした犬が、もしも美犬麗狗…美しい犬と麗しい狗だよ、会場で流行っていた言葉だけどね…、そんな犬だったら、当然会場は当然どよめくさ。ワンワンと言う声だって騒がしいし。

 …だって、観客には、参加者だけではなく、僕みたいな普通のヤジ馬もいれば、主催者関係者もいて、連中が犬を連れて見物に来ているんだからね。なんたって犬のコンテストさ。犬が見てて悪い事はないだろ? 確か全部で21匹が見物していたんだって。

 …ああ、もちろん、審査の公平の為に、コンテストに参加する犬の審査会場への立ち入りは禁止されているさ。

 ま、とにかく、そんなんで、会場は美犬麗狗が出て来る度にどよめくんだ。その会場が、褒ジの時だけは緊張感とともにシーンとなったのだから、どれほどの犬だったかわかるだろ?

 …いやいや、女王タイプじゃない。そりゃ則天武后だよ。褒ジは、その美貌だけで、正規の王妃を王妃の座から蹴落とした、いわば魔性の女さ。そうそう、さっきの申って人がね、褒ジに王妃の座を奪われた人のお父さんさ。昔の王妃ってのは実力者の娘に決まっているんだ。でも、褒ジは市井の娘だよ。捨て子だったていう話もあるくらいでね。だから後ろ盾なんかこれっぽっちもありゃしない。それで王妃を蹴落とすんだから、凄い女だろ? 犬の褒ジもそんな感じだったよ。

 で、会場が静まりかえったところで、いよいよ条件反射の実演が始まったんだけど、これがまた面白い。1つ目のベルは、尻尾を振ったんだけどね、…そうさ、何の変哲も無いよ、他にも多くのチームの犬が尻尾振りをしていたんがから。でも、問題はその振り方さ。ほら、同じ振り方でも、見知らぬ他人まで嬉しくなるような振り方と、自己満足的な、飼い主にしか分からないような振り方とあるだろ? その、皆が嬉しくなる振り方だよ。それで一気に会場の緊張が解けたんだけど、その次の瞬間、それまでの如何にも無邪気で楽しそうな振り方から、いきなり縦に、しかもなんだかシャベルで地面を掘るような感じで振り始めたんだ、それが5、6回あったと思ったら、今度は右回りに振り、そして左回りに振って、最後にこっちろぴしっと刺すような感じで尻尾を伸ばしたんだな。実に素晴らしい演技だったよ。

 この微笑ましい反応に、皆がすっかり褒ジの尻に注目したところで、2つ目のメトロノームの音になったんだ。ベルの音ですらリズムカルなのに、ましてやメトロノーム、誰だって彼女の素晴らしい尻尾ダンスを期待するよね。ところがだ、次の瞬間、代わりに会場いっぱいの犬に猛烈な変化が起こったんだ。いきなり発情したというか、犬同士が手当り次第に近づこうとして、飼い主たちが慌てて綱を持ち直していたけど、突然の勢いに犬を押さえきれずに、会場まで駆け上がりかかった犬までいたよ。幸い、どの手綱も端が椅子に固定されていて、審査演台への闖入は避けられたけど、それでも暫くコンテストが中断になったぐらいさ。

 皆が訝しがっている間だけど、褒ジのチームは、チームで審査員と共に何かを計っていたみたいで、アナウンスによれば空気中のフェロモンの量だって。メトロンームの音に反応してフェロモンを出しやがったんだよ、あの褒ジって犬。傾国の美女ならぬ傾犬の美狗って言うのか、いや、たまげた。音に反応して誘惑物質を出すなんて、いったいどういう訓練をしたんだろうなあ!

 こうなると、最後のパソコンの音でどんな反応をするかが気になるよな。どうなったと思う? なんと、身体を横たえて、丸で猫のように幸せそうな姿態を見せたんだ。交尾の後っていうのかな。会場の犬どもは相変わらず発情しきっているのに、褒ジだけは先に事が終わっているんだ。実際には何も起こっていないのにさあ。音だけであそこまで反応するかねえ。

 で、この結果って、結構科学的なんだ。 だって、尻尾が随意筋、フェロモンが分泌、姿態が不随意筋だからね。 お見事、お見事。最後の姿態の測定が若干甘いって事で減点されたけど、それを補って余りある素晴らしいパフォーマンスは、傾国の美女の名に恥じないよ。もちろん彼女が優勝さ。


 それにしても、褒ジが何とか犬の面目を守ったけど、彼女がいなかったら、って思うと、他の犬にはもっとしっかりして欲しかったなあ。だって、2位に入賞したのが、、、


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3. 丙の掲示板への書き込みから一部抜粋


 例のコンテストに無事参加できましたので、報告しておきます。

 それにしても、なんと危なかったこと!

 参加さえ認めてもらえれば、後はアイデアだけでいい線いけるって思ってましたけど、世の中は広かった!

 似たようなトリックを考える方々って結構いるものなんですね。それどころか、より凄いエントリーがあって、一つ勉強になりました。

 そんなチームが10ぐらいもありました。皆さん、素直じゃないです!


 それでも、うちの「いぬ」ちゃんは見事に大役を果たしてくれて、2位ですよ2位、犬相手に2位なんて素晴らしいじゃありません? 優勝はさすがに犬でしたけど、そりゃ、猫が犬コンテストで優勝したんじゃ悪いでしょ? いや、実は2位でも悪いなって思っているんですよ。3位に比べて内容が優れている訳ではなかったですから。幸い、3位のチームがノーベル賞の田中さんみたいな、真面目そうで爽やかな人たちだったから、恨まれてはいないでしょうけど。

 えっと、どこから報告しましょう。って、考えてみれば、まだ、私たちの「いぬ」の条件反射はまだ一度も書いてませんでした。失礼失礼。


 まず、1つ目のベルでは、オーソドックスに犬の得意な事ということで「昼寝」です。いやね、チーム内では、昼寝は猫の特権ではないか、って意見もあったんですけど、こういうのは1つ目で「やっぱり猫じゃん」って馬鹿にさせておいて、なおかつ科学的に意義のあり奴がポイント高いんです。そうしておいて、2つ目から犬らしさを出して行くんですね。それに、猫にしろ犬にしろ、ベルの音に反応して寝るってのは、かなり科学的な意味がありそうでしょ? いや、私は調教しかしていないから知りませんが。あ、仕込み方は企業秘密です。

 2つ目のメトロノームでは、目を覚まして、なおかつ、舌を出してハーハーする、というウルトラCです。目を覚まさせる所までは私が調教したんですが、そのあと、犬みたいに舌を出してハーハーする部分は先輩がやっていました。ズルはしていないと思いますけど、とにかく、ここで他の猫「いぬ」チームに差をつけたんじゃないでしょうか。他のチームは尻尾を振るとか、「お手」をするとかやっていましたから。あの「お手」って招き猫とどう違うんだろう?

 最後のパソコンの音では「犬」らしさのだめ押しをしなければなりません。それでこそ、犬と対等に闘えるってものです。そこで、「ワン」と吠えさせる事を目論みました。といっても、猫は声帯の関係上、ワンとは言えません。そこで、ワンという音のなる楽器を叩かせる事を思いつきました。これなら調教は楽ですし、その割に聴衆受けも良いですから。

 

 そんな訳で、2つ目の「舌」の差が効いて、審査発表を見るまでもなく、他の猫チーム(6つぐらいでしたかね)には勝てたと思ったんですが、犬猫以外の伏兵チームが意外性でポイントを稼いでいたので、犬以外のベストになれるかは結果が発表されるまで分かりませんでした。

 そうそう、犬猫以外って、ゴキブリ(ゴキブリに条件反射が見つかったってニュースが数年前にありましたよね)と狸(可愛かったですよ)と軟体動物(何ですか、あれ)と、あと他にあったかな。そんなところです。それから他に、これはエントリーの段階で追い返されたみたいですけど、ニューラルネットという人工知能にInterigent Neural Utilityとかいう名前をつけて、その略称がINUだから参加させてくれって言って来たチームがありました。さすがにコンピュータプログラムは、条件反射かプログラムによる反射か判断できないから、って理由で追い返されていましたけど。

 それにしても、私たちの参加を認めるばかりか、プログラムチームを追い返した理由が、「動物でないから」という理由じゃないって所が、凄いというか変わっているというか、そんなコンテストでしたよ。お陰で参加させて貰って、おまけに入賞までしたのですから、文句はありませんが、、、。


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4. 丁への通信から全文


 同志オクトよ、喜び給え、我々はついに存在を公けに認められた。同志フンドのパフォーマンスが見事に聴衆の目を釘付けにして、我々は特別賞の栄誉を与ったのだ。もはや、我々は、着ぐるみで窮屈な思いをする必要はない。

 競技会参加に当たっての最大の不安が、大会要項を満たしていない事にあるのは言うまでもない。これに伴うリスクに関しては、中央委員会でも何度も取り上げられた。確かに、同志フンドの反応は、正確な意味での条件反射ではない。意識的な反応が条件反射並みに早くなっただけの事だ。だが、その程度の秘密が露見するようでは、到底我々の壮大な移住計画は覚束ないだろう。

 それにしても、同志フンドの反応は見事にナチュラルで素早かった。1つ目のペルが鳴り終える前に早くも墨を吐き、2つ目のメトロノームでは1拍目を聞き終わるや、後方の触手4本を束ねてピンと伸ばし、3拍目からは完全に同調して、この束ねた触手を左右に振り、最後のパソコンの音では、1.3秒以内に完全に壷に避難したのだから、これ以上素早い反応は他の同志には不可能だろう。だからこそ条件反射として認められたのだ。

 同志フンドは演技が完璧だっただけではない。その容姿もきりりと素晴らしかった。ひょっとこ面を越えた仲間は同志フンドぐらいしかいないのではあるまいか。その証拠に、彼が審査会場に現れるや、それまで何かしらざわついていた講堂が夏の若狭湾のように完璧に静まりかえったのだ。この、ダンディーな容姿と完璧な演技の組み合わせこそが、聴衆からの賞賛、唯一の特別賞受賞、それに続くマスコミからのインタビューや出演依頼を呼び込んだ事は間違いあるまい。

 同志オクトよ、君には全てが分かっているだろうが、それでも、これだけは言わせてくれ。彼の完璧なる反射神経は、我々を滅亡の不安から救ってくれたのだ。我々は、裸の姿ですら、地球生物の一員として完全に市民権を得た。もちろんペットという、ヒトを補完する存在に甘んじざるを得ないが、しかし、少なくともエイリアンとして排斥される事はない。我々は長い経験から、地球人にエイリアンと思われたら危険である事を身にしみて知っている。エイリアンの烙印を押されたが最後、絶滅の危機しか残っていないのだ。それだけは避けなければならない。

 同志オクトよ、思えば長い道のりであったとは思わないか。母星の海が干上がってウン十億年、我々は地下深くで生きながらえて来たものだ。愚かにも、一番近い惑星に広大な海が存在する事も知らずに。我が母星よりも太陽により近い故に、とっくに干上がっていると信じられていたのだ。それだけに、つい二千年前の大発見は我々に新しい希望を与えてくれた。だが、調査が進むにつれて、地球人の排他性が最大のネックである事が分かった。彼らは我々との共存を、、、いや、これ以上は書くまい。今日は、全ての不安が取り除かれた日なのだから。

 我々は安心して海を闊歩する事が出来る。同志フンドに栄光あれ。我らが火星人の未来に栄光あれ。

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 …ナニ? 犬の参加チームから苦情が来ているって? 

 …それは負け惜しみだ。ネコやタコやゴキでも、健康で、かつ愛称が犬なら募集要項を満たしてるだろうが。コンテストの目的を満たすエントリーなら、何でも良いというのが科学の精神と違うのか? ここはお役所でもNPOでもないんだぞ。そんな杓子定規な事で研究なんかできるものか! だいたいだね、応募要項云々と言うのなら、三匹タッグのチームの方がよほど募集要項に反しておる。日本語も読めない条件反射人間どもめ。

 …ともかくだ、1匹1音のチームだろうが猫チームだろうが、せっかく条件反射の研究に貢献すべく駆けつけてくれた人々を門前払いなんて出来るはずがない。それにしても、三匹タッグのチームは多かったなあ。え、なに、全部で13チームか。


 …ありゃりゃ、門前払いがあったのか?

 …ふむふむ、、、、ははは、そりゃいくら何でも受け付けられんがな。人工知能ではな。





 …あのタコ、旨そうやったなあ。


written 2006.6

これは犬祭4(sleepdogさん主催)の複数企画で出ていた縛り(全部で10個あった)を全部使った十題縛りに勝手に挑戦して書いたものです。

「犬がきっかり101匹登場」

「火星人が登場」

「特定の誰かに語りかける文体」

「素直になれない」

「幸せになる」

「ダンディー」

「海外古典/故事」

「誘惑」

「3つのスイッチ」

「変わったコンテスト参加」

「時代錯誤の凝り性」

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