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「有栖ちゃん、今日はもう上がっていいよー」
「ありがとうございます! お先に失礼します」
私はバイト先のコンビニの制服から着替えた。時計を見ると午後10時。
「今日は少し早く帰れそう」
そう言いながら自宅まで自転車を十五分走らせていた。
自宅に着くと、電気を点け、仏壇に手を合わせ、インスタントのコーヒーを入れソファーに座った。
「今日もなんだか疲れたなあ」
少しだけ休憩しようとうとうとしていると、いつの間にか眠ってしまっていた。
◇
「この者は連れていく」
「よろしくお願い致します」
ここはアルト王国の王城の一室である。
男は二十歳前後の女性をひょいっと肩に担いで部屋を出た。
たった今、召喚魔法により異世界から来た女性は気を失ったまま男につれられていった。
男は部屋を出てドアが閉まると女性を横抱きにかえ、足早に馬車乗り場へと向かった。
馬車の待機場には数台の馬車があり、なかでもひときわ大きな馬車に男は乗り込んだ。
「行ってくれ」
「承知いたしました」
待っていた侍従は月明かりの下、馬車を屋敷へと走らせた。
この世界には魔法というものがある。
貴族には稀に膨大な魔力を保持するものがいるが、ほとんどの人は水を出す、あかりをつけるなどの魔法を扱える程度の魔力だ。
先の男は国の中でも身分が高く、また、膨大な魔力をもっているものの一人でもあった。
◇
五日後。
「五日目か……。彼女の容態は?」
「熱が高く、まだ眠っておられます」
「原因は?」
「医師によると魔力がまだ馴染んでいないからだと申しておりました」
「そうか……。目が覚めたら知らせてくれ」
「承知いたしました」
メイド服姿の女性は頭を下げると退室し、足早に去っていった。
◇
さらに五日後。
「んぁっ」
って、ここどこ!?
部屋の中は灯りを少し暗めに調節してあった。
目が覚めて体を動かそうにも、かなりのだるさがある。目だけでゆっくり見回すも、全く知らない部屋に不安になる。ヨーロッパ風のかわいらしい家具にホテルかな?と思うが、それにしても豪華な部屋だ。
「ここ、どこなんだろう……。私、なんでこんなとこに? バイトが終わって家に帰って……。どうしてたかなあ……」
自分のかすれた声にも驚いていると、ちょうど部屋のドアが開き、メイド服を着た女性が入ってきた。
「あら、お目覚めのようですね。お医者様をお呼びしますね。少々お待ち下さい」
頭を下げて、メイド服の女性はそのまま部屋から出てしまった。
あっ! ここがどこか聞きたかったのに…
っていうか、日本人っぽくなかったけど、日本語だったなあ。
しばらくすると、白衣を着たお医者様であろう四十代ぐらいの男性と、それよりも若い男性二人とさっきのメイド服を着た女性が戻ってきた。
「ルーク様、診察ですので別室にてお待ち願います」
………。
メイド服の女性に言われ、二人の男性は「終わったら呼んで」と声をかけ、部屋を出ていった。
「お嬢さん、まずは俺の声は聞こえるかな?」
「はい。聞こえます」
「うん、かすれてはいるが話も出来るようだ。俺はこの屋敷で医師をしているアレクセイというものだ。アレクと呼んでくれ。
お嬢さん、名前は?」
「アレクせ……んせい? 工藤有栖……です」
「受け答えに問題はないようだね。では体をみさせてもらうよ」
そういうと、お医者様は脈を測ったり、目を見たりし、そのあと頭から足先までゆっくりと手をかざしていった。
アレクセイと名乗った医師は中肉中背といった体格で、肩までありそうな銀髪をひとまとめにしていた。顔を見るとメガネの奥にきれいな緑色の目をしていた。人の良さそうな顔で安心感があった。
十分ぐらい経ったであろうか。
「うん。魔力も今は問題なさそうだ。熱も下がったようだね。だが、十日も寝ていたのだから体力が落ちているようだ。ヒールをかけておこうね」
そういうと、じんわりと暖かい何かが体をめぐった。体が温かくなり、さっきまで感じられただるさがだいぶなくなった。
「よし、これで動けるぐらいにはなっただろうが、まだしばらくはゆっくり過ごしなさい」
「あ、ありがとうございます……?」
「じゃ、ルーク様を呼んで」
アレクがそう告げると、メイド服を着た女性は頭を下げて部屋を出ていった。
アレクと二人になったのでこの状況を聞いてみることにした。
「あの……ここはどこなのですか? 私はなぜここに?」
「それはルーク様が説明されるだろう。なあに、ルーク様に任せておけば大丈夫だよ」
「は、ぁ……」
とりあえず待つしかないようだ。
魔力とかヒールだなんて……。まるでゲームみたいに……。
それに手をかざすだけって気功かなにかなの?
困惑しっぱなしで待つことになった。
これが、私が異世界に転移させられた話のはじまり。