『川原でBBQを楽しむ神々』
最後に目に留まった作品は、なんともチグハグで奇妙な絵だった。
流星の降るタペストリー。未来のだれかさん宛ての手紙。夕日を溶かしたグラス。
目玉の展示物はその名前の通りになかなか見応えがあった。
よくこれほど奇怪なものを各地から集めてきたものだ。
そして最終展示室の目玉作品が、件の絵である。
八百万の神々が、川辺でBBQをしている。
古事記にみられるような有名な神々。山の神、川の神。その辺に転がる砂利や、使用する道具類も、神様の姿で描かれている。そしてその神々が、肉をおいしそうに頬張っているのである。自分の腹の上に肉がのせられた鉄板の神様も、随分うれしそうである。
風神は空中で舞い踊り、涼しげな風を神々に届ける。サカナたちは我先にと川から鉄板へダイブする。神々のもつ箸が、食べごろとなった食材を勢いよくつまむ。
神々は、ヒトの姿をかたどったもの、宿っているモノにそっくりなもの、とさまざまな描かれ方をしているが、皆の表情は、この日を祝福しているみたいに楽しげだ。
その中で、ただ静かに手を合わせている神がいた。絵の中央。翁の姿をした神が、食べごろの肉が何枚も重ねられた皿を前に、祈るように手を合わす。いただきます。どんちゃん騒ぎの喧騒のなか、そう唱える声がこちらまで聞こえてきそうだ。
その神の周りだけ、ほかの神々と時間が異なっているように感じた。まるで自分たちみたいなただの人間が、あやまって神々の集まりにまぎれこんでしまったみたいに。
自分がもしこの神様なら、こんなところで冷静に手を合わせていられるだろうか。まぁ神様にまじって食事するなんてこと、あるはずないけど。
そんな感想を持って、最後の絵を後にした。出口はすぐそこだ。その先にはミュージアムショップがある。
夕日を溶かしたグラスのレプリカが売ってあるらしいから、それを買って帰ろう。思いながら薄暗い展示室を出る。だがその時、突如まばゆい光に襲われて思わず目を閉じた。
次に目を開けたとき、そこにミュージアムショップはなかった。
あるのは大自然。青々とした山。雄大なる川。そしてその川のほとりになにやら群がる人びと。賑やかな声。喉をしめつけられるほどの良いにおいが、風によって運ばれてくる。これはデジャヴか。嘘だ。ありえない。今、自分が立っている場所が信じられない。たちまち膝がふるえてくる。だって、なぜなら、そんなことって。
ひとりでぶるぶる震えていると、ある御仁がこちらに気づいてしまった。その初老の御仁には見覚えがあった。あぁ、そうなんだ。この人ももしかしてあそこから連れてこられた人間なのではないか──?
御仁がおもむろに口をひらく。幸せいっぱいの顔をして、こう言った。
「あぁ、ようやくここから出ていける」
とある博物館に定期的に飾られる絵がある。
いっけんなんの変哲もない、ただの絵だ。
もし神様が現代でBBQをしていたら、という想像で描かれたものだ。
描いた人は博物館の館長の孫娘で、その絵を館長がえらく気に入り、館長の一存でときどき展示されているのだ。
そんなある時、博物館に奇妙な取材の電話が入った。
それはあの絵に関する不思議なうわさについてだった。
取材に応じた館長は、孫娘の描いた絵にそんなうわさが流れているなんて初耳だった。
そのうわさの内容とはこうである。
この絵の中にいる、ある神様の姿が、展示のたびに変化しているというのだ。それは決まって、手を合わせている神様で、その神様は老人のようだったり、若い女であったり、こどもであったりする。いつも人のかたちはしているけれども、その外見だけがことごとく変わってしまうというのである。
館長は取材相手のはなしを淡々と受けとめていた。そして答えた。そんなうわさはうわさに過ぎないと。しかし、この取材を受けてなお、館長はこの絵の解説にこう書いている。
『川辺でBBQを楽しむ神々。よく見ると、展示毎に絵がすこし変わるらしい。みなさんももう一度目にする機会があれば、その違いを探してみるのも面白いかもしれない。ただし、それを発見したからといって、何がどうなるわけでもない。その神様を見つけて何が起ころうとも、当博物館とは一切の関係はございませんのでご了承ください』
アサオさんへの web夏企画 お題は
【BBQ、博物館、手紙】
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