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災厄のあいさつ  作者: ためひまし
2/2

最高で最高に

 『ずっと前から好きでした! 遊びに行ったときも楽しくてもっと一緒にいたいと思ったの……付き合ってください!』

 驚いた。言ったことにではなく、言うことになった経緯に。小学校に中学校に何の出会いも興味もなかっただけに『好き』という気持ちだけで自分の思いのたけを吐き出せるとは思ってもなかった。

 あの告白は恥ずかしいから思い出したくもないけど、それでもはるかには悪いくらいに本当にへたくそで顔が赤く染まってしまう。

 高校生になって初めての青春。今までだってサッカーでそれなりの青い生活は過ごしてきたつもりだけど、それでもこの世の定番の青春といえば恋愛でゆるぎない。銘々の青春ドラマ、その一コマみたいな経験をしたからこそ、今こうして精神的に安定した生活が一年と半年もの間続いていることになる。まだまだこれからの青い春。

 はるかの性格とか顔とか体型とか好きなこととか趣味とか好きな音楽もコンプレックスだって付き合ってからというものどんどんと知ることができるようになった。あの感覚がとてつもなく楽しかった。

 大人しくて優等生。全ての生徒の模範とすべき生徒だった。いつもは影に隠れてはいるが成績こそはいつも学年トップ。運動はできないようだがそんなものどうでもいい。

 容姿端麗、羞花閉月。ふっくらしていてとてもかわいらしい。みんなは見えていないだけで、隠れているだけで、周知のはずだ。

 ふっくらとして愛くるしい。身長も丸っこくて、チビは嫌だとか言う輩は処刑すべきだ。結局、可愛ければそれでいい、百四十九センチメートル。

 意外とオタク。ライブに駆けずり回る。ぼくもそのダッシュに並走していると疲れる時もあるが、まあ楽しい。

 園芸、裁縫、料理、音楽鑑賞。とてつもなく文化的で外には出ないが、中で遊ぶ楽しさがあって、それはそれでにやけがとまらない。

 ボーカロイドと歌い手属性。ぼくもいつのまにかはるかの好きを好きになっていた。恋は人を成長させるのさ。これもきっと教養さ。

 はるかは声の甲高さが嫌い。ぼくは、はるかの声の甲高さが好き。きっとコンプレックスなんて人それぞれだし、気にしなくていい事なのかもしれない。

 こうやってずっとはるかのことを考えているとはるかに会いに行きたくなってしまうからこのくらいにしておく。そういえば、告白したのは十一月の十日。ポッキー&プリッツの日の前日ということになる。好きになった細かい日にちなんてものは覚えてないけど、だいたい六月くらいから七月あたりじゃでないかと思う。初めて会ったのは夏休みの終わり。LINEでなんとか話を繋げてお土産を渡すことに。そのころからはるかが神がかった性格だったのは知っていたけどぼくだけに見せる特別感というのはたまらなく好きという感情を増長させた。それでもきっとこの頃のはるかは特別感ではなく、そこらへんにいる友達の一人だったのだろう。どこからどうみてもかわいい服装に身を包んで、どこからどうみてもかわいい顔にさらに磨きをかけたメイク。あの待ち合わせの瞬間にぼくの未来が決定していたのだろうな、告白する未来が。そのとき、もうすでにはるかのことを好きになっていたからはるかのことは何もかも好きだったし、何もかもかわいくみえてしまう現象に陥っていた。そんな天使もはたから見ればそうでもないこともありえてしまう。ちなみにぼくの視力は2.0。


 「先輩の彼女ってかわいいですか」

 「そりゃあ、かわいいけども……恥ずいな。やめてくれや」

 「おいおい、後輩には嘘つくなって、確かにブスじゃないけど美人ではないだろ」

 「いや、美人っていうかかわいいって感じだし……」

 「多分、その理論でも当てはまらないよ」

 「嫉妬野郎はせいぜいうらやましがっとけ」

 「二人とも落ち着いてくださいよ」

 「おいおい、あたり強くね? もう……これのこととなると感情向きだすんだから」

 

そういって奴は小指を突き立て、その光景を静かに見守る後輩とはらわたが煮えくり返りそうな静かな朝みたいな時間が過ぎた。ぼくはこれでもかなり抑えているつもりだったのだけど、それでもあたりは確かに強くなっているようだった。あの天使がかわいくないわけないじゃないか、と怒っていたが、その怒りも夜のお風呂の時間で解消された。逆転の発想っていうかなんというか、ぼくがかわいいと思っている人が周りの目からはそうは見えない。だったら他の人から性格が神という点を除けば取られにくいということになる。こんな最高なことはない、そう思ったのだ。『ぼくってかなり恵まれてるじゃん』って脳内お花畑のメンヘラお兄さんが考え付いたんだ。でも。この考えはどこかに懐かしさを孕んでいたんだよな。

 

 「えーっと、私は多分一目ぼれとやらをしました。果たして一目ぼれなのでしょうか」

 「なんでもいいよ、だれ? 何組? もしかして六組?」

 「え、なんで他クラスだってわかったの」

 「二カ月以上同じクラスで顔を見ない人はいないだろう。一目ぼれなんだし」

 「確かに……一目ぼれかわかんないけどね」

 「なんでもいいよそんなこと。誰なの。もしかして六組?」

 「いや、七組だけど、そんなに六組にかわいい子いた?」

 「名前は知らないの? どんな人?」

 「少しは話聞いてよね。名前は知ってるけど言わない。特徴はゆるふわショートカット」

 「七組でしょ……あの子か。俺のセンサーには出てこなかったな。でも好みだから」

 「え、なに、かわいくないって言いたいの?」

 「いや、好みだから」

 

 ぼくはかわいいと心の底から思っていても他人の目からはそうは見えない。典型的な例だと思う。他の男子に聞いてみても結果はまばらでプライドが見え隠れするものが多数いたとそう思いたい。それだからぼくの心の中には取られたくないという焦りは発生せずに会うまでの期間がだだっ広く空いてしまったように思えるが全ては結果論。

 二回目のご対面。文化祭のときに『いっしょに写真撮ろう』って言ったと思うのだけど、ほとんど記憶がない、緊張しすぎたのだ。気がついたときにはパンダで顔が補正された天使がぼくに向かって微笑みかけていた。不思議な気もちだ、ぼくを見ているのに不細工なぼくの隣にいるのだ。スマホのなかだから。

 そこからいろいろあった、わけでもなく。とくに何の会話もせずに九月を通り越し、初デートは確か十月の中旬だったと思う。でも、このときはっきり覚えているのはぼくがデートに誘うあのスムーズさ。はるかのすきな食べ物を聞いて、その食べ物を食べに行こうと提案したんだ。本当にスムーズにチョコを食べに行く。

 十月にしては冷え込んだ昼過ぎ。待ち合わせ場所にニ十分も前に着いてしまう。することをなくしたぼくは駅前の雑踏に視線を落としていた。その雑踏たちはどこか楽しそうにスキップでもしそうな勢いで右から左へ左から右へと流れている。目に留まったのは幸せな雑踏ではなく特定の人でもなく『あったか~い』が一列に並んだ自動販売機。何がいいかなーと思いながら歩みを進めて、にらめっこをする。とりあえず百円玉と五十円玉を流し込み、ミルクコーヒーにランプを灯した。おつりが三枚。そのおつりに百円玉を追加して、なにが出るかな、なにが出るかな、と頭の中でリズムを取ってまたミルクコーヒーにランプを灯した。おつりが一枚。

 「おはよう!」

 かわいらしい声がぼくの鼓膜を包み込む、そんな感覚に酔いしれる時間も短く、はるかが目の前に回り込む。ぼくも負けじと顔面の筋肉に力を全集中させて、霞んだ声をふり絞る。

 「おはよう! これあげる」

 そういってできるだけ熱を奪わないように持ったミルクコーヒーを差し出す。

 「いいの? ありがとう!」

 はるかの言葉にはあたたかみがあって、どうにもとろけてしまう。

 「じゃあ、行こうか」

 目的地までは一直線。歩き始めた当初はお互いに緊張していてどうにもなれない歯切れの悪い会話がリターンエースで繰り広げられていた。はるかは次の話題捜しに翻弄していたが、ぼくはそんなはるかの姿をみてにやけと戦っていた。隣の天使はかわいらしく両手でコーヒーを抱え込み、容器を冷ましながら言葉にできないかわいさでちょびちょびと飲んでいた。話もなくなるし、はるかもコーヒーに逃げたし、ここはぼくが何とかしなければならない。何か話そうと必死に考えていると。

 「かわいい……」

つい言ってしまった。別に言ってもいいのだけど、最初は外見をほめるのではなく、内面をほめちぎれとどこかのサイトに書いてあったから言わないようにしていたのに。でも本当にかわいかったし、ぼくにとっての天使なのだから仕方ない話なのだ。だからといってあそこまで焦ることはなかったのにと素直に思う。あの言い方にははるかの言葉にはない棘があったし、誤解しか生まれないような言い方だ。

「えー、そんなことないよ……」

「いや、あの、えっと……服だよ服。めちゃくちゃ似合ってる!」

「……うん! ありがとう!」

この時は考えもしなかったが、少しだけ平静を取り戻した道のりでは完全に終わったと思った。店に着くまでの時間が残酷に長くて、地獄そのものだった。


店に着けば多少なりとも話す言葉も見つかる。それに話のタネは十三個ほど持ってきていたから安心だった。しかもメニューの話とかもできる。

「なに頼む?」

「どうしようかな……」

「これはどう?」

「それも食べたいんだけど、これも食べたいんだよね」

「じゃあ、はるかはそっち頼んで」

「ぼくがこっち頼むから」

「わかった、一口ちょうだいね」

「うん、はるかのもちょうだいね」

こんな感じでメニューを決め、最初の手札は浅めに学校のテストの話。次に深さを演出するために自己開示を増やした趣味の話。この話に関してはかなり手ごたえがあった。何よりも初デート特有の謎の間は最初以外存在しなかったように思える。けれど現実ってのはそこまで甘くもなく関係性は平行移動のままありえないスピード感で過ぎていった。


何度一緒に帰ろうとも関係性は平行移動で浅い会話しかできない。この進まない感覚が恐ろしかった、不安でとてつもなく不安で仕方ない。メンタルがヘラりそうだった。関係が浅いまま続く感覚、あの重くて鈍くて痛い感覚が日々積み重なって凝り固まっていく。どんどん心が擦り切れていく。

悲痛な心の叫びをあげた十一月の十日。

結果論。成功こそはしたもののまだまだ遠い。これからだとはわかっていても怖い。こんなことを考えながら帰る夜道は本当に闇の自分がこっちの世界に『こんにちは』しそうになる。ただの重い想いの男になっていたことに気がつく。こうなると誰かにこの気持ちを吐かないと気が済まない。家族ではからかわれるからダメに決まっている。友達も経験値が高いとは思えない。やはりバイトの先輩しかいないのだ。愚痴の内容は、はるかに対しての愚痴を言っていたわけではなく自分の不甲斐なさと対応策がないかの相談だった。その相談をバイトの先輩にぶちまけての繰り返し。バイトの先輩にはたくさんアドバイスをもらったけど心に突き刺さったのは一つだけだった。


「で、今回も同じ? 相談するのは勝手だし、ありがたいんだけどさ、俺の提案を瞬殺で否定するのはやめてくれない? 結構メンタル来る……」

「いや、否定したくてしてるわけじゃないんですよ」

「じゃあ、せめて即答で否定するのはやめてや」

「そうっすね、やめます……多分。まあ、とりあえず距離が遠いです」

「精神的にでしょ?」

「はい、なんか会話が浅くて、遠いんです。もっとお近づきになりたいです」

「そうだね……やっぱりつり橋効果狙う?」

「つり橋効果は美人とかイケメンじゃないと意味ないらしいですよ」

「え、そうなの……でも、イケメンじゃん」

「そういう誉め言葉が聞きたい訳じゃないんですよ」

「えー、じゃあ、どうしようもないや。あっ、でも、ボウリングはお勧めだよ」

「ボウリング……」

「そう、俺も初めての彼女と行って仲良くなったし、彼女の足のサイズ分かるよ」

「たまにはいいこと言いますね」

「おほめいただき光栄でございます」

「ありがとうございます。多分試しますので。では副店長! お疲れさまでした!」

 井田副店長は話しやすくてときどき敬語という概念を忘れてしまうことがある。あのゆるい会話でボウリングに行こうと決めた。理由は簡単で信頼と実績の副店長が初めての彼女と行ったから。これ以上の理由はぼくには必要なかったのだ。男らしさを追い求めたぼくの外見を考えれば心は相当女々しい姿をしていたからちょっとくらいの風で吹き飛ばされる。バイト終わりの道はひどく暗いからぼくのメンタルがヘラる悪魔の道で、いつもはぶつぶつと念仏でも唱えるように帰るのだけど、今日は意外にも幸せにスキップでもするように帰れた。

帰ってからは何て誘おうかを考え続け、お風呂の湯船にまでその話題は持ちきりだった。なんて送ろうかと、『遊びに行こう』と言えばいいのに。そんな言葉も文字にできずに七転八倒。


<今日、バイトでボウリングの話で盛り上がったんだけど

<それでね、真っ先にはるかと楽しんでる姿が浮かんでさ

<一緒にボウリング行きたくなったのよ

<めちゃくちゃ楽しそうだと思って、

<しかも、真っ先にはるかとボウリングしてる姿が浮かんでさ

<はるかが運動苦手なのは知ってるけどさ

<それでも一緒に楽しみたいから

<来週の日曜日とか、ボウリング行かない?


最初はこの文章。回りくどくてひたすらに長いし、ところどころででてくるセリフがうざったい。自分で見返してみて気持ち悪くなったから添削していくことに。


<今日、バイトでボウリングの話になったの

<それで、真っ先にはるかと楽しんでる姿が浮かんでさ

<ボウリング行きたくなったの

<だから来週の日曜日にボウリング行かない?


なんだか上から目線でただ欲のために誘っているみたいで気にくわなかったから、再び添削。


<あのさ、今度ボウリングデートしない?

<なんかめっちゃ楽しそうな気がしてさ


めちゃくちゃフランクになったが、気にしない。

 返信は翌日の朝。さすがに夜中の一時には返信が来ないことは分かっていたけどちょっと不安になった。多分それは湯船の中にまであの話題をもっていったせいだろう。


<うん!いいよ!

<運動は得意じゃないけど、楽しそう!

<何時にする?

<あとさ、行きたい場所はあるんだけど行ってもいい?


少しだけかしこまったメールに即レス。即レスとはいっても寝たのは三時だし、朝は苦手だし、ぼくの日曜日の朝なんてはるかにとってみれば昼だろうからここでの即レスはぼくが見てからすぐにということになる。


<ありがとう!今起きた(笑) 時間は二時でいいかな

<どこにでもついていきまっせ!


昨日の不安はどこへやら、どうも軽い男なんだよな、ぼくは。はるかの他愛もない返事に幸せメーターは振り切れてしまう。これだから副店長も大変なのだろう。


ボウリングデートの朝、念には念を入れて趣味合わせのための動画を二本か三本ほどみておいた。

改札には神々しく光る天使がいる。オーラがそこらへんにいる雑草みたいな雑踏とはわけが違う。学校で猛アピールを仕掛けてくる奴とも違うし、色気で攻め込むような奴とも違う。いるだけで、存在するだけで引き寄せられるのだ。しかもぼくが好きな女優のオーラと戦っても天使の圧勝で終わるだろう。この世に勝てる人なんて誰もいない。だってぼくにしか見えないオーラだもの。


「おはよう。今日も一段とかわいいよ」

「やめてや、恥ずかしいな」

「仕方ないさ」

「かわいくないよ……」

 「かわいいです。さあ、行こ」

 

 かわいいのに謙遜するはるか。けれども顔がリンゴのような赤に染まる。丁寧に強引にいこうとするぼく。けれども手を差し出して手つなぎすらできない。この遠さをなんとかしようと思っていたのに何も解決できないままボウリング場へ。

 「三ゲームで」

 そんなこんなで十三レーンに行けと言われる。ひとまず、三十レーンもあるなかで十三レーンだけをピンポイントで探し当てる。かなり混み合っていたから少しだけ嫌悪感で押しつぶされそうにもなったけど、なぜかたくさんの笑顔に包まれていたはるかを見たら、ぼくの顔を脳もお花畑になる。歩き出そうとした方向とは逆の力でくいっと引っ張られる。

 「ちょっと待って、先に靴選ぼ」

 「うん、いろいろ言いたいことあるんだけどいい?」

 「うん、いいよ」

 「まず、荷物置いてからでもいいと思ったのと、そんな風に袖をつかまれるとかわいすぎてうれしぬ」

 「もう! うるさい」

 かわいい。静かにそう言ってはるかは靴を選びにスタスタと歩いて行った。ぼくは後ろから急いで追いかける。

 はるかの足のサイズは二十二センチ。副店長の言葉に心をゴム玉のように弾ませてここまで来たのに、いざ知ってみるとそこまでの感動は一切としてなかった。それに知ろうと思えばいつだって知ることのできた話題だとも思う。

 靴のサイズは本当にたくさんある。ぎっしりと敷き詰められたこの空間は圧迫感がすごい。後ろはこんなにも開放的なのに。ボウリング場の強い明りがぼくとはるかの距離感を不自然に照らした。ぼくもその距離感をただ眺めていた。

 「どうしたの? 買わないの?」

 パッと我に返る。ぼくとはるかの距離にはさっきまでの遠さはない。めちゃくちゃ近い。それでもぼくは気づかなかった、気づけなかった。きっと最初から距離感なんか見てなかったのだろうな、ただのエゴなのだろうな。ただの自慰行為で自傷行為で示威行為。情けなさに押しつぶされそうなぼくをはるかが膨らます。

 「もういいよ、私が買うもん」

 全力で否定しようとした。それも昔、今ではただはるかの背中を眺めることしかできなくなっていた。

 「ガタン」

 「はいどうぞ」

 はるかはどんなときでも相手のことを考えられている。そんなところもぼくは惹かれていったんだ。

 「はるか、ごめん……なんか急に変な感じになっちゃって」

 「いいよ、その代わりにジュ―ス奢って」

 「分かった、帰り際にするか」

 はるかのポジティブ思考にはいつも救われる。暗い闇の向こうへと陥って現実世界でも病むところだったぼくにいつもまぶしすぎる光を照らしてくれた。やっぱりぼくははるかのことが大好きなのだと再認識させられたまだ少し手のかじかむ冬明けの春。

 そのあとは、ぼくが十三ポンドの球をもってきたことにはるかが男らしいといい、はるかが六ポンドの球をもってきたことにぼくが可愛らしいという。ぼくがストライクや威勢のいいガターを連発する姿をみてはるかが笑顔でカッコいいといい、はるかがときどきスペアでもとったのならばそれは大賑わい。張り詰めて喜ぶはるかの顔を見てぼくも張り裂けて笑う。正直、顎とか口角とかいろいろなものが壊れそうな気がしていた。そんな楽しい三ゲームなんて一瞬の出来事で通り過ぎてしまう。

 「あー、楽しかった! はるかの行きたかったところ行く?」

 「うん、そうする!」

 はるかにしては素直に意見をぶつけてきて、驚きこそしたけど、嬉しさを隠しきれるほどの筋力はぼくの顔には残っていなかった。そろそろ限界だと思って、質問を投げかけた。

 「ところで、どこに行くの?」

 はるかは、少し悩んで申し訳なさそうにつぶやく。

 「うーん、まだ秘密にしたいからついてきて」

 ぼくは一目散に返事をした。

 「おーけー。なんか目的地が分からないと面白いね」

 このときのぼくの心は浮足立ってしまっているから怖いもの知らずに何でも言える。これはきっと一種の麻薬かなんかだと思う。はるかの言葉や態度やしぐさや顔からだって何から何までぼくの麻薬になりえてしまう、恐ろしいものだ。そんなことを考えていたからまた手を繋ぐタイミングを逃してしまう。これだから依存度が高いのは嫌いなのだ。

 今こうして電車に乗って正面にいるはるかの顔を覗いているわけだが、どこへ行くのかそわそわしてしまってしかたがない。お楽しみだということは十分承知の上なのだが、それでも待てる気がしないのではるかとの話の花を咲かせることにした。

 電車のドアが開くたびにはるかの落ち着きがなくなっていくように見える。それだからぼくも偏差値とIQを三にしてがむしゃらを覚えてまで話し続けた。はるかの落ち着きが取り戻せるように。

 もう何駅分のドアが開閉したか分からないけどはるかは緊張のような表情を抱えて離そうとしない。ぼくも切り札をだそうと葛藤していたとき、はるかの口がか細く開く。

 「次の駅だよ」

 はるかがそう言った瞬間、すべてを察する。今まではるかとのおしゃべりに全神経を使っていたからどこに行こうとしているか考えてもいなかった。何より、偏差値とIQは三だったから考えられる脳みそなどぼくには存在していなかった。けど、我に返った今なら分かる。次の駅はぼくが一生懸命、それこそ偏差値とかIQを捨て去って告白をした公園の最寄り駅だ。はるかの顔を一瞬視界に入れると耳が真っ赤に染まっていてかわいらしいリンゴの様だった。このときのぼくは、もう冷静な思考が出来ないと思えるほど頭の中が絡まっていた。その間も恥じらいを隠し切れないはるかと冷静な思考が出来ないぼくとの間に大きな間が生まれてしまっていたが、それもすべては結果論。

 駅到着からの三分間、もしかしたら今まで待って来たカップヌードルの時間よりも長かったかもしれない。いや、永かった。時々見せるぼくのSっぽい姿も垣間見えた。

 「ぼくはまだ、目的地が分からないからはるかについていくよ」

 「もう……」

夕日がぼくらの網膜まで赤く照らす。青春の一コマのように見える。ぼくらの視力は共に一以上あるからその夕日がぼやけずに写実的な絵画が目に描かれた。

 公園はほの暗く、薄暗く、暗くなっていく。ぼくらの目でも見られる限度が来たようだ。はるかのきめの細かい髪も『髪』でしかなくなる。

 はるかの口からぼそっと言葉が提出される。ぼくはそれを受け取って丁寧に折りたたんだ。

 「話したいことがある……」

 「うん、いいよ」

 「やばい、めっちゃ緊張する」

 「ちょっと待って……」

 そういってぼくはぼやけた辺りを一瞥してから言う。

 「ベンチに座ろうか」

 はるかもか細い声で返事をする。

 「うん……」

 二人用のベンチ。二人の距離はわずか三センチ。二人の緊張はピークに達し、心臓の呼吸が聞こえそうなくらいだった。だからぼくは少し、うつむき加減になる。はるかも真似をしてか少しうつむく。別にマイナスな話をしているわけでもないのに、話声の聞こえない空間はどうしてもマイナスな雰囲気になってしまう。ぼくは話したくなった口にチャックをしてはるかの口から出てくる声を欲した。

 暗く老けた街は何も見せまいとぼくらの視界を奪っていくように思えた。何分ほど経った頃かはるかの、いや、はるかとぼくの目に「アイツ」が映りこむ。

 驚きを隠しきれるほど、虫は好きじゃない。ぼくとはるかが好きなのは動物だ。犬だ、猫だ、カワウソだ。「アイツ」は求めていない。ぼくらは、二度見、三度見を繰り返す。同じタイミングで両足をベンチにかける。ぼくらの「アイツ」に怯えた姿は、さながらホオジロザメに囲まれた船の船員のようだった。

 ぼくがはるかの手を取り、ベンチから救助ボートへの大ジャンプをする。暗い街は放棄して街灯のある池の方へと走り出した。「アイツ」はきっと追ってはこないだろう。ぼくらの走る速度はこの時だけはボルトよりも早いようなそんな気がしたからだ。でも最初は本当に恐れていた。きっとはるかも同じだったと思う。けど、別にいいよね、あそこは暗かったから引きつった顔なんか見られちゃいないよ。それに今は満面の笑みで心臓の呼吸だって交換しちゃっているからね。

 「結局、何も話してないね」

 「確かに」

 「でも、もう必要のない話だから大丈夫になっちゃった」

 「ぼくも、そう思う」

 最高で最高に幸せな夜だったよ。はるかとぼくの心が一つになった瞬間があの悪魔みたいな醜悪な物体に助けられたことは秘密さ。でも「アイツ」に救われたのは確かだな。あの瞬間がぼくにとっての一つ目のターニングポイントだね。




 四月の日差しがまぶしい昼過ぎ。待ち合わせ場所にニ十分も前に着いてしまう。あの頃のぼくの気持ちはまだ変わらずに生き続けている。『かわいい』『好き』だけでは表せない言葉の気持ちがまだ眠っている。居心地のいい子の待ち合わせ場所は本当に懐かしい。ぼくのターニングポイントだから。ここでぼくが勇気を振り絞り、はるかが勇気を振り絞った結果、今のぼくらがある。この幸せをかみしめて今ぼくはここに立っている。


 今日は、二回目の告白。

どうもGです。もう自分でもGと呼ぶのが慣れてきました。どうでしたか? 僕の活躍は。なかなかのものでしょう。まぐれな部分もありますが、80%は計算でした。いや、70%かも……まあ、結局計算はしていたんですよ。自分の短所を長所に変えてやりましたわ。人間にもこのぐらいの器量が欲しいものですね、なりふり構わず殴り散らすのではなくね。

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