騒ぎ
「なによ、この船、お酒も置いてないの!?」
一人の若い女性が中央でぎゃあぎゃあ騒いでいる。
ロッドがやってきて、「すみません、この船は一般船なんです。お酒は置いてません」と言うと、その女性は今度はロッドにブツブツ文句を言い始めた。
「だからイヤだったのよ、一般船に乗るのなんて。融通のきかない機械に囲まれてると、あなたみたいな堅物になるのかしらね」
「……」
ロッドは黙っていたが、そばで見ていたアレンが我慢できなくなって叫んだ。
「だったら、豪華船に乗れば良かったんだ。この船に文句言うのはおかど違いだぞ!」
「なんですって!」
事がややこしくなりそうになったが、周りの乗客はアレンの味方だった。
「そうだ、そうだ。俺たちが乗ってるこの船をバカにするな」
「ちぇっ、豪華船に乗れる奴が何でここにいるんだよ」
「……何様のつもりかしらね……」
周囲の雰囲気に耐えられなくなって、とうとう女性は悪態をつきながらもその場を離れようとした。
その際、不満からか、船の柱をバッグで叩いた。
その柱はユーサの視聴覚の一部だった。
そのことを知っていたアレンは思わず「待てよ!」と彼女のバッグをもぎとった。
「何するの。私のバッグを返して!」
「返すとも!」
アレンは彼女にバッグを投げ返した。
「いいか、君、この船はな……」
アレンがその先を言う前に、ロッドが口をふさいだ。
「何すっ……」
「いいからアレン、何も言うな。これもユーサのためだ」
「……?」
女性はアレンたちをにらみつけると、きっと踵を返して去っていった。
「なんだよ、ロッド叔父さん」
アレンは自室に戻り、ユーサに声をかけた。
彼女は見ていただろう。そして聞こえていただろう。
ユーサを傷つけたかもしれない出来事をいちいち思い出しては、アレンは心を痛めた。
「ユーサ、聞こえる?」
「ええ」
すぐに返事があった。
いつもと変わらない、ユーサの声。
それがかえって切なく感じた。
「気にすることないよ。さっきのこと、あれ……」
「いいのよ、アレン。気にしてないわ。……でも、ありがとう。うれしかったわ」
「……ユーサ」
「ロッドのこと誤解しないでね。彼は私をかばってくれたの。経験の少ないRAIシップはね、よく、からかわれたりするの。いやがらせとか……」
アレンは彼女の言葉にショックを受けた。
RAIに対して、嫌悪感を持っている人間がいるというのは聞いたことがある。でも、実際にRAIからそんな話をされると、とてもつらい気持ちになった。
まして、ユーサはアレンにとって一番親しいRAIシップなのだ。
「ほとんどの人は、自分が乗ってる船がRAIシップだと知らずにいるのよ。ベテランならばはじめに自己紹介をしたりするけれど、新米組は身を明かさない方が無難なのよ。それでなくても危なっかしいものね。からかう客の対処が上手くできないし、精神面がまだ不安定だから、航行に響くのよね。RAIシップのくせに落ち込んだりして……」
ユーサは苦笑したが、アレンは「そんなの、当たり前だよ!」と言った。
「傷つくよ。喜びも、悲しみもするよ」
アレンの純粋な気持ちがユーサの心を温かくした。
そんな風に言ってくれた人は今までいなかった。
RAIシップは理性を重点に教育される。感情を上手く制御できないと、理想的なRAIシップにはなれない。どんな時も冷静に対処しなければならない。
ユーサ自身も、自分にそう言い聞かせてきた。
でも、今、アレンが自分をRAIシップではなく人間として扱ってくれたことがとてもうれしかった。
(本当はこんなことRAIシップとしては思っちゃいけないんだろうけど……)
でも、心は温かく、彼女は幸福だった。
「私、あなたに会えて良かったわ。アレン」
「えっ……」
「RAIシップはほんとは必要以上に、乗客と話をしてはいけないの。でも、私、あなたとしゃべるのがとても楽しみなの。あなたが話かけてくれるのをいつも待ってた」
「……」
「私ね、いつも人と話をしていたい。人の心と触れていたいの」
「ユーサ……」
なんだか、それは、(寂しいの)と言っているようにアレンには聞こえた。
「僕、君の友達になれるかな?」
「友達……?」
「僕たち、親友になれるかな?」
「アレン……。ええ、なれると思うわ。……ううん、なりたいわ」
「じゃ、もう、君はRAIシップじゃなくて、17歳のフツーの女の子、僕の友だちのユーサだよ。少なくとも僕の前では、君は本当の君自身でいること。決して、我慢したり、仮面を被ったりしないで。本当は僕の方こそ、心から許し、話し合える相手が欲しかったんだ。君はすごく純真だよ、ユーサ。僕らの年代じゃ、かっこばかり気にしてなかなか本心を見せるなんてことしないんだ。友人って言っても名ばかりで……。人間って寂しい生き物だね。君となら、本当にわかり合えると思うんだ」
アレンの偽らざる言葉に感動するユーサ。
私が感じていた寂しさはRAIシップ特有のものではなかったのだ。
私にも心の交流は果たせる。
そう思えるだけで、彼女は希望の光に包まれた。
私も人間らしく生きられる。
アレン、あなたのおかげで。




