彗星
「お早よう! ユーサ」
これはアレンのモーニングコール。と言っても、当のユーサはもうとっくに起きているが。
「よく眠れた?」
「うん、バッチリ。 僕より君はどうなの? ちゃんと睡眠とってる?」
「ええ、大丈夫よ。心配してくれてありがとう」
「君は体力使わないから睡眠時間は少なくていいって言ってたけど、通常の人間より頭脳を使っているんだから、疲労は感じるはずだよ。あんまり無理しないで」
「……うん」
アレンには17歳の少女の顔で接することができる 弱さを見せることができる。大人ぶっていても、本当は揺れ動く感情を持ったRAIシップなのだ。
「航海は順調? 変わったことはない?」
「えっ……、 ええ」
船内の不穏な動き。
スパイのことは、たとえアレンにでさえ話すことはできない。
第一、不安にさせたくはない。
「アレン、展望室に来てみて。 彗星がすごいのよ」
「そうかい。じゃ、今行くよ。 待って」
彼はすぐに服を着て、展望室に向かった。
「……っと。 誰もいないな、よし」
アレンはあたりを確認してからユーサに話かけた。
「ユーサ、彗星って?」
「もうすぐこちらに向かってくるわ。すれすれの所を通るわ」
「へぇ、それはすごいな。間近で見るのは初めてだ」
子供みたいに興奮するアレンを見てユーサは微笑ましかった。
「何ていう彗星だい?」
「ラバレー彗星よ」
「ラバレー?」
「聞いたことがないんでしょ。見るのは初めてじゃない? だって、前に地球に近付いたのは200年も前のことだから」
「200年? すごい旅だな」
「ええ。でも、きっと長いなんて感じてないでしょうね。彗星から見れば私たちの人生があっという間に見えるのよ」
「あっという間か。宇宙って広大だな。僕も宇宙くらいスケールでかくなりたいよ」
「クスクス……」
「でも僕ら、こうやって生きてるんだもんな。不思議だよな。宇宙に出るとさ、なんか考えもしないこと考えてしまうんだ。気付かなかったことに気付いたり。果てしない宇宙に吸い込まれて自分がなくなっていく感じ。はじめは消えてしまいそうで不安だったけど、だんだんそれが怖くなくなってきた。なぜだと思う?」
「わからないわ。なぜ?」
「自分も一部なんだって安心しだしたからだよ。……ユーサ、君のおかげでね」
「えっ……?」
「君が僕に心を開いてくれた時、僕も君に心を開いた。そしたら、いつの間にか僕は一人じゃなくなってた。この意味わかる?」
「私の中にあなたがいるわ。あなたの中に私がいるのね」
「そう。人は孤独なんかじゃない。こうして触れ合うことができる。相手を信頼して自分の心の扉を開けば、本当に出会えることができるんだ。自分の中にも相手の中にも存在し合える。だから僕は広大な宇宙に身をゆだねた。自分の心を解放したら、無限の宇宙にいる僕を感じたんだ。宇宙は僕を受け入れてくれたよ、君のようにね」
「あなたのようにね、アレン」
アレンはユーサの言葉に照れて、思わず目前にせまったラバレー彗星のことに話をそらした。
「うわっ、本当にすごいな。なんてリアルなんだろう。アハハッ、実物なんだから当たり前か」
大声でユーサに話かけたつもりのアレンだったが、ちょうどその時展望室に入ってきた家族連れに今の言葉を聞かれてしまった。
部屋にはアレン一人しかいない。
「このお兄ちゃん、誰としゃべってるの?」
子供が無邪気に親にそう聞く。
アレンは内心冷や汗ものだったが、子供のお父さんは「僕らにだよ」と笑って答えてくれた。
アレンも笑って、
「200年周期で地球観光しにくるラバレー彗星なんだよ」と子供に話かけた。
「お兄ちゃん物知りだね」
「いいや、これは教えてもらったのさ。 ユーサに」
「ユーサ?」
「僕の親友」
「どこにいるの?」
「同じ彗星を見ているよ」
「じゃ、近くにいるんだね」
「ああ、そうだよ。とても近くにね」
アレンはユーサに片目を閉じてみせた。
(アレン……)
言葉はなくても、そこに二人を隔てるものは何もなかった。